あいの歌をもう一度

20

「ハーッハッハー! 皆、待たせたね! ヒーローアメリカただいま参上ー!」
部屋の中に高笑いが響く。声の主は部屋の入り口、つまり扉のすぐ前に息を乱しながら立っていた。アルフレッドの後ろにはマシューもいた。
「バグを作った奴のことなら俺たちが調べておいたよ!」
ヒーローだからね、とアルフレッドは笑う。マシューがひっそりと補足する。
「そのおかげで僕たちのプログラムもかなりバグに侵されたけどね」
「あ、アル!?それにマシュ―まで!お前たちなんでここに!?」
突然の闖入者にアーサーが驚いた声を出す。
フランシスはそんなアーサーを見て、二人を見た。
えっと、え―と…
「あ!アーサーの弟達!?うわぁ大きくなったなぁ!」
フランシスはなんだか場にそぐわない気の抜けたことを告げていた。アーサーの声に自慢げにアルフレッドが胸を張る。
「ハハッ! 皆がピンチのときに現れるのがヒーローってものなのさ!」
「偶々なんですけどね。ここまで来るのにいろいろ時間がかかってしまって」
そんなことを言いながらマシューは申し訳なさそうに恐縮した。
「いや、それよりもバグについて分かったってどういうことだ?」
アーサーが問うとアルフレッドは得意気に胸をそらした。
「よく聞いてくれたね!いや〜苦労したよ。何せバグは生半可な強さじゃなかったからね?ヒーローであるこの僕じゃなかったらできたかどうか。」
「って!能書きはいいからさっさと話せ!」
アーサーの言葉にアルフレッドは拗ねたような顔をしたが急かすようにマシューに小突かれてしぶしぶ説明を始めた。
「ほら、君、ボーカロイドたちが繋がるようにLANを取り付けただろ。だから、カナダやアメリカを使ってイギリスのバグを解析してみたんだ」
「ちょっと待て。なんでお前たちがバグのことを知ってるんだ?」
アーサーがそもそものツッコミを入れた。
「まったく!話の腰を折らないでくれるかい?バグのことは社長に聞いて知ってたの!アーサーがフランシスにかまけてる間にね。」
その言葉にアーサーは真っ赤になる。フランシスを見やればフランシスも真っ赤になっていて…
「何?そんなに俺のこと気にしてたの?」
からかうように言われたセリフにむっとなってアーサーはそっとフランシスの髪に手を差し入れ頬を撫でる。んっとフランシスがくすぐったそうに瞳を閉じた所を狙って
「悪いかよ。」
そう言うと音速の速さで顔を背けた。しかし、隠しきれない耳が真っ赤になっていて…
「君たち僕の説明を聞く気があるのかい?」
ちゃっかり二人の世界に入り込もうとしている彼らを見てフランスもイギリスも呆れた。
「いちゃついてる場合じゃないだろ」
拗ねたように告げたのはイギリスだ。
「まったく……、見せつけるのも大概にしてよね」
苦笑をしながら告げるのはフランス。これ見よがしに肩まで竦めて見せる。イングランドはそんな場の雰囲気を不思議そうに眺め、ガリアは小さなため息をつく。まったく余裕があるようで何よりといったところだ。
「あぁ―もう!ヒーローの話を聞かないのかい!?」
アメリカが待ちくたびれたように騒いだ。その声に二人の空気もあっという間に霧散する。
「わりぃ。で、なんだって?バグを見つけたんだよな?」
その言葉に微かに残る甘い雰囲気を吹き飛ばすように胸を張ってアメリカは告げる。
「バグの解析をしたらさ、同じようなプログラムをネット上で見つけた。まぁ、もっともネット上にあるのはある意味作るのが不可能なプログラムだったけどね」
「作るのが不可能……?」
どういうことだ、とアーサーが問いかければアメリカは肩をすくめながら答える。
「そのままの意味さ」
「いや、まったく意味がわからないんだが。」
さっぱりわからない内容にアーサーは首をひねった。アルフレッドはそんなアーサーを見てまた得意気に腰に手をあてて仁王立ちになる。そんなアルフレッドに横から肘鉄を食らわせる人物がいた。
「もったいぶってないでさっさと言ってあげなよ。」
「ま、マシュ―っいた、痛いんだぞ!」
マシューの冷たい言葉と共に繰り出された肘鉄に涙目になりながら、しぶしぶアルフレッドは説明を始めた。
「つまり、この世の誰にも完成させられない空想じみたプログラムなんだよ。魔法でも使わない限り、無理だ。頭と手が何本あったってプログラミングできそうにない複雑なものなんだ。見た瞬間に頭が爆発しそうだったよ!」
「アルフレッド、余計なことはいいから簡単に言うとそれはどういうプログラムなんだ?」
焦れたアーサーが少しだけ厳しい表情で告げる。アルフレッドはそんな彼に怯むことなく、告げた。
「機械に本物の心を与えるプログラムだよ」
「本物の、心?」
アルフレッドの説明にフランシスが首を傾げている。
「おい、てめ―意味わかんねぇこと言ってんじゃねえぞ!んなファンタジーみたいなことがあってたまるか!」
「君だけにはファンタジーとか言われたくないよ!」
睨み合うアーサーとアルフレッド。そんな二人を無視してマシューが話を続けた。
「まぁ、ファンタジーというよりはオカルトと言った方がしっくりきますね。調べてわかったんですが、プログラムに降霊の呪文みたいなものが組み込まれているみたいです」
「降霊って……、なんか陰気だよね」
見当違いな感想を述べるフランシスにマシューは苦笑した。
「そうですね。それから、このプログラムはアルも言ったように複雑で相当な暇人でない限りは作ろうと思いませんし、第一、このプログラムはプログラムとして不完全なんです」
不完全、という言葉にイギリスの表情が少し暗くなった。
「不完全?そんな危ういものを誰かが作って流したということか?」
アーサーがイギリスを見る。イギリスはそんなの知らねぇよと首を振った。
「ったく、誰か知らねぇが誰だよ。意味わかんねぇことしやがって!」
苛立つアーサーにアルフレッドは肩をすくめる。マシューは静かに落ち着いてくださいと告げた。
「一応、そのプログラムを作った人のハンドルネームはわかってます」
「確かモルガン・ル・フェイだったかな」
よく思い出せないけどそんな名前、とアルフレッドは苦笑いした。
「モルガンって、アーサー王の話に出てくる……?」
フランシスが目を丸くする。
「言っとくが本物じゃないからなッ!」
イギリスがすかさず、叫ぶ。機械音痴だからハンドルネームも知らないと思ったらしい。
「えぇ?イギリス、それぐらいわかるよ。ラジオネームみたいなものでしょう?」
さすがに心外だとフランシスが抗議する。
それにフランスが苦笑する。
「っというか、そんな面倒くさいことされるなんて相当だと思うんだけど…」
そんな呟きにアルフレッドが笑った。
「まぁ、アーサーはフランシスから離れてから色んな人に恨みを買ってたし、その前から三人いる兄さんたちも僻みっぽいからね。嫌がらせする人物よりしない人物を数えた方が早いね!」
明るく告げられた言葉に一同がそれぞれに苦い顔をした。一瞬にして静まり返った部屋の中にアルフレッドの乾いた笑いが響き渡る。しかし、マシューから厳しい視線を受け、黙る。
「あー、え―っと、だからさ?まず犯人の割り出しから始めたら?ってことなんだぞ!」
アルフレッドがひきつって笑う。すぐ後からマシューが引き継いだ。
「犯人なら安全にバグを取り除ける可能性もある。それにあわよくば彼らの心をそのままにできる可能性はあると思うんです。」
「よかった…!」
フランシスが満面の笑みを浮かべ、イングランドとガリアも安堵の表情を浮かべる。浮かない表情なのはイギリスとフランスだけだ。アーサーは少し考えてからあくどく笑う。
「そういや兄さんたちのことしばらく忘れてたな」
まずは兄さんたちにあいにいってみるか。暗い影を背負いながらアーサーが妙な笑い声をあげている。それを見てアルフレッドがまた肩をすくめた。
「アーサーのお兄さんか。確か3人いたっけ?」
フランシスが朧気な記憶を引っ張り出した。
「あぁ。そうだな。」
アーサーの返事にアルフレッドが質問した。
「その中で一番仲が悪いのは誰なんだい?」
「あぁ―二番目かな?スコット。」
「じゃあ一番コンピューターとか詳しそうなのは?」
「えぇっと三番目、ウィル、かな?」
「た、たくさんいるんですね…」
次々と即答するアーサーにマシューが大変だというようにため息をついた。
「まぁ、あの三人の中で一番強いのはスコットだから、他二人は巻き込まれたんじゃないか?」
強いって言っても口の話な、とアーサーは付け加える。フランシスは一度だけ見たことのあるアーサーの兄たちを思い返した。そんなに悪い人には見えなかったなぁ。フランシスがそんな風に考えていると、ひょこんとフランスが床に飛び降りた。
「ん、どうした?」
それにアーサーが気がついて声をかける。すると、フランスは曖昧な笑みを浮かべてこんな風に言った。
「犯人も目星がついたことだし、俺ちょっとアーサーの部屋に戻って休んでる」
久々に怒鳴って疲れたよ、とフランスは力なく笑った。イギリスがその声に反応して口を開く。
「俺も久々にそこの馬鹿髭と言い合って疲れた」
言いながら、イギリスはフランスに習ってベッドを飛び降りた。アーサーたちはそれを聞き、苦笑した。
「あ、じゃあ俺たちでつれてくよ! また何かあったりわかったりしたら連絡する!」
「僕らも徹夜続きで流石に眠いです」
緊張がとけたのかマシューが小さな欠伸をした。
アルフレッドとマシューがイギリスとフランスを連れていくのにイングランドもガリアもついていった。
医務室はあっという間に静寂を取り戻した。
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