あいの歌をもう一度

21

「二人きりだね。」
フランシスの言葉が風に乗って揺れた。
言われた言葉に生返事をしかけて、アーサーは思わずフランシスの方をまじまじと見てしまった。そう、二人きりだ。他はみんな部屋を出ていってしまったから。自分の心拍数が上がっていくのをアーサーは感じた。フランシスは振り返って自分を凝視したまま固まる彼を見て、不思議そうな顔をした。
「どうかした? アーサー」
今さらなんで二人きりで俺はドキドキしてんだ? 止まれ、俺の心臓! そんな恋をろくにしたこともない男子中学生みたいなことを思いながら、アーサーはフランシスになんでもないと告げた。
「イギリスや、あいつらのこと、大切にしてくれてるんだな。」
なんとか話を会話をしなくちゃ!そう思って出てきた言葉がこれだった。
フランシスの一挙一動からあいつらを大切に思ってる気持ちが伝わってきた。俺にはできなかったことだ。
「うん。だって彼らのおかげで毎日が楽しかったし、こうやって思い出すことができたから。」
そう言って笑うフランシスの顔はとても晴れやかで、まぶしくて。
「…そっか。」
「うん。」
「俺には、できなかった。」
「え?」
「もともとアンドロイドを最初に作ろうと思って始めたんだ。お前そっくりの。お前を失ってたくさんのものを失って、寂しくて側にいてくれる誰かが欲しくて…でも初めての試みだし失敗したらいやだからって作ったのがアーサーだ。そこからボーカロイドという歌声制作システムが世に発表されて、そうして皆がうまれた。」
「…」
突然始まった過去話にフランシスは黙って聞いていてくれる。
「でも、お前みたいに愛せなかった。どうしようもなくあいつらは身代わりでしかなくて、失ったものを埋める代わりでしかなくって。いつもどこか虚しくて、寂しかった。」
フランスの言った通りだ。俺はフランスをフランシスの身代わりにしてた。フランシスのいない穴を埋めるための道具だった。
「!?」
フランシスは目を見開いた。視界にはピントが合わないほど近くにアーサーの顔があって、唇には暖かい、熱。
「んっ、ふぁ、っ」
アーサーは柔らかく啄むような口づけを段々深くしていく。舌が絡み合う。
アーサーの頬を一筋の雫が伝った。
「お前がいなきゃ、ダメなんだ…好きだっ!」
フランシスを見ることさえ容易に許されない日々は、アーサーにとって苦痛以外の何者でもなかった。本当は望んでいたのかもしれない、と彼は思う。フランシスが自分を、そしてジャンヌのことを思い出してくれることを。勢いでしてしまったことをアーサーは後悔していない。ただ、少しだけ相手の反応が怖かった。フランシスは驚いたまま、アーサーの顔を凝視している。その頬はうっすら赤く染まっている。
「……アーサー」
フランシスが名前を呼ぶ。そして、そっとアーサーの手のひらに自分の手を重ねた。
「あのさ、実を言うとね」
震える声でフランシスは言葉をつむぐ。
「俺、ずっと、意味もなくだけどさ」
なにか足りない気がしてたんだ。当たり前の日常を過ごしている中で感じていた、気のせいだと思っていたその違和感。だが、記憶を取り戻してわかった。
「足りないのは、アーサー。お前だったんだね」

「俺ずっとみんなとどこか違って、同じなのに同じじゃない。そのことがすごく、さ、寂しかった。」
イギリスはそこまで吐き出して隣を見る。いつも人の話を茶化してばかりいるフランスはけれど今日は真剣に話を聞いていてくれて、イギリスは話を続けた。
「アーサーに壊されかけたことも。本当はとても悲しかった。好きになってくれる人なんて誰もいなかった。」
吐き出すように声を絞り出すイギリスをフランスはじっと見る。イギリスのいう『好き』を最初は全然わからなかった。他のどのボーカロイドたちもそうだった。好きとか愛してる。イギリスが求めたそれを解るようになったのはごく最近だ。イギリスからじわじわと広がって染み込んで。ある日疲れた顔でフランシスの夢にうなされるアーサーを見てまるで水底からぷかぷかと浮かびあがった泡が弾けたように気がついた。自分の中にある胸が締め付けられるような、これが愛なのだと。
「菊に逃がしてもらってフランシスの家に住むようになって、毎日が楽しくてイングランドとガリアが来て、喧嘩もしたけど仲良くなれて本当に幸せだった。」
「あぁ。俺もアーサーといれて幸せだったよ。」
話はじめて初めて返ってきた言葉にイギリスは目を見開くがその眼差しはすぐにふにゃりと細められた。
「でもさ、なんか違うんだよ。」
「そうそう。アーサーはずっと苦しそうなんだ。頭を撫でてくれる指も眼差しも優しいのに悲しい。」
「フランシスも、時々俺を見ながら俺じゃない誰かを見てる。」
「そうそう。お兄さんは都合のいい身代わりじゃねぇっつの。」
「まったくだ。」
そこまで話を弾ませて二人は同時にプッと吹き出した。
「お前たちともこんな風に穏やかに話ができると思わなかった。」
フランスと笑いあいながらすぐ近くにはガリアとイングランドが仲良く昼寝をしていて、こんな、夢みたいだ!
「それはこっちのセリフだこのくそ眉毛。」
「あぁ?何か言ったか?くそワイン!って、やめやめ!」
いつの間にか口論になりかけている会話を無理矢理ぶち切る。
「フランス?」
「あぁ?」
「これから俺はどうなるだろ?」
「なんだ、弱気だな。まぁなるようになるだろう?アーサーだってお前のことそんなに嫌ってないぜ?」
「う、うそだ!」
苦笑と共に溢れた言葉にありえない!とイギリスが首を振った。フランスにとっては予想済みの言葉だ。
「お前がいない間もガリアを通してお前の心配もしてた。」
「それはフランシスを」
「だけじゃなく。確かにアーサーにとってお前の持つ心はあってはならなかった。だって自分と瓜二つだしな。そりゃフランシスと比べたら負けるけどお前のことだって大事にしてたさ。素直じゃないから分かりにくいけどな。」
「…」
黙り込んでうつむいてしまった頭をそっと撫でる。ぽつり。地面に丸いシミができた。フランスは何も言わず頭を撫で続けた。

皆が幸せになれますように、そう願いをこめて。
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