きみの心に触れさせて

1000年前の子守唄

「はぁ…」

 浴槽に足を伸ばす。

 生徒会での事後からなっと入れたお風呂はとても気持ちよかった。

「イギリス…」

 でもそんなときも思い出すのはイギリスのことばかりだ。

 イギリスの肩を落として去っていった後ろ姿が忘れられない。

 いつもだったら一緒に夕飯を食べて、それで…


 イギリスがいない。
 それだけでこんなに寂しい。

 あぁあ…

 いじはるんじゃなかったや…

 イギリスが家に帰りつくと、家の中が妙に寂しい気がした。最近は、フランスの家に入り浸りだったからかもしれない。いつもなら、今頃一緒に夕飯を食べている。フランスの作った料理を……。だが、今日は自分でなにか作らなくては。憂鬱な気持ちになりながら、イギリスはそんなことを考える。昼間に食べた野菜スープの味が恋しかった。
「……家になんかあったか?」
 憂鬱な気持ちを吹き飛ばすようにそんなことを呟いて、イギリスはキッチンへ急いだ。

「美味しくない。」

 家でひとりぼっちの夕飯。本当はイギリスに喜んでほしくて用意した食事。

 なんでこんなふうになっちゃったんだろう…

 何がいけなかった?
 …
 イギリスは相変わらず強引で、なのに妙なところで自信がなくて、そうさせたのは昔の俺で、
 俺はいつもなら流せることを、我慢できることを我慢できなかった。

 俺のせいだよな…

「あぁ…もぅなんでいつもみたいに我慢できなかったんだろう、俺のバカ…」

 はぁ、

「イギリス、会いたいよ。」

 キッチンまでやってきたものの、冷蔵庫の中を見て興ざめする。
 ろくなものが入っていない。フランスの家の冷蔵庫と自分のものを比べ、乱暴に扉を閉めた。今頃、フランスは何をしているだろう。もう寝てしまっただろうか。腹は減らない。食欲もない。フランスと同じように自分も寝てしまおうか。そうしたら、フランスと同じ夢が見られるかもしれない。女々しいことを考える。フランスに会いたい。夢でも何でもいいから。空っぽの冷蔵庫にもたれ掛かりながら、そんなことを考えた。


「あぁ―…やっぱ俺ってバカ?」

 フランスは真っ暗な部屋の窓を見上げて呟いた。
あれから、結局辛かった気持ちより会えないことの方がキツいんだと身をもって知ったフランスは夕飯を適当にタッパにつめて家を飛び出した。

 フランスとイギリスのマンションは近いので大した距離ではない。

 だけど、

 寝ちゃってるとかは予想外だったなぁ…

 もう一度真っ暗な窓を見上げてフランスはため息をついた。

「……寝るか」
 なにもする気になれず、寝室のベッドに直行した。フランスは今頃、どうしているだろう。それだけがとても気になる。気になるなら電話でもメールでもすればいいのだが……。
「……流石にもう寝てるよな」
 そんなことを呟いて瞳を閉じる。脳裏に浮かんだフランスの顔は別れる間際の複雑そうなものだった。

 一方フランスは門の前で持ってきた夕飯を抱えて途方にくれていた。

 これ、どうしよう…。
 イギリスは寝てるし、起こしたくないし、でも料理ダメになっちゃうし、

 持って帰らなきゃならない、のかな?

 あ―あ…俺ってばかみたいだ。

 はぁ、と今日何度目になるかわからないため息がこぼれる。

 フランスは持ってきた荷物の中から日持ちのするデザート用に作ってあったプリンだけを袋に残し門に引っかける。

「イギリスのばぁか。」
 そう言って軽く門を蹴り荷物を抱えてもと来た道を戻り始めた。

 しかし、目をつぶっていてもイギリスはフランスのことが気になって眠れない。ちらりと自分の鞄を みる。電話してみようか、と思う。寝ていたら悪いと思うが、それでも声が聞きたかった。鞄の中から携帯を取り出して、フランスの携帯に電話をかける。相手が電話に出るまでは少し時間がかかるだろうと思っていたのだが、あまり間をおかず、フランスが電話に出た。

『…………なに?』
 予想通りの不機嫌そうな声色だった。
「……起こしたか」
『べーぇつに。起きてた』

「なにか、よう?」

 声が平坦になる。
 彼は気付くだろうか。
 俺は門から少し歩いた、けれど未だ彼の家の前の植え込みの下にうずくまっていた。

 帰らなくちゃ。でも会いたかった。起こす?起こしたくない。

 そんな押し問答を心の中で繰り広げていた彼は帰る一歩を踏み出せなくてすぐに座り込んでしまったのだ。

 イギリスは気付くだろうか?
 電話から聞こえる声とは別に窓の外で囁く声に、気付くだろうか?

 受話器の向こうの声がなにか可笑しい。明らかに部屋の中じゃない音が聞こえるからだ。

「お前、今どこにいるんだ?」

 言いながら玄関へ向かう。ベランダに出ている程度ならよいが。そんなことを思いながら、密かにフランスの様子を見に行こうとそんなことを尋ねてみた。さいわい、フランスの家はイギリスの部屋から近い。様子を見に行くだけならそんなに時間はかからないだろう。

『…………イギリスは?』
「部屋」
 答えて玄関を出ると、ドアノブのところに袋がかかっているのに気がついた。

 イギリスに居場所を聞かれてドキッとした。

 やばい、気づかれたかな?

 それでも何故か動く気になれなくて…

「………イギリスは?」
 そんなこと知っているけど聞いてみる。

『部屋。』

 案の定分かりきった答えが帰ってきた。

 フランスが今もイギリスがいるであろう部屋を見上げる。

 その時きぃっという音が聞こえてびくっとして振り向くと、そこにはイギリスがいた。

 袋の中に入っていたのはプリンだった。どうもフランスがうちに来ていたらしい。なら、フランスが外にいるのも納得だ。袋を手に持って、たぶんまだ近くにいるだろうフランスを探そうと思いながら、歩き出す。マンションの階段を降りながら、ふっと下を見ると生け垣の中にフランスの頭が見えた。あんなところで何してるんだろうか。ふっと笑いながら、わざとらしく明後日の方向を向いて、一階の玄関ホールの扉を開けた。

「イ、イギリス!」

 ビックリして振り向いた先にはイギリスがいた。手には先ほど置いてきたプリンを手に提げている。
 こ、これは、
 顔が熱い。どうかんがえてもイギリスにフランスがどうしてここにいるのかまるわかりだろう。

 そう思うとなんだか逆に肩の力が抜けた。

「フランス、なんでお前そんなところに座り込んでるんだ?」
 電話をしながらフランスの方を向いて尋ねる。するとフランスは顔を赤くさせながら、イギリスのほうを茂みの中から見た。
「…………べ、別にちょっと……、アレだよ、ほら、その……」
 なんというべきかフランスは迷っているらしい。そして、消え入るような声で告げる。
「………イギリスに…会いたくなったっていうか……」
 ひっそりと告げられた言葉に自分の顔が赤くなるのをイギリスは感じた。

 な、なに言ってるんだろ。
 顔、あつい…

 イギリスは何も言わない。
 フランスはこの沈黙に耐えかねるように言葉を紡ぐ。
「帰れって言ったのは俺なのに、お前がいなくて。」
「…は?」
「だから!夕飯!せっかく食材、イギリスに食べてほしくて用意してたのに無駄になるし!一人で食べても…おいしくないし!いつもならソファでだらだらしながらテレビ見たりしてるのに、いないし!」

 あぁ―何言ってるんだろう、かっこわるい…

「そしたらなんで喧嘩なんてしちゃったんだろうって、あいたくて、会いたくてっ!き、来ちゃったじゃん!」

 フランスの言葉に思わずにやけてしまいそうになるのをこらえる。可愛い。フランスもフランスの言い分も。心の底からそう思った。会いたかったのはイギリスも同じだった。フランスはこちらを赤い顔を見上げてくる。
「俺も会いたかった」
 案外すんなり自分の本心がこぼれて自分でもびっくりした。

 あまりにも素直に告げられた言葉にフランスは驚いた。

 ずっとイギリスの言葉に傷ついてきた。素直になれない性格も愛に臆病な性格も知っている。むしろそうなった原因はきっと俺で…だからこの傷は自業自得だと、諦めろと言い聞かせてきた。

 それでも傷ついた心はささくれだっていて、抉られる傷口に我慢できなくなる。

 今日のケンカもそうだ。
 俺が我慢できなくなっただけ。

 でも、それでも、

 イギリスが稀に、本当に稀に言う素直な言葉に心は癒される。惚れた弱味ってこういうことを言うのかな?

 フランスは荷物を放り出してイギリスに抱きついた。
 何度同じことを繰り返してもそれでも俺はここに帰る。イギリスの隣に。

 だって好きだから。

 フランスはイギリスの肩の顔を埋めた。

 フランスが抱きついてきて、イギリスも抱き返した。フランスはもっていた荷物を放り出していた。抱きしめて、フランスの身体が冷たくなっていることに気がついた。彼の身体を引き寄せて、どのくらい長い間あそこにいたのだろうと考える。いつもフランスを待たせてばかりだ。いつだってイギリスはフランスを妥協させてるばかりで…。いつだって一歩遅い。
「……身体、冷たいぞ」
 呟いて、もっときつくフランスを抱き締めた。

「どれくらいって…そんなに経ってないと思ぅぁ!」

 フランスがイギリスが更に抱き締めてくれるのに任せてぎゅぅっと力を込めながら呟くとはっと気づいたように体を起こした。イギリスはびっくりひたように手をゆるめる。

 フランスはその隙に腕から抜け出し身を翻した。
「ごはん!ぁあ―ぐちゃぐちゃになっちゃった、かも…」

 フランスは思わず投げだしてしまったタッパを拾いあげ肩をおとした。

「あ……、……もったいねぇ」
 フランスは簡単に腕を抜け出していってしまった。身を翻して自分の投げたタッパーを見つめる。離れてしまったフランスの体温が恋しい。名残惜しさがイギリスの心にあった。フランスは素早く中身がぐちゃぐちゃになったタッパーを拾い集める。
「もったいないけど、中身やっぱりぐちゃぐちゃだし、食べないだろ?」
 なんでもない風に告げるフランス。問いかける言葉にイギリスは反発する。
「……食べる」
「……えっ?」
「まっまだ俺、何も食べてないんだよ。腹も減ったし……、今」
 告げるとフランスは不思議なものを見るように目を丸くしていた。

「何も、食べて、ない?」

 恐る恐る聞き返すとイギリスは何でもないことのようにあぁ。と頷いてくださった。
「ひとつ聞くけど、イギリス部屋を暗くしてたあれってもう寝ようとしてたってことじゃなかったの?」
「あぁ。寝るつもりだったぞ。」

「…。」

「……。」

 この子は、まったく!

「イギリス!俺が居ないときもちゃんと3食食べるように言っておいただろう!?料理しなくてもえように定期的に冷凍食品を補充してあるんだから食べ物はあったでしょう!」

 ふつふつと怒りが込み上げてくる。

 まったく!お兄さんがいないとダメなんだから!
 イギリスも自覚があるのか視線をそらしている。
 なんか、

「ふふっ」
「なんだよ、気持ち悪い…」
 なんかすごくいつも通りな会話に込み上げた笑いにイギリスがすかさずツッコミを入れてくる。

「なんでもないよ。それより、ほら、イギリスの家に入れてよね!夕飯作ってやるからさ。」

「うちには何もないけどな」
 思い出したように告げてみたが、フランスは気にしていない。優しく笑ったフランスがイギリスを先導する。部屋にフランスを招き入れると、彼は真っ先にキッチンに向かう。イギリスは食器棚を開けて、スプーンを取り出してプリンを取り出す。するとキッチンからフランスの怒った声が聞こえる。
「ホントに何にもない!」
「…………買い物いくの忘れた」
 しかし、そんな答えの後にフランスの笑いまじりの声で聞こえる。そんなことを聞きながらプリンにスプーンをいれた。

「たっく、信じらんねぇ!」

 冷蔵庫の中はほんとうにがらんとしていた。

 新鮮な食材なんて一つも置いてない。

 かろうじて冷凍庫にはいくつかのレトルトパックが凍らせてあった。

 フランスはまずタッパからわりと綺麗な料理を取り出し、ぐちゃぐちゃになってしまったものはかろうじてあったじゃがいもをゆでて潰したものと和えた。

 冷凍食品も解凍し少しずつアレンジする。

 30分ほどの時間がたてば少し時間は遅いが立派な夕飯が完成していた。

「ふぅ。はい、おまたせ」

 30分くらいたてば、キッチンから良い匂いがする。ほとんど何もなかったはずだが、何を作ったんだろう。純粋にそのことを疑問に思った。手作りのプリンは甘く、相変わらずうまくてあっという間に平らげてしまった。フランスが告げる。
「ふぅ、はい、おまたせ」
「ん、おう」
 料理を運んでくるフランスになんだか幸せだなと思う。昼間の出来事がちょっとだけ遠くなった気がした。

「大したものはできなかったんだけど…これに関しては明日一緒に買い物行くからね!」

 そういってフランスが並べたのはタッパから無事に救出された肉料理と温野菜のサラダ。さらにイギリスが朝食に用意していたバケットに冷凍のシチューにいつもはない具が追加されたもの。そして残念ながらタッパでぐちゃぐちゃになってしまったミートグラタンをゆでて潰したじゃがいもと和えたもの。
 今ある食材ではこれぐらいが限度だった。

「いや、すごいな」
 確かになんにもなかったはずなのに、ここまで作れたのは素直にすごい。
「明日は買い物な」
 念を押すように告げるフランス。
「わかった」
 それに答えてから食べ始める。その様子を見てふわふわ笑うフランス。
「ホントに坊っちゃんは俺がいないとダメなんだから」
 そんな言葉に心の中で頷きながら答える。
「別に、アレだ……。買い物にいこうとはしていたんだよ……、昨日は」
 適当な薄っぺらい言い訳はすぐにフランスにバレてしまう。

「昨日は別に急ぎの書類もなかったしいつもの時間には帰宅できたよね?」

 嘘はダメだよ?坊っちゃん。そう念をおす。俺が居なくちゃダメなんだと念をおす。側にいてくれるように。離れていかないように。

 こう言えたらいいのに…

 明日も側にいて…

 ぐっと言葉につまる。フランスの言う通りだったからだ。買い物に行かなかったのは、今日フランスと一緒に行こうと思っていたからだ。きっと今日もフランスがイギリスのために料理を作ってくれる。そんなことを思って、昨日は買い物に行かなかった。なんて、イギリスが素直に言えるはずがなかった。
「それは……」
「それは?」
「……………お前の家で食べようと思ってたから」
 半分だけ本心をさらけだす。それができるようになっただけ、イギリス大きな進歩を遂げていた。

 へ?

 かぁあああっとフランスの頬が赤くなる。

 伊達に長年一緒にいたんだ。何が本音かどうかぐらいわかる。

 今わかった。

 ずっと素直になれなかったイギリス。

 やばいよ。これ。

 今回の件でイギリスは変わった。こんなに気持ちを素直に表現するなんて、いや他の友人らに比べるとまだまだ素直とは言い難いのだが、かつてに比べて大分進歩したと思う。

 でも、こんな弊害があると思わなかった。ずっと素直になって欲しかったのに、おれ、おれ、素直なイギリスに弱いなんて!

 顔があつい、顔みれない!

 告げたことに反応がなくて、あれとイギリスは首をかしげた。フランスを見れば顔を赤くしている。俺なにか変なことを言ったのか。不思議に思いながら、フランスに声をかけた。
「どうかしたか?」
 尋ねるとフランスが何故かうつむいた。
「なっ…、なんでもないっ!」
 首をふるフランス。しかし顔が赤い。
「顔が赤いが熱が出てきたのか?」
 心配になって尋ねてみたが返ってくる答えは同じだった。

「それより!ほら!さめちゃうじゃん!ね?」

 そう言って食事を進めると納得してくれたのかイギリスが食事を始める。
 それをフランスは眺めていた。

 イギリスがフランスの作ったものを食べる。その姿を見るのが好きだった。

 この時ばかりはイギリスも素直においしそうに食べてくれるからだ。

 俺だって呼ぶつもりだったさ。とフランスはひとり心の中で呟いた。

 今日も新作の野菜のスープを作るつもりだった。
 イギリスの好きな野菜をふんだんに使って、失敗しないように昼休みを使って試作もして、って、まぁはからずも新作スープはイギリスに美味しくいただいてもらったのだが。

「じゃあ、明日だね。買い物にいったら夕飯も作ってあげる。ここで明日も一緒にご飯食べよう?」

「あぁ、わかった」
 頷いて、食事を食べ進める。フランスの言葉に心が踊ったものの、彼の身体のことが気にかかった。風邪でもひいたんじゃ、と心配になる。顔も赤いし、すぐに休んだ方が良いんじゃないんだろうか。
「フランス、本当に大丈夫か?」
 食べながら尋ねるとフランスは目を瞬かせた。
「だっ大丈夫! 全然大丈夫!」
 否定するがやっぱり顔が赤かった。

 結果から言えば食事は無事終わった。

 まぁその間なんどもイギリスにちらちら見られてはやれ熱計れ、顔が赤いと言われ続けたのだが…
 食事も終わって片付けが終わった頃にはすでに時刻は11時を回っていた。
 フランスは着けていたエプロンを脱ぎ時計を見上げた。

「あぁ―、俺そろそろ帰らなくちゃ。」

「帰るのか……?」
 フランスの言葉に寂しさがぶり返してきた。エプロンを脱ぎながら、フランスは答える。
「だって、明日も学校だし」
 言いよどむフランスをイギリスは引き留める。
「泊まっていけよ」
 離れたくなかった。告げながらフランスの元まで歩いていって後ろから抱き締めた。耳元で尋ねる。
「ダメか……?」
 尋ねるとフランスの身体が小さくびくんっと震えた。

 なっなっ!

 背中に感じる温もりに体が震える。

「だ、だって、泊まるって、昼間しただろっ?」
 な゛、何なんだろうこの破壊力は!

 そう言うときゅっとフランスを抱くイギリスの腕が強くなった。

「帰るなよ、フランス」
 囁けばフランスは動揺しているのか妙な早口で答える。
「だ、だって昼間だってやったし、ほっ、ほら俺疲れてるし、明日も学校で会えるよ!」
「離れるのは、嫌だ」
 別にしなくたって良いから泊まっていけよ。傍にいてくれ。ぎゅっとフランスの身体を抱けば相手はとても戸惑っているのか、何も言えなくなっていた。

 なっ何もって添い寝ってこと!?


 むりむりむり無理―!


 背中が、吐息のあたる耳が、あつい…

 このままじゃ、

「い、イギリス!おれ、やっぱり帰るから!は、離して!」

 そう言って絡めとられた腕を外し体を離すとそのままの勢いで体を反転させられフランスはイギリスに正面から抱き締められた。

 正面から抱き締める。このままフランスを帰したくない。イギリスはその一心で言葉を紡ぐ。
「フランス……、帰らないでくれ」
 懇願するように告げればフランスの身体が少しだけ暑くなった気がした。
「……ずるい」
 ひっそりとフランスが呟く。
「そんな風に言われたら……、帰れなくなる……」

 もっと、ずっと昔。

 小さな島でたった一人で大陸に帰る俺を見送っていたイギリスもこうやって、行かないでって言いたかったのかな?

 あの時代、泣きそうな顔で、でも何も言わず唇を噛み締めて俺を見送っていた。

 あの頃のイギリスと今のイギリスがかぶる。

「帰るなんて、できないよ…」

 そう呟きフランスはぎゅっとイギリスを抱き返した。

 抱き返されてほっとした。帰らない。そういってくれて嬉しかった。フランスの体温が心地よい。いつまでも抱き締めていたかった。離したくなかった。
「イギリス…」
「ん?」
「ちょっ、ちょっとたってるの疲れた」
 申し訳なさそうにフランス。その言葉に変な笑いが込み上げる。イギリスの笑いにフランスが顔をしかめたので、笑うのを抑えて告げる。
「もう、寝るか」
 そう切り出せばフランスは大いに慌てた。

「ね、寝る!?あ、あぁ、えっと…うん。添い寝だよね。うん。」

 いや、どもりすぎでしょう、俺…

 どもった相手はもっと別のことを期待していたらしい。よくよく考えれば、先ほどの発言は添い寝をねだっている子供の駄々のようだ。思い返して少し情けなくなったが、せっかくしてくれると言うんだから、お言葉に甘えないわけがない。
「あぁ、そうだな」
 照れや緊張ではなく体の熱に頬が火照る。

 そんな顔見られたくなくてフランスは顔をそらしながらイギリスから離れた。

「ほら、おいでお兄さんが添い寝してあげよう。」

 精一杯余裕ぶって答えた言葉がどうか俺の強がりなのだと気づかれませんように。


 せっかくだから思う存分添い寝してもらおう。また抱いてフランスの身体に負担はかけたくないし。軽いイギリスの答えに少しフランスが残念そうに見えたが、気のせいだと思うことにした。

 
あの頃は俺たち二人の間には大きな身長差があって、俺はいつも小さなイングランドを抱いて寝た。

体にも心にも傷を負ったイングランドは時々夢にうなされて、それが痛々しくて、せめて一緒に眠る間だけでも幸せな夢を見てほしくて、ぎゆっとぬくもりを分け与えるように抱いて眠った。

今の俺たちにはほとんど身長差はない。横に眠るイギリスを見つめる。

今もイギリスはあの悪夢を覚えているのだろうか。

 なにもしないと言ったものの、実際やってみたらそれがいかに生殺し状態であるかわかった。やらしい想像ばかりが頭を巡るが気にしないように努力する。
 そういえばずっと昔はフランスと一緒に寝ていたことを思い出す。フランスよりずっと身体の小さかったイギリスはフランスの抱き枕みたいになっていた。だが、その時間が今思えば一番心が安らぐ時間だった。悪い夢を見たとき、フランスがイギリスの傍にいて抱き締めてくれた。それだけで安心できた。
 フランスの方を見る。すると、彼もこちらを見ていた。

「眠れない?」

 イギリスの目は思ったより冴えているようだ。

 昔はこうやって抱き締めてあげたらすぐにとろんとなって寝ちゃってたのに…

 もう俺じゃ安心して眠れない?

 様々な過去が蘇る。

 心当たりありすぎる。

 もしそうなら

 寂しいなぁ…

「……お前は?」
 眠れるわけがない。もう子供じゃないのだ。フランスに欲情するのだ。些細な仕草にも欲情するし、抱きたいと思う。問い返すとフランスは困ったような顔をした。
「眠いと言えば、眠いよ」
 言いながらフランスがイギリスを抱き締める。フランスの白い首筋が目の前にあった。シャンプーの香りがほんのりした。

「眠れないなら、あれ、だね。」

 フランスは昔を思い出しながらそう言った。

「あ、あれ?」
「そう。子守唄。イギリスは昔俺が歌ってあげればすぐ寝ちゃったもんね。」

 フランスはクスクスと思い出しながら笑った。

 イギリスがちょっと慌てたように見えたのは気のせいだと思う。

 予想していた言葉よりずっと年上じみた言葉に自分の煩悩を消し去る。子守唄。確かに聞いたような気がする。どんな歌かはぼんやりとしか覚えていないけれど。
「どんなのが良い?」
「どんなのがあるんだよ」
「眠くなるのと、とっても眠くなるの」
 笑い混じりに告げられた言葉には眉をひそめざるをえなかった。
「どっちもどっちだろ」
 やっと自分のペースを取り戻したイギリスが呆れて答えるとフランスはちょっとだけ肩をすくめた。
「この違いがわからないなんて……、坊っちゃんはホントにだめだなぁ」

むぅ。

 イギリスの本気で覚えてない様子にちょっとがっかりする。

「あんなに歌ってやったのに両方本当に覚えてないんだ…」
「な、そんな重要なことかよ!」

「え〜、重要だよ。」

 そう拗ねるとイギリスもちょっとは悪いかもと思ってくれているのか必死に思い出そうとしてくれているようだ。

 しかし、これ以上考え出したら眠れなくなるんじゃない?

「坊っちゃん、わかったから、じゃあとっても眠くなる方歌ってあげる。」

 そう言ってフランスは息を吸い込み歌を、英語で歌い出した。

 歌い出したフランスの歌声を聞きながらそういえばこんな歌だったかと思い返す。フランスの歌声はきれいで、フランスの言う通りとても眠くなった。瞳がだんだん閉じてくる。
「フランス」
「んー?」
「お前も、寝ろ」
 手を伸ばしてフランスの頭を撫でる。昔アメリカを撫でたように。フランスが昔イギリスの頭を撫でたように。

「おやすみ、イギリス。」

 ワンフレーズ歌う頃にはイギリスの瞳はとろんと閉じられて俺の頭を撫でていた手も力なく添えられてるだけになった。

 フランスはその手をおろさせて閉じられた瞼にキスを落としイギリスの頭を撫でた。

 イギリスが今日もいい夢を見られますように。

 そしてフランスも瞳を閉じた。
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