あいの歌をもう一度

22

それから、暫く経って、フランシスとアーサーは二人でジャンヌの墓にやってきていた。二人とも、手には白ゆりの花束を持っている。そして、アーサーの肩には何故か見知らぬボーカロイドが腰かけていた。可憐で利発そうな少女を模したものだ。フランシスが墓に向かって呟く。
「言うのが遅くなってごめんな、ジャンヌ」
ありがとう、とフランシスは墓に向かって呟いた。アーサーはその後ろ姿を黙って見守っている。
「さて、とじゃあ行きますか。」
フランシスがアーサーとその肩にいるもう一人のジャンヌに声をかけた。アーサーが作ったもう一人のジャンヌ。フランシスが願いアーサーが作った。いつまでも共に居られるように。
「あぁ。」
アーサーがフランシスに応える。しかしジャンヌは何も答えない。愛らしくじっと微笑んでいるだけだ。
ジャンヌはバグを取り除いた後にはじめて作られたボーカロイドだった。そもそも取り除くまでが大変だったのだ。
バグを作ってイギリスに仕込んだのはやはりアーサーの兄たちだった。けれども、その兄たちでさえ手に負えないほどにバグは複雑怪奇に成長していたのだった。だが、色んな人の協力もあり、無事にバグはみんなから取り除かれた。誰一人壊すことなく、バグを取り除くことにアーサーたちは成功したのだ。
フランシスはアーサーの隣を歩きながら口を開く。
「ねぇ、お昼、一緒に食べようよ」
「どこで?」
「うちでだよ。そろそろイギリスたちも目が覚める頃だし」
言いながら、フランシスはアーサーの腕を引いてスーパーの方向へと引っ張っていく。彼は文句を言うこともなく黙って手を引かれていた。
家に戻ればすでに目覚めたのかイギリスが出迎えてくれた。
「ただいま。イギリス。」
「おかえり。」
バグを取り除くということ。それは彼らの人間らしさを取り除くということ。
「アーサーも来たんだな。」
それでも彼らは以前とかわりなく過ごしている。
以前ジャンヌはあんな風に、その、機械らしいのに彼らはなぜあんな風にできるの?と聞いた。
彼らが持ってるのは同じバグがないただの心システム。なのにどうして違いが出るのか。
そう聞くと記憶の違いだと言われた。
アーサーが言うにはイギリスたちのメモリーにはバグを持っていた頃の記憶があるから彼らはその記憶をもとに行動しているのだと言う。
「みんなで一緒に夕飯を食べよう。今すぐ作るよ。」
告げてフランシスがキッチンへと向かう。イギリスはそれを確認してからアーサーを見上げた。ジャンヌはイギリスを見ても特に変わらず、柔和な笑みを浮かべているだけである。
「なんだ?」
見上げているイギリスに向かってそう尋ねると彼は慌ててうつむいて早口で告げる。
「別になんでもねぇよっ、馬鹿!」
叫んでイギリスは一目散にアーサーの元を離れていった。入れ替わりに眠りから目覚めたばかりらしいガリアとイングランドがこちらへ駆け寄ってくる。
「アーサー!いらっしゃい!」
「う、嬉しくなんかないんだからな!」
駆け寄ってきた二人を迎えながらもアーサーはフランシスのもとに行ってしまったイギリスを見つめた。それに気づいたのかそっとフランスがアーサーの裾を引っ張った。
「フランス…」
「フランス…って、アーサーお前俺のこと忘れてたでしょ!」
アーサーのポケットから出てきたフランスがむくれたように頬を膨らませた。アーサーのポケットの中で眠っていたのだ。
「どうしたの?アーサー。」
「いや、イギリスが…」
「イギリスがどうかしたの?」
アーサーの言葉に首をかしげるフランス。彼はアーサーに倣うようにイギリスの方を見たが、別段おかしい点は見つからない。
「……いや、わからない」
「……? まぁ、なんだっていいけど」
首をかしげながら、フランスはイギリスをからかいに彼のそばまで駆けていった。ガリアはなつくようにアーサーが差し出した手の平の上によじ登る。イングランドはそれをみて不満な顔をした。アーサーはその様子を見て小さく笑った。
「なぁなぁアーサー、アーサーはフランシスと一緒に暮らさないの?」
唐突に手の平の上でぴょんぴょん跳ねながらガリアが尋ねてきた。脈絡など当然のごとくない。
だがその一言にはアーサーを固まらせるだけの絶大な威力があった。
「…え?」
正直に言おう。
あれから俺とフランシスは、その、大人なお付き合いをさせていただいている。
「な゛、だ、えぇ!?」
驚くアーサーを見てガリアはケラケラと笑う。
「だってほら、みんなでいた方が楽しいじゃん」
からかい混じりの言葉にアーサーはなんとも言えない。イングランドはそんな彼を見て首をかしげた。
「いやなのか?」
イングランドの尋ねにアーサーは曖昧な
「いやじゃねぇよ!」
ガリアの言葉に反射的に言い返したはいいがあとの言葉が続かない。
「じゃあいいじゃん!だってその方が絶対楽しい!イングランドもそう思うよな!」
ガリアが下を見やりイングランドに声をかける。下では構ってもらえなくてイングランドがむすっとしている。返事のなさにイングランドの不機嫌を悟ったガリアが慌てて飛び降りてイングランドのもとに行ってしまった。
固まってしまったアーサーの時間を再び動かしたのはフランシスだった。
「なに話してんのー?」
間延びした声にアーサーは慌てて答えた。
「えっ、いや、なんでもねぇよ!」
「……そう?」
まぁ、早くリビングの方に来てよ。フランシスが少々拗ねたように告げた。どうも話はばっちり聞こえていたらしい。まぁ狭い部屋だし当たり前と言えば当たり前のことだった。
「アーサーのばぁか。」
「ん?何か言ったか?」
アーサーをリビングに置いていきキッチンに戻ってきたフランシスがひとり愚痴る。それを聞き付けたイギリスが不思議そうに聞き、全てわかっているのだろうフランスが笑いを噛み殺している。すると、
ばん!
突然鳴り響いた大きな音に三人は驚いて振り返った。
「なっ、なに?」
フランシスが驚きつつもイギリスとフランスを自分の方へと引き寄せた。リビングの方から聞こえたから、アーサーが何かしたのかとフランシスは怪訝な顔をする。
「あー、またやったのか」
フランスが慣れた調子でため息をついた。
「またってなんだよ?」
イギリスが不思議そうにフランスを見ると彼は苦笑しながら答えてくれた。
「フランシスと付き合いはじめてからあいつ、注意散漫でさ。よく壁にぶつかってるよ」
イギリスとフランシスはなんとも言えない顔をした。どうもフランシスに声をかけようとして目の前の壁に激突したらしい。
「ふ、フランシス!」
額に手を当てふらふらとイギリスがやってくる。
「大丈夫?」
フランシスがそっとアーサーの額に手を触れようとしたが、がしっとアーサーに肩を掴まれてしまう。
「な、なに?」
「フランシス!お、俺と、い、一緒に、暮らさないか!?」
「…へ?」
ガリアに言われるまでもなくアーサーとて考えていたのだ。だがこの部屋では狭すぎるし、なんならフランシスがうちに来れば良いではないか!実はアーサーのマンションとフランシスの職場は結構近い。うちならば空き部屋もあるしフランシスと一緒にもいれる。夜だって、一緒に過ごせる。一石二鳥ではないか。とアーサーは考えたのだ。
フランシスが告げられた言葉の意味を完全に理解するまで少しだけ時間がかかった。
「いや、いっ、今すぐって話じゃなくてだな」
反応のないフランシスに慌ててそう叫ぶアーサー。フランシスは慌てている彼にはにかむように笑う。フランスがそんな二人の様子を見ながら苦笑した。
「やっと言えてよかったな、アーサー」
そんなフランスの横顔を見つつ、イギリスは少しだけ不機嫌になる。
「お前はいいのかよ、これで」
これで幸せになる二人をイギリスとフランスは間近で見ることになる。二人が幸せになるのはいいが、それを見ているとなくなった心が騒がしくなるのをイギリスは知っていた。フランスはイギリスを見る。
「……良いよ」
ぎこちない笑みをフランス浮かべる。その顔にイギリスはなくなった心がズクンと痛くなった、気がした。なにも言わないイギリスにフランスはからかい混じりの言葉をむける。
「俺にはイギリスもいるしさ」
「はっ?」
「どうせなら俺たちもやってみる?」
アーサー達みたいに大人のお付き合いをさ。その言葉にイギリスは飛び上がる。
「なっ、なっ、誰がっ……!」
「アハハ、冗談だよ」
フランスはそうやって笑ってイギリスのそばを離れていく。イギリスはそんな彼の背中を何となく追った。

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