あいの歌をもう一度

18

「バグって!バグってどういうことだ!?」
アーサーが驚いて立ち上がった。アーサーの声が会議室に響く。
「バグはバグです。本体のシステムには異常ありませんでした。問題は心です。人間を模したあの心プログラム。本社はこの会議で本製品を一旦販売停止、現在販売したソフトの回収を決定しました。」
「心プログラムって……、あれはただのプログラムだ。プログラムされた以上のことはできないはず……」
アーサーが驚きのままに早口で口走った言葉にギルベルトは淡々と反論した。
「だが、お前の周りのボーカロイドたちはプログラム以上の行動をしてるだろ? イギリスを筆頭にな。」
ギルベルトの言葉にアーサーは沈黙した。確かに、フランスやガリア、イングランド等々皆時間がたつにつれて個性的になっていった。アーサーはそれをあまり気にとめなかったが、それがバグによる異常行動だったなんて思いもしなかった。そこまで考えてアーサーはある結論にたどり着いた。バグの感染ということは感染源があるはずなのだ。そいつのプログラムを全て消去してしまえば、これからの感染は防げる。だが、その感染源はいったい誰だ? いやそもそもバグは何故発生した?
アーサーは今後の仕事を頭で組み立てながらフル回転させる。たくさんいるあいつらからたった一人の感染源となるとかなり難しい。
チッ、こんなことになるなら全員に内蔵した情報共有用のLANなんてつけるんじゃなかった!
アーサーは良かれと思って付けた昨日が感染拡大の原因となったことに気づき舌打ちした。その様子を見ながらローデリヒは淡々と続けた。
「原因箇所と改善策を見つけるかそれがなければ廃棄処分となります。」
「……廃棄ってそりゃ酷すぎねぇか?」
ギルベルトが顔をしかめながら告げると軽蔑の眼差しがローデリヒからそそがれる。
「他人に迷惑をかけるものを野放しにはできません。うちの信用にかかわります」
「でも、」
「まぁ、廃棄は最終手段です。今すぐ壊せというわけではありません」
二人の会話を聞き流しながら、アーサーはふと気がついた。だんだんと感情豊かになっていったボーカロイドたち。しかし、最初に人間らしくなったのは…。
「……感染源はあいつか」
呟いてアーサーは舌打ちした。やはり、彼は早めに処分すべきだった。

一方フランシスはイギリスから聞かされた言葉に呆然としていた。
「俺は壊される」
突然真剣な顔でイギリスは言った。
「なんで?アーサーがイギリスを壊すって話?だったら大丈夫だよ。アーサーわかってくれてるから!」
フランシスが必死に告げた言葉にイギリスは顔を歪めた。イギリスはうつむいて話を続ける。
「お前の気持ちは嬉しい。だけど、俺が壊されるのは止めない方がいい」
「止めない方がいいって……、どういう……?」
フランシスの疑問にイギリスは押し黙る。そんな彼の代わりにフランスが口を開いた。
「俺たちは気づいていたんだ。俺たちがバグに感染していること。それからバグの感染源がイギリスだってことも」
「ばぐ?ばぐって…なに?」
「お、お前…そうだよな、知らないよな。」
イギリスはいままでの真剣さをぶち壊す発言にこけそうになったが、今はマシになったもののかつての機械音痴を思い出して肩を落とした。
「バグっていうのは、機械のかかる病気みたいなもの、かな?」
肩を落としたイギリスに変わってガリアが答えた。
「病気なの?」
「そうだ。」
「病気だったら治るんだろう?」
「みんなは可能性がある。でも俺は、病気の感染源、病原体そのものだ。だから直らない。」
フランシスの質問にイギリスが答える。
「……そんな……、なんで…?」
真っ青になったフランシスを心配してイングランドが彼の手に抱きついた。イギリスが言葉を続ける。
「俺がどうやってバグに感染したのか、正直なところを言えば自分自身にもわからない。だけど、俺がこのままだと仲間にどんどんバグが広がっていって最終的には……」
言葉を濁したイギリスにかわり、結論をフランスが告げた。
「バグに感染した俺たち全員が廃棄扱いになるだろうね」
あっさりと告げられた言葉にフランシスは軽いめまいを覚えた
この子達が来てから毎日が本当に楽しくて仕方がなかった。俺にとって家族同然だった。
フランシスは突然告げられた事実に呆然となる。そんなフランシスが心配になったのかイングランドが「フランシス、」とベッドの脇で手をあげるのでそっと抱き上げてやると、ぎゅっとしがみつかれた。
「フランシス、泣かないで…」
決して泣いていたわけではないがイングランドのその心遣いが優しくて、愛しくてフランシスはぎゅぅっとイングランドを抱き締めた。
悲しげなフランシスの様子を見ながら、フランスはアーサーはいつここに帰ってくるだろうかと考えていた。イギリスの廃棄を告げればアーサーがフランシスの猛反対を受けるのは間違いない。だが、イギリスをどうにかしなければバグはどんどんと広がっていく。ボーカロイドはきっと人間にとって面倒な存在になってしまうだろう。だって、所詮、フランスたちは機械なのだから。いつか飽きられて捨ててしまう運命の元に生まれてきた。それでもフランスは壊されるなら、アーサーの手が良いと思った。優しいアーサーがフランスは好きで彼に作られた存在である自分達が彼に生殺与奪を委ねるのは当然のことだと思っていたからだ。
「……なぁ、フランシス」
「……なぁに?」
イギリスが密やかに告げる。
「最後に、お前のためだけに歌いたい」
「な゛、」
イギリスの歌は好きだ。大好きだ。でも、今それを聞いてしまったら最後になるんでしょう?
そんなの…
「いらない。最後ならいらない!最後なんて言わないで!」
フランシスは悲鳴のような声で訴えた。
悲しそうな顔をイギリスはしたが、誰もがフランシスに何も言えなかった。子供のように拒否するフランシスにイングランドはすがりつき、ガリアは不安げにフランスやイギリスの方を見た。だが、もう誰にもどうすることもできないのだ。イギリスを救い出すには、もう何もかもが遅すぎた。
「そんなに駄々こねたってしょうがないんだよ、フランシス。アーサー……、俺たちの創造主だって万能じゃない。もう誰にもイギリスは救えないんだ」
だから歌わせてやって。囁くようにフランスは呟いた。その声は震えていた。
フランシスはフランスを見た。ずっとアーサーに付いていたためまともに話すのはこれがはじめてだ。
イギリスとイングランドはアーサーをモデルに作られたのだと言う。ならばこの子とガリアは俺がモデルなんだろうな…今更だかフランシスはぼんやりと思った。その行動にはアーサーの離れてからの孤独が見えてくるようでフランシスは切なくなる。アーサーにだって出来ないことはある。そんなことわかっている。それでも…
「いや!イギリスは俺の家族なんだ!たとえそれがアーサーだとしても奪わせたりはしない!」
そうさけんだ時ガラッと音を立てて扉が開いた。
Copyright (c) 2010 All rights reserved.