きみの心に触れさせて
好きの理由
フランスが逃げるように部屋を出ていった。
イギリスはあっという間の出来事に唖然とするしかない。フランスを怒らせた。それだけがイギリスのわかる事実だった。何が悪かったのか…。俺が悪いんだろうな。狭い給湯室のシンクに寄りかかってうつむく。すると、呆れたような声が聞こえてきた。
「あーあー、また喧嘩したのかい? 君たち。よく飽きないなぁ」
「……アメリカか」
顔をあげると呆れ返った顔のアメリカがそこにいた。
「まぁ、そもそも君たちが付き合いはじめたこと自体が、俺は奇跡だと思うけどね」
「うるせーよ」
アメリカの言葉に暗い思考がさらに深みにはまっていく。そんなイギリスをみて、相手はわざとらしくため息をついた。
「まったく、君はいつも辛気くさいね! だからフランスにも見捨てられるのさ」
「…………見捨てられてねぇよ……、まだ」
「でも、このままいったら確実に見捨てられるだろ?」
俺の言ってること間違ってないだろ。そんな視線をアメリカはこちらに向ける。イギリスはアメリカの言ってることを否定できない。そんなこちらの様子を知ってか知らずか、アメリカは饒舌に続ける。
「イギリス、君っていつも相手にばかり妥協させてるとは思わないのかい?」
「それは……」
言葉につまる。もちろんそんなことはしっている。相手に、フランスに自分が存分に甘やかされていることを。だが、イギリスはどうしても甘えてしまうのだ。フランスの優しさに。イギリスを甘やかしてくれるのはずっとフランスだけだったから。
「どんな関係だって一方的なものは嫌われるんだぞ! 愛すだけじゃなく愛されたい、尽くすだけじゃなく尽くされたい、甘えられるだけじゃなく甘えたい。そういうものだろ?」
「そうだな……」
「そもそも君は思いやりにかけているのさ! あと、相手の反応を考えなさすぎるんだぞ!」
「それは君にも言えることだと思うよ、アメリカ」
ふっと沸いた声にアメリカの方が驚いていた。彼の後ろには君が言えることじゃないだろ、という顔をしているカナダが立っていた。
「うぉ、どうしたんだよ、おま、」
廊下の端に見慣れた友人の姿が見えたと思ったら泣きそうな顔で駆け寄りしがみついてきた。それに驚きプロイセンは声を上げたが友人から香る情事の残り香を感じ、またかと思って口をつぐんだ。それはKYと名高いもう一人の友人も一緒だったらしい。
スペインは何も言わずしがみついているフランスの頭をなで、
「裏庭に行こか。」と言って軽くフランスの腕を引っ張った。
それにフランスは俯いたまま無言で従った。
フランスが両手でスペインと俺様のシャツを掴んでいるものだから二人で先導して裏庭に着いた時、そこにはロマーノがトマトの世話をしていた。
「あ!スペイン!てめっこのやろ―!遅いじゃねーか!ってぎゃっ!フランス!あ、あっち、いけ、こ、このや、ろ」
直ぐにロマーノがスペインを見つけて何時ものように声をかけてきたがどんどん尻窄みになっていく。
ロマーノにもフランスの様子がおかしいのは一目瞭然だったらしい。
「…おれ、先に帰るから。だから、どうにかしろよ!」
その場の空気を読み席を外してくれたロマーノはめちゃくちゃいい子だ。
「悪いなぁ。また、今度埋め合わせするから、堪忍な。」
そう言って裏庭には俺たちだけになった。
もともとここは園芸部ぐらいしか立ち寄るもののない穴場でロマーノが 帰ったなら残る部員のスペインぐらいしか用事がない。
俺たちはフランスを真ん中にして木陰に並んで座った。
いつの間にかやって来ていたカナダに先ほどまで偉そうなことを言って いたアメリカはすかさず口をつぐんだ。余計なことを言ってカナダの怒りを買いたくないからだ。イギリスのよどんだ様子をみてカナダは困った顔をしていた。
「イギリスさん、アメリカの言ったこと、あんまり悪い風に考えないでください」
やさしくカナダが告げる。だが、その優しさ言葉をイギリスは否定した。
「いや……、アメリカの言ったことは当たってる」
「だろ!」
「君は少し黙ってて」
「……はい」
得意気になったアメリカがカナダに冷たく一蹴される。イギリスはそんな漫才みたいなやり取りを見ていても呆れることはない。それよりもフランスのことを悩んでいるらしい。
「…何か用事か? 用があるなら早くいえよ」
気のない様子で問われる言葉に二人は顔を見合わせた。アメリカが呆れ返って告げる。
「また後にするよ、君だけに用事なわけじゃないからね」
「そうか…、悪いな」
沈んだ様子のイギリス。カナダはそんな様子のイギリスに優しい言葉をかけようとする。
「いえ、だいじょ」「ホントだよ!」
「……アメリカ、君、ちょっと黙ろうか」
「……はい」
そんなことをいいあって二人は部屋から出ていった。イギリスは再び一人になった。
風が気持ちいい。
こんな空気じゃなかったらもっと気持ち良いんやろけど。
「で、どないしたん?だまっとったらわからんで」
スペインはそう言って空を見上げていた視線を横に落とした。
横では相変わらずフランスがうつむいてる。あまりにも深くうつむいているものだからうなじから背筋の線が妙に色っぽく見える。
あぁ、あかんわ。落ちつけ。
それでも顔をあげようとしないフランスに焦れたのかプロイセンが立ち上がりフランスの正面に立った。
そしておもむろに手を伸ばしフランスの顎を掬いあげる。
強制的に上向かされたフランスの表情は泣きそうに歪んでいたが瞳は渇いたままだった。
いらんわ―。
スペインはそう思う。
フランスは泣かないのではなく泣けないのだということに気づいたんはいつごろだったやろうか…
最初にあれ?と感じたのは遥か昔。フランスがえろう大事にしとった弟が反旗を翻したと聞き、フランスをからかったろう思うて会いにいったときや。
あんなけ大事にしとったんや。からかったら泣くやろか、と危惧しながらも会いに行った時あいつは哀しそうやったけど、「イギリスが成長したってことだから」と微笑んでさえ見せて驚いた。俺はロマーノにおんなじことされたら絶対泣いてまうわ。と隣国の大人っぷりをむしろ尊敬した。
たがそれが間違いだったと気づいたのがあの日。
フランスの大事にしとった少女がよりによってイギリスに殺された時。
俺はその知らせを聞いていてもたってもいられず慌ててフランスに会いにいった。フランスは独りで泣いてるってそう思ったからや。
けど駆けつけた俺を見てフランスは笑ってこう言ったんや。
「イギリスは悪くないよ。ジャンヌを、あの子を殺したのは俺だから。」
横で先に来とったプロイセンが困った顔でつったっとった。
その時俺とプロイセンは長い戦いのなかでフランスの心の一部が壊れてしまったこと、泣けんくなってしまったことを知った。
だから、とスペインは思う。
フランスのこないな顔、泣きたいのに泣けへん顔を見んのは苦手や。
「やめときや。」
気がついたら口に出ていた。
「おいっ!」
プロイセンがそれ以上はやめとけ、と止めてくる声が聞こえてきたがそんなもの関係なかった。
「やめときや。イギリスなんて、お前を傷つけるしかできひんあんな奴なんて、やめときや。」
夕暮れの涼やかな空気が凍りついたのを感じた。
イギリスは部屋の中で手持ち無沙汰にしていた。考えれば考えるほど深みにはまっていくような気がする。静まり返った部屋の中でそれでもイギリスは一人考えに浸る。自分はどうしていつも上手く立ち回れないのだろう。フランスの気持ちがわからなくて、何度失敗すれば気がすむのだろう。
いつだってそうなのだ。
イギリスはフランスを傷つけてばかりで、喜ばせることができたのなんて数えるほどだ。
「わかんねーよ、フランス」
途方にくれたようにイギリスは呟く。何もかもわからないのだ。こんなに近くにいるのに。なんにも、彼の気持ちがわからない。言われないことを理解できるほどの洞察力があるわけではないからだ。頭の中でフランスやアメリカの言葉がぐるぐる回る。
「……一方的か」
この自分の気持ちは一方的なのだろうか。フランスは俺に同情して付き合ってくれているのだろうか。いや、そんなことはないだろう。自分の席で体育座りをしながらイギリスはかぶりをふった。
「一方的……、なのか?」
口に出すと不安がました。それでもイギリスは考えることをやめようとは思わなかった。
「な、に言ってんの?」
いつもの冗談じゃ、ない?
スペインは日常のようにイギリスと別れろと示唆してきた。それは昔の恨みとかいろんな理由での冗談だと思ってた。
でも、
今の、ちがう。
「やめや。あんなやつ。今回だけとちゃうやろ?いっつもいっつも、どれだけフランスはイギリスのために我慢したら気がすむねん!」
スペインの言葉が胸に刺さる。耳が、いたい…
どんなに考えても、どんなに思い返しても、自分のダメなところしか思い出せない。フランスは、いつもどんな気持ちで自分に接してきたのだろう。イギリスはたくさんの彼の大切なものを奪い、壊し、蹂躙し……。憎まれてもおかしくないだけのことをしてきたのに。
「……フランス」
どうすればいい? フランス、フランス…、考えても考えてもわかんねぇんだよ。お前が何を考えてるのか。お前はいつだって嘘つきで、言っていること全てがお前の気持ちじゃないことくらい俺はしってんだよ。苛つきながら、イギリスは手近な壁を蹴った。
「……進歩がねぇな、俺たち」
呟き、昔のことばかりイギリスは思い返す。喧嘩して奪い合って罵りあって傷つけあって…。どうして優しくできないのか。自分でも不思議なくらいだ。自嘲ぎみの笑みを浮かべ、イギリスは机の上にあったティッシュ箱を乱暴に床に落とした。
「スペイン…。」
本気で聞かれてる。
なら、本気で返さなきゃ。
「スペイン、でも、無理だよ。だって、好き、なんだ。」
言葉にすれば胸につっかえていたものがするりと溶け出したように感じた。
「我慢してるんじゃない。大切にしたいんだ。好きだから。傷ついてもそれでも側にいたいんだ。」
苛つきが収まらないまま、イギリスは立ち上がる。しかし、部屋を出ていくことはない。結論が上手く出ないからだ。フランスを迎えにいきたい。だが、何もわからないままいったところでさっきと同じで、フランスをまた怒らせてしまうだろう。
「……クソッ」
舌打ちをして席に戻る。紅茶でも飲んだら頭が冴えるだろうか。イギリスはそんなことを思いながら沈んだ気持ちのまま給湯室で紅茶を入れることにした。
自分の想いを全てこめてスペインを見つめる。
そしてもう一度「好きなんだ。」とつげた。
誰も一言も話さない。
張りつめた空気を壊したのはずっと横で見ていたプロイセンだった。
「あ―、もぅ本当にお前らバカだなぁ。スペインももっと素直にフランスのことが心配なんだって言えばいいだろう?この俺様みたいにな!」
「いや、プーはなんも言うとらんやん!」
給湯室で紅茶を入れていると今まで存在を忘れていた携帯が鳴った。フランスから…、な訳がないか。甘い考えをあっさりすて、イギリスは携帯を開いた。どうやらメールが届いたようだ。相手はやはりフランスではなく、何故かプロイセンだった。
「…………なんか嫌な予感がする」
イギリスはそんなことを呟きながらメールを開いた。
「裏庭。早くしねぇとなんかスペインがまじだぜ?」
とりあえずメール送信っと。
んで、ったく、こいつらは…
「もっと素直に心配してるって言ったらどうだ?俺様みたいに」
少しふざけた調子で返したらスペインが乗ってきた。そうなるとさっきまでの凍った空気が嘘のようにいつもの空気に戻る。
ま、根本的解決にはほど遠いんだけどな…
「裏庭。早くしねぇとなんかスペインがまじだぜ?」
開いたメールに思考が止まる。マジって…、まさかフランスを…? イギリスの頭ではめくりめく昼ドラが展開されていた。頭の中のスペインがフランスに襲いかかったところで、イギリスは何を思ったことが生徒会室の窓を開けてそこから飛び降りた。
俺様すげぇ。
正直こんなに面白いことになると思わなかった。
「あぁあ、絶対苦労するわ〜。そんなに好きなんかいな。なんや、やられたわ…」
いつもの調子に戻ったスペインがフランスを見やり苦笑する。
それにフランスは笑みをこぼして「好きだよ。」と答えた。
…
「あ、」
「え?」
「っイギリス!」
ふと足音がした気がして見やればイギリスが目を見開いて突っ立っていた。
これは、やっべぇ修羅場になるか?
推定三階の窓から飛び降りてやってきたら、ちょうどフランスがスペインに告白したところだった。こちらを見たフランスが罰の悪そうな顔している。プロイセンが笑いをこらえていた。後で殺そう。心のそこからそう思った。スペインが罰の悪い顔をしている。フランスが名前を呼ぶ。
「イギリス、」
哀れむような視線がこちらに注がれる。何かフランスがいいかけたが、イギリスは言い訳なんか聞きたくなかった。すぐさま来た道を振り替えって走り出す。今まであんなに悩んでいた俺はバカだ。虚しさだけが心に残った。
「あっイギリス!待って!」
走りさるイギリスにフランスは顔が青ざめた。
「なんなん?イギリス。いったいどないしたん?」
スペインがさっぱりわからんという風に首を捻った。
おっまえさっきの空気読みはなんだったんだよこのKY!と叫びたくなる。
「ったく、プロイセンの仕業でしょぅ?プロイセンのばかぁ!」
そう言ってフランスはその場を駆け出した。
あの場から逃げるように走り出したが、自分の向かっている先なんかイギリスは知らない。とにかくイギリスは走る。あの場から逃げ出せればなんだってよかったから。
「イギリス!」
後ろからフランスの声が聞こえてくる。
「まっ、て! 止まれって! さっきのは」
フランスが何か言っている。だが、聞こえないふりをしてイギリスは校内に素早く走り込んだ。体力的に言えばイギリスの方が有利だ。だから、振り切ってさえしまえばフランスから逃げきることはたやすかった。
「ま、待って!待ってよ!」
くそっ追い付けない!
そもそも体力値はイギリスのが上だし、体がだるい。事後の影響で体が重くかんじてくる。
「っあ、イギリス…」
息を整えて見上げると既にイギリスの後ろ姿は見えなくなっていた。
はぁ。
ため息がでる。
「…まかれちゃった。」
イギリスは無事フランスから逃げ切った。生徒会室まで戻ってきた彼は、いれかけの紅茶があったことを思い出す。しかし、今さらそれは飲めたものではない。部屋の中を見回して、ふとフランスの鞄があることに気がつく。そのうちにフランスもここにやって来る。その前に帰ろう。イギリスはそう思ってそそくさと帰り支度を始めた。フランスから別れの言葉なんか聞きたくなかった。
走るには体が疲れすぎていて限界を訴えていた。それでもイギリスを求めてフランスは走り続け、
視界の端に誰かの姿を捉えたとともに意識が反転した。
「ふ、フランスさん!」
崩れ落ち行くフランスを見てカナダはあわててその体を抱き締めた。
「しっかりして下さい!フランスさん!」
カナダの隣ではセーシェルが真っ青な顔をしてわたわたしている。
とりあえず保健室に運ばなければとフランスの脇に手を回して抱えると、襟のすき間から赤い印が見えた。
…イギリスさん…
「セーシェルさん!イギリスさん呼んできて!」
帰りの支度を終えて、イギリスが部屋を出ようとしていたとき、切羽詰まった様子のセーシェルが部屋の中に飛び込んできた。健康的な彼女にしては珍しいことに顔が真っ青だった。
「どうかしたのか、セーシェル」
驚いてたずねると彼女はつっかえながら叫ぶように告げる。
「イギリスさん、フランスが!」
「フランスが…?」
フランスの名前を出されて少し動揺したが、イギリスは努めて冷静に振る舞おうとした。セーシェルが泣きそうになりながら告げてくる。
「倒れちゃって…、具合悪そうで…!」
その言葉を聞いた瞬間、イギリスも彼女と同じように、いや彼女以上に真っ青になった。
保健室のベッドでぐったりしているフランスを見やり、カナダは下唇を噛み締めた。
ついさっきアメリカがイギリスさんに対して言い過ぎていたのを止めたばかりだ。それでも、とカナダはイギリスを見つめて考える。
カナダにとってフランスは特別だった。
生まれてきた意味もわからず広い大地をさ迷っていた僕に手を差し伸べてくれた。先行く道を照らす一条の光だった。
だから、
傷ついてほしくないと思う。
大好きだから、大切な人だから傷ついて欲しくないと思う。
眠っているフランスの手をとりそっと握る。
「大好きです。フランスさん。貴方は僕にとって永遠の憧れであり、家族なんです。」
大切だと、ありったけの想いをこめて告げる。例え眠りの中にいるフランス自身には届いていなかったとしても。
「大好きです。だから、この人を傷つけないで下さい。」
そう声に出して振り替えるとそこには慌てて来たのか制服を乱したイギリスと膝に手をついて息を整えているセーシェルがいた。
セーシェルから話を聴き、イギリスはなりふり構わず保健室へ走った。今までのいざこざも全て忘れて。保健室まで全速力でやってくると、部屋の中からカナダがこちらに振り向いた。その瞳が悲しそうにこちらを見る。ベッドに横たわるフランスは顔色は悪いものの、苦しげな表情はしていなかった。セーシェルが不安げにカナダにたずねる。
「フランスさん、大丈夫っすか?」
「今は寝てるから、きっと大丈夫だよ」
淡く微笑むカナダの言葉にイギリスもほっとした。そんなイギリスにカナダは悲しそうな顔をして告げる。
「……イギリスさん」
「な、なんだ?」
その余りの声の儚さにイギリスはぎょっとした。セーシェルはなりゆきを見守っている。
「……あんまり、喧嘩しないでください」
カナダはフランスが大切だ。そして、イギリスだってカナダは大切なのだ。
今、保健室には眠っているフランスとイギリスの二人だけだった。
カナダはセーシェルと共に席をはずし、生徒会室に残されたフランスの鞄を取りにいっている。
イギリスはフランスの枕元に座りそっと手を伸ばしてその美しい金糸の前髪をなでた。
髪に触れると意識があったらしいフランスがゆっくりと瞳を開いた。目があってしまうと気まずい沈黙が二人の間に流れる。
「ねぇ、」
先に口を開いたのはフランスだった。
「さっきの、こと、なんだけど……」
告げられる言葉をイギリスは静止したかったが、また言い争いにはなりたくない。だから、イギリスは腹をくくって黙って彼の言葉を聞くことにした。
「違うからね」
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