あいの歌をもう一度

17

アーサーの言葉に胸が痛む。フランシスはあのときのことを今まで忘れてしまっていた。だから、苦しみも少なかった。だが、アーサーはずっと覚えていた。ずっと自分を責めていた。俺は何て卑怯なんだろう。フランシスは心の内で呟いて、アーサーを見た。
「……俺のせいだ」
泣きそうな瞳がこちらを見る。フランシスはその瞳を見返して口を開く。
「……確かに俺はジャンヌを失って記憶を消してしまうほど悲しかったよ。でもね、アーサー」
確かに悲しかった。心が壊れてしまうくらいに悲しかった。だが、それは。
「あの事故が、お前のせいじゃない」
アーサーのせいではない。彼を追いかけたフランシスの不注意が彼女を事故に巻き込んだのだ。それがわかっていたからフランシスは自身の自責の思いから逃げるように自身の記憶を消した。
「あの時飛び出さなかったらジャンヌは死ななかった。あの時追いかけなければ飛び出ることもなかった。あの時、お前を好きじゃなかったら、好きじゃ、なかったら、…追いかけたり、しなかった…」
今彼は何といったのだろう?
「な、に?」
「好きにならなければ、彼女は死ななかった。それはこっちのセリフだ!」
フランシスは絞るように言葉を吐き出す。ぎゅっと布団を握りしめた手、もし放してしまえば自分を殴って、引っ掻いて、傷つけてしまいそうだった。
「好きだったよ。アーサーのこと、好きだった。告白されて、俺は喜んでたんだ。ジャンヌがいるのに、俺は嬉しかった。ありがとう、なんて言う資格ないんだよ。彼女を裏切ったんだ。言えるわけ、ない。」
布団を握りしめている手に更に力をこめる。そんなフランシスの手をそっと握りアーサーはぽつりと呟いた。
「言えるようになったらでいいんだ。」
思い浮かぶのは彼女の言葉。
『素直じゃないのは無理に言葉を返そうとするからよ!今なら言える、そう思えた時に返事すればいいのよ。』
どうしても素直になれなくて、その日もまたフランシスと喧嘩してしまった。それが悲しくて、悔しくて、そんなときに貰った言葉。
「俺もちゃんと、素直に言えるようになったら、言う。ありがとう、って、だからお前も言えるようになったら、で良いんだと思う。」
言われたことにフランシスは驚いた。今のアーサーの言葉はまるでジャンヌの言葉のように聞こえたから。
「ジャンヌならそうやって言うと思う。それから心のこもらない礼は要らないとも」
確かに彼女ならそうやっていうだろう。妙なところでなんだか頑固で、そんな彼女がフランシスは大好きだった。アーサーと同じくらい。多分、友達として。
「ねぇ、なんでイギリスを壊そうとするの?」
唐突に話題が変わってイギリスは少し面食らった。
「それは…」アーサーは口ごもる。
「イギリスが恋心を持ってるから?」
その言葉にフランスは目を見開いた。なぜ、それを知っているのだ?
「なんでそんなの知ってるんだって顔だね。それくらいわかるよ。イギリスの顔はアーサーそのものだった。恋する顔。記憶が戻ったらすぐにわかったよ?それがイギリスの欠陥、でしょう?」
なぞなぞを答え合わせするようにフランシスがアーサーの顔を覗き込む。アーサーはその視線から逃れるように深くうつむいた。
「心システムは俺が作った。俺が自分の精神分析を元に。イギリスはその最初の作品だ。プログラムに間違いなんてなかった。でも、あいつお前の写真を見て興味を持ったんだ。あの時俺にはお前の話をできる人なんていなかたから、嬉しくてお前の話をたくさんしたんだ。そしたら、いつの間にか…」
「いつの間にか?」
「アイツの目に見覚えがあった。フランシスの写真を見る目。だって、俺とおなじなんだ。俺が、彼女が、お前を見るときと同じ目。恋する瞳。
怖かったんだ。俺を模した心がまたお前を好きになった。イギリスはもはや俺そのものだった。イギリスを見ているだけで俺の、罪が見えるようで、」
怖かった。とイギリスはかすかな声で呟いた。
「そんなものがお前のところに行くなんて、ダメだと思った。いつお前の記憶が戻ってしまうか、怖くて仕方なかった。」
「戻らない方がよかった?」
フランスがそう聞くとイギリスはぐっとつまった。」
「前はそう思ってた。憎まれるなら忘れられたままの方が良いって、でも、今は、思い出してくれて嬉しい。」
あれから二人の間に会話はない。自然と訪れた沈黙。しかしそれは嫌なものではなく、それはまるで昼下がりの午後生徒会室にいるような…
重なりあった手はそのままに二人はただ共にいた。
そんな空気に溶け込むように扉を叩くノックの音が響いた。
「入るぞー」
二人の返事も聞かずに部屋の中に入ってきたのは、ギルベルトと数人のボーカロイドたちだった。イギリスとフランス、そしてガリアとイングランドである。
「大丈夫か、フランシス」
イギリスが始めにそう問いかけて、ガリアとイングランドは跳ねるようにフランシスの側に駆け寄っていく。フランスはアーサーの足元までいき、その表情をうかがったあと、一瞬だけ強くフランシスを睨み付けた。
「……アーサー、お前は俺と外にこい。話がある」
ギルベルトが真面目な表情で告げ、アーサーはその言葉にしたがい外に出ていった。フランスとイギリスがそれを見送って、フランシスに向き直る。
「フランシス」
「ん? なぁに、イギリス」
思い詰めたような表情をするイギリスにフランシスは胸騒ぎを覚えた。
「お前に話しておかなきゃならないことが、あるんだ」
話がある。そうギルベルトに部屋を連れ出されたものの一向に用件を話す様子はなくただひたすら廊下を歩かされている。
「おい、いい加減なんなんだよ。」
まだ医務室のフランシスも気になるしいい加減にしろよ、と声をかけるとギルベルトは立ち止まり目の前の扉を開いた。どうやらここが目的地だったようだ。
黙ったまま入室を促すギルベルトに一体なんなんだと思いつつアーサーは部屋に入った。
がらんとした誰もいない部屋は最新の会議室で中央に設置されたモニターを使えばたとえ海外であろうとリアルタイムで会議することができるというものだ。
「おい、ギルベルト?」
一体なんだと再度問うと音を立ててモニターが起動した。
モニターに移った人物はアーサーもよく見知った人物、つまりはこの会社の社長だった。彼の後ろには恐縮しきった菊の姿が見える。
「…………まったくこのお馬鹿さんが。呼んだらすぐに来なさいと前々からいってあるでしょう」
呆れきった表情をするローデリヒの姿があった。そして、その後ろから明るい声が聞こえてくる。
「あー、菊! 久しぶりー!」
フェリシアーノの声だ。アーサーはモニターを見ながら呼び出された理由にあまり見当がつかず、困惑していた。
「なんだよ。」
アーサーはぶすっとした顔で答えた。行かなかったのは確かに社会人としてダメだったと思う。だけど、バカって言われる覚えはねぇよ!と、他のやつらに聞かれたら十分バカだよと突っ込まれそうになることを考えつつアーサーは答えた。
モニターの向こうのローデリヒはアーサーの表情から簡単に気持ちを読み取ったのか、見せつけるようなため息をついてから口を開いた。
「まぁ、良いでしょう。そちらもいろいろあったようですし、今回の失敗は不問にしましょう」
「……失敗?」
なんの失敗のことかわからず、アーサーは顔をしかめながら聞き返した。ローデリヒは淡々と答える。
「気がついていなかったのですか? 貴方が作ったボーカロイドたちのことです」
「ボーカロイドたちが、何か……?」
言われていることがわからず、さらに聞き返すとローデリヒは冷たく告げた。
「出荷されたボーカロイドたち全部にバグの感染が確認されています。出荷前のボーカロイドたちもね」

一方フランシスは、
「…え?」
イギリスから聞かされた事実にフランシスは呆然と目を見開いた。
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