きみの心に触れさせて
臆病者の恋
イギリスの手が優しく髪をなでてくれる感触に目が覚めた。
目を開けてイギリスを確認するとイギリスは手を強ばらせてしまい少し残念だと思う。でも今は何よりちゃんと言葉を伝えたい。
違うと言う言葉を問い詰めてしまいそうになるのをこらえる。最後まで聞くと腹をくくったのだ。文句を言うわけにはいかない。
「イギリスは、勘違いしてる」
勘違い、と言われて目を見張る。
「かん、ちがい……?」
「俺はイギリスが好きだよ。」
なんだか思い出したら笑えてきた。
「俺は、イギリスが、大好きだよ。」
ちゃんと伝わるように一言ずつはっきり伝える。
「そう言ったんだよ。さっき。」
どうしていつもこう空回るんだろうか。
「スペインがね、本当にイギリスのことが好きなんだなって、そう言うから、うん、好きだよって。」
真実を伝えてもイギリスは未だ不安そうな顔で横にたたずんでいる。
そんな顔しないで。
俺はイギリスが大好きだよ。
伝えたい。伝えてる。でも伝わらない。
どうしたらいいんだろう。
フランスは手をゆっくりと持ち上げ下を向いて表情を隠すイギリスの頭を撫でた。
優しく、髪をすくようになでてやる。
「好きだよ。イギリス。」
好きだとフランスが繰り返す。フランスが言葉を重ねるたびなんといえば良いのかイギリスにはわからない。フランスの言葉をあっさりと信じられない自分がイギリスはちょっと嫌だと思う。だが簡単に相手のことを信じられるほどイギリスは純粋にできていなかった。
「好きだよ、イギリス」
繰り返し告げられる言葉。信じても、良いだろうか……?
イギリスは顔をうつむけたまま。
フランスはベッドに横たわる体をずらしてイギリスの顔を除き見る。
除き見たその顔は何かに耐えるように口許を引き結び、目元は不安に揺れていた。
信じてくれないか。
フランスは嘆息した。
イギリスは愛に臆病だ。
一度得た愛を失うことに臆病なのだ。
フランスは嘘つきで優しすぎる。
相手のことを考えすぎていて無意識に自分の気持ちを押し隠す。フランスがイギリスの顔を覗き見て、悲しそうな顔をする。こちらの気持ちがわかっているんだろう。だが、イギリスはなにも答えられない。
「いいよ、信じてくれなくても」
―よくないよ
「でも忘れないで、俺はずっと、ずーっと、イギリスが好きなんだ。大好きだから。」
―やだ、イギリス、信じてよ!
フランスは精一杯笑顔を作ってベッドから降りる。そして、優しくイギリスを抱き締めた。
「だから、忘れないでね。信じてくれなくてもいいから、俺がイギリスのこと好きなんだってそれだけは忘れないでね。」
そう耳元で囁きフランスは保健室を出た。
なにも言えないまま、イギリスはその場に残された。
信じてくれなくても良いだなんて、嘘だろ。なんとなくイギリスはそう思った。信じたくて、信じきれなくて。また、傷つけた。
追いかければ、まだ間に合うだろうか。イギリスはそう思って立ち上がる。いつだって俺はタイミングを逃してばかりで、甘えてばかりで、呆れられて、今度こそ見捨てられるだろかもしれない。でもここで追いかけなかったら絶対後悔する。なぁ、まだ間に合うだろ。いや、間に合わせてやる。決意してすぐさま、イギリスはフランスの後を追いかけた。
走ったらまためまいがしてきた。フランスは壁に背を預けてずるずると座り込む。
「はは、っかっこわりぃ…っ」
そのまま膝を抱えてうずくまる。
イギリスは信じてくれなかった。
何度も好きだと言ってきた。
何度も抱かれてきた。
でも、信じてくれなかった。
俺はどうすればいい?
どうしたら、信じてもらえるんだろう。
泣くな、泣くな、なくな
「フランス?」
かけられた声に顔をあげた。
「どうしたんだ?気分でも悪いのか?」
「ドイツ…」
イギリスがフランスを追いかけてやっと追いついたとき、彼の側にはドイツがいた。座り込んでいるフランスを心配しているようだ。今度はドイツかよ。怯むイギリスだったが、さっきのように逃げ出したくはなかった。
「フラン、」
喉が声を出すのを拒否しようとしている。怖いのだ。フランスに声をかけるのが。裏切りが、偽りを露呈されるのが怖いのだ。だが、ここでもう立ち止まるのはやめにした。立ち止まったら、それこそ裏切りのようだからだ。フランスや自分の気持ちにたいして。気合いをいれてイギリスはフランスの名前を呼んだ。
「フランス!」
フランスの視線がゆっくりと戸惑うようにこちらを向いた。
「イギリス、…」
名前を呼ばれて振り返るとそこには少し息を乱したイギリスがいた。
追いかけてきてくれた?
「あぁ、イギリスか。フランスの体調が悪そうなんだが、」
ドイツが俺を見やりながら言った。
それを聞いてイギリスは
「知ってる。」
とだけぶっきらぼうに告げてどんどん近づいてくる。
気がつくとイギリスは目前に迫っており、フランスはぐっと顔を上げて目を合わせた。
フランスが顔をあげる。顔色は相変わらずよくなかった。不思議そうにこちらを見るフランス。追いかけてきてくれたの、と問いかける瞳は少しだけ不安げだった。ドイツが場の雰囲気を読み取れないのか口を挟んでくる。
「保健室に連れていった方が良いんじゃないか?」
「わかってる」
冷たく答えると目の前のフランスがびくりと震えた。しかし、そんな冷たい声にも関わらずドイツはこの場を去ろうとしなかった。
「手伝うか?」
問いかけられる言葉にまた冷たく返そうとしたとき、別の声が聞こえた。
「あー、ドイツ! こっちこっち!」
イタリアだ。また面倒なやつが来た。イギリスは心底そう思ったが、彼はドイツを引っ張って早々に場を後にした。
ドイツがイタリアに連れてかれて廊下に残されたのは俺とイギリスの二人だけだ。
当のイギリスはというと何かを言いたそうに口を開くものの閉じてしまうということを繰り返していた。
あ―…
そろそろお兄さんお尻冷たくなってきたな―
…えーと
「ねぇ…」
思い切ってこっちから声をかけるとびくんと震えてうつむいてしまう。
あぁ―
ったく、このお坊ちゃんは、
「んっ!」
両手を差し伸べて催促する。
「ねぇ、起こしてよ。」
差し出された手をとる。フランスの手は冷たかった。やっぱり具合が悪いんだな。俺が無理させたせいだろうか。複雑な思いのまま、フランスを立ち上がらせる。しょうがないという顔をしている彼に、イギリスはやっとの思いで口を開いた。
「さっき……、」
「ん?」
なんで、簡単に俺を許すんだ。
「さっきの、話だけど」
許すなよ、俺を。
フランスの表情がこわばる。握った手が少しだけ暖かくなった。
「すぐに信じられなくて、ごめん」
イギリスが強く俺の手を握りしめようやく話した言葉が謝罪だとわかった時、まずはじめに思ったのはなんで?だった。
「なんで?ごめんなんて言うの?」
「え?」
「だって、イギリスはまだ信じてないよ。俺のこと、俺が好きって言ったこと、まだ信じきれてない。なのに何で謝るの?何に謝ってるの?それって俺のことを好きになってくれることはないってこと?俺の告白に対するごめんなさいなの?」
胸の奥がもやもやする。
逃げたい。怖い。サヨナラなんて言わないでよ。
それでもフランスはイギリスの手を固く握りしめてそこにいた。
「違う!」
言われた言葉に驚いて、イギリスはフランスの言葉を強く否定してしまった。握り返された手が少しだけ痛い。どうして変な所で自信がないんだ! 心の中だけでそんなことを叫ぶ。不安そうなフランスは黙っている。イギリスの言葉の続きを待っているのだ。
「謝ったのは、お前の言葉を信じられなかったからだ。俺はお前が好きだって言っただろ。その言葉を撤回するつもりはない」
言い切って相手を見る。それでもフランスは先ほどと変わらず、不安げだった。
「知ってるよ、知ってる。イギリスが俺を好きでいてくれるのはちゃんと知ってるよ。一度も忘れたことない。」
でも、…
「だったら!」
「でも!」
イギリスの言葉を遮るように言葉を続けた。
「でも、やっぱりイギリスは俺のことを信じてない。それはイギリスがそういうことに臆病になってしまってるからで、その原因をたぶん最初に作ったのは俺で、だからイギリスは俺のことを信じれなくて、そして俺はそれに傷つくんだよ。」
支離滅裂になりながらもフランスは訴えた。
フランスの言葉にイギリスはなんと答えようか少し悩む。なんと言えば、フランスが傷つかずに、悲しまずにすむのだろう。しかし悩んでみても、言いたいことはうまくまとまらなかった。
「俺は、お前の言葉を信じたい」
思ったままのことを告げる。俺はお前を信じたい。お前のそばを、離れたくない。フランスをもう手放したくないんだ。
「好きだから、別れたくなんかない」
思ったままの言葉がすらすら口からこぼれていった。
「俺も、信じたい。イギリスがいつか信じてくれるって信じたい。」
握り続けていた手に再度力を込めて見上げるとイギリスと瞳が、あわない?
その瞬間ばっと手が振り払われた。
イギリスの瞳は俺よりももっと後ろ?
釣られてフランスも振り返ると駆け寄ってくるアメリカとばつの悪そうな顔で追いかけるカナだがいた。
「ヘイ、二人とも! そろそろいざこざも収まっただろ? 一緒に帰ろう!」
空気の読めないアメリカはそんなことを告げる。咄嗟に振り払った手にイギリスはばつの悪い思いをした。カナダが申し訳なさそうにイギリスとフランスを交互に見る。
「今日は日本に新しいホラーゲーム借りたんだ! たまにはみんなでやるんだぞ!」
一人、アメリカはハイテンションだ。
「はぁ…。お前まぁたホラーなんて借りて…、一人で見れないなら借りなさんな。」
フランスはひとまずイギリスを置いて返事を返した。
「見たいものは仕方ないんだぞ!だからフランスも来るだろ?」
アメリカが明るく返してくる。
アメリカの明るさには本当に救われる。
でも、
「お兄さんはいいよ。イギリス連れて3人で見ておいで。」
シャワーも浴びたいし何より、一度頭を冷やさなければならないと思う。
え―っというアメリカの不満そうな声が廊下に響くがそれを笑顔で封殺する。
「ごめんね。また今度誘ってよ。」
絶対行かないという拒絶の意思。
あぁ、イギリスは今いったいどんな表情をしているだろうか。
フランスは背後からの視線を感じていた。
行かないというフランスの後ろ姿を見ながら、イギリスは考えを巡らせる。アメリカの誘いに乗るつもりはなかった。フランスが心配だった。
何処かでまた倒れたら。そう考えただけで恐ろしい。
「イギリスは行くだろ?」
問いかけてくるアメリカにそっけなくイギリスは返した。
「いや…、フランスを家まで送っていく」
その言葉に冗談じゃないという顔をするフランス。しかし、フランスがなにか言う前にカナダが口を挟んだ。
「そうですね…、さっきみたいなことになったら困るし」
「さっきって?」
アメリカが不思議そうに尋ねてくるがカナダは軽く無視した。
「今は、イギリスさんに送ってもらえばいいと思います」
すっぱり言い切ったカナダ。その後ろでアメリカは不満そうだ。
イギリスがアメリカの誘いを断っただけでも驚愕ものなのに、俺を送ると言い出して俺は唖然とした。
なのに、カナダまでイギリスの味方をしだして…
どうなってんの?
そうしてるうちにイギリスたちで話が纏まったのか俺はイギリスに腕を引かれて気がついたら保健室まで戻ってきていた。
イギリスはベッドまで俺を引っ張りトンと押される。俺は呆気なくベッドに転がされる。
「な、何?何なの?」
何がなんだかわからなくてそう聞くと、イギリスはびしっと指を突き刺して、
「いいから、そこにいろ」と言って部屋を出ていった。
ふと、傍らの机を見やるとフランスの鞄が置いてある。
なんでここに?
もう何が何やら。フランスにはわからなかった。
「なんだよ、みんなして断って!」
「僕は断ってないけどね」
イギリスと別れた二人はそんな会話を交わす。
「二人とも、上手く仲直りできるといいけど」
カナダはアメリカの憤慨を無視して呟く。アメリカはその言葉を聞いて顔をしかめた。
「あの二人に付き合ってたらきりがないだよ! どうせなにいったって、どうせ元鞘に戻るに決まってる!」
高らかに告げる相方に案外周りを見てるんだなとカナダは珍しく感心した。
一方、イギリスは全速力で生徒会室まで戻って自分の鞄を取るとすぐさま保健室までトンボ返りしようと走っていた。その途中で、プロイセンを見つけたので、後頭部に飛び蹴りを入れておいた。
イギリスが出ていって五分もしないうちに再度扉が開かれた。
「イ、イギリス?」
そこには鞄を抱えて肩で大きく息をするイギリスがいた。全力疾走したかのように乱れるイギリスにフランスは呆気にとられた。
「だ、大丈夫?」
とりあえずかける言葉もわからず至極無難な声をかけてみた!
プロイセンに飛び蹴りした後、全速力で帰ってきたので少し疲れた。保健室に帰ってくるとフランスが心配になったのか、遠慮がちに話しかけてくる。それに息を乱しながらイギリスは答えた。
「お、おう。大丈夫だ……」
「なんか、全然大丈夫そうじゃないよ」
心配そうに眉を下げるフランスの顔はやっぱり青白かった。
「お前こそ、大丈夫か?」
尋ねるとフランスはきょとんとしていた。
「えっと、何が?ってあぁ、さっきの?全然大丈夫だよ。」
そう答えるとイギリスは「そうか。」と言って黙ってしまった。
これはどうすればいいんだろうと思っているとイギリスが近づき腕をつかんだ。
あれ?なんかデジャビュ…
「じゃあ帰るぞ。送る。」
そう告げてずんずん歩き出す。
フランスは慌てて自分の鞄をつかみ、イギリスの後に着いていった。ふとイギリスを見やると耳が真っ赤になっているのが何かかわいい…って何流されてんの、俺!
「ま、まって!イギリス!一人で帰れるよ!」
「なんだよ、俺に送られるなんて嫌か?」
「い、嫌なわけないよ!」
「じゃあいいだろ…」
なんでこんなことになってるんだろう?
フランスにはイギリスの考えてることがさっぱりわからなかった。
フランスを引き連れてイギリスはずんずんと帰り道へと進んでいく。イギリスもフランスも無言。双方、相手の様子をうかがっているようにも見えた。フランスはイギリスに黙って手をひかれているし、イギリスは黙って彼の手をひいた。沈黙は重苦しいが、どちらもなにも言うべきではないと思ったのか、口を開かなかった。そして、いつの間にかフランスの家までついていた。
「……じゃあ、ね」
フランスがイギリスの手を振り払う。その顔は複雑そうだった。
お別れは言ったよ?
だから、はやく帰って。
俺を一人にしてよ。
顔が上げられない。でもわかる。
イギリスが俺を見てる。
だって…
シセンガイタイ…
フランスが早く帰れというオーラを放っている。一人になりたい。うつむいた顔がそう言っていた。
「はやく、やすめよ」
それだけ言って背を向ける。心配だったが、また怒らせてしまいたくはないし、喧嘩したくもなかった。余計なことをさせて疲れさせたくない。歩きながらそんなことをイギリスは考えていた。
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