君に贈る唄

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イギリスが酔っ払ってるのは一目瞭然だった。頬はアルコールでほんのりと上気して何より酒臭い。しかし、いつもならあばれだすはずのこの酔っ払いはなぜか一言も発さず、むっつりと黙り込んで部屋に入った早々ソファに座り込んだままじっと絨毯を見つめている。
「あぁ…カナちゃん?あんまり知りたくないんだけどさ、こいつ、どうしちゃったの?」
部屋の明かりをつけてよくよく見るとイギリスはあちこちに傷が出来て血が滲んでいる。
「えっと、それが、」
フランスの言葉にカナダは困ったように眉根を寄せた。カナダは気遣うようにイギリスをちらっと見るがイギリスは何のリアクションも返さない。そもそもカナダに見られてることに気づいているかも甚だ疑問だ。
「こいつのこと気にしなくていいから。」
カナダの遠慮に気づいてそう言ってやると、カナダは意を決したように話し始めた。
「僕、今日は珍しくアメリカとイギリスさんと三人で飲んでて、もともとイギリスさんに誘っていただいたのにアメリカが着いてきたんです。最初は二人とも良かったんですけど、いつの間にか二人とも言い争いになって、」
「それいつものことじゃない?」
「最初はそうだったんですけど、なんだかどんどんエスカレートしちゃって、」
そこからは聞かなくても分かる。つまりこの素直じゃないところだけそっくりな馬鹿兄弟はいつも通り素直になれずやりすぎてしまったのだろう。
それに今日は生憎の雨だ。
「アメリカのやつ怒鳴って出て行っちゃって、それからイギリスさん、ちょっとまいっちゃったみたいで…」
カナダは巧くオブラートに、メイプルでもいい、包んでいたが、要するにちょっとまいって散々暴れてきたのだろう。
フランスは大きなため息をついて、カナダに向き直った。
「悪かったなカナダ。ここまで連れてくるだけでも大変だっただろう?」
そう言ってカナダの頭をくしゃくしゃとなでるとカナダはくすぐったそうに身をよじって微笑んだ。
「いえ、じゃあ僕はこれで。アメリカの所に行ってきます。」
「いまから?」
「はい。アメリカ、たぶんイギリスさんとおんなじくらいまいっちゃってると思いますから…」
慰めてきます。そう言ってカナダは部屋を後にした。
後に残ったのは不気味なぐらい黙りこくって動かない眉毛だけ。
「おい。」
フランスが声をかけるがイギリスはぴくりとも動かない。
「おーい。イギリス大丈夫か?」
「…」
再度フランスが問いかけるとぐっと体を縮めるだけでイギリスは何も言わない。
フランスは埒が開かないといわんばかりに肩を竦めて身を翻すと持ってきたスーツケースをあさった。
再びイギリスの目の前に戻ってきたフランスが手にしていたのは小さな救急箱だ。それは、いつもどこでも遠慮なく殴ってくる誰かさんのおかげでいつの間にか会議の必需品となってしまっている。まぁこんな時に役に立つなんて予想もしてなかったけど。
「ほら、手を出して?」
フランスがソファに座るイギリスの目の前に膝を付きイギリスの傷を手当するために視線をあげてはっとした。
イギリスはぐっと唇をかみしめて今にも零れ落ちそうな涙を必死にこらえていた。
「イギリス…」
フランスはそんなイギリスの様子に驚いてそっとイギリスの手に触れようと手を伸ばす。しかし、
ピシッ!
差し伸べた手は鋭い音を立ててイギリスに振り払われた。その振動がイギリスの体に伝わり涙の防波堤を決壊させる。
ぽたり
大粒の涙がこぼれ落ちた瞬間後から後から絶え間なく涙があふれ出てくる。かみ締めた唇の隙間から留め切れなかった泣き声が押し出されるように漏れ出していた。どうやらカナダにこれ以上迷惑をかけたくなくてずっと我慢していたらしい。手遅れだと思うけど。
「ほら、坊ちゃん手を出して。」
「うるさい!さわんな!」
 フランスがそれでも何とか手当てだけでもしてやろうと手を伸ばすと、イギリスはまた叩き落として叫んだ。
「うるさい!うるさい!うるさい!!」
「うるさいのはお前でしょう?」
「うるさい!」
「手、だして?」
「触るな!触るな、触るな!触るな!!」
 イギリスは闇雲に手を振り回した。それはまるですべての物事を拒絶しているかのようで、
「お前、いい加減にしろよ!」
「放せ!触んな!どうせ、どうせ俺なんて!どうせ、どうせ!」
 パシッ!


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