あいの歌をもう一度

15

久しく聞いていなかった声に、アーサーは少しだけ驚いた。後ろにいた菊も驚いている。
「……フランシスか」
「久しぶり、クソ眉毛」
苛立ちを含んだ笑顔がアーサーに向けられている。ギルベルトは気まずい表情でうつむく。場の雰囲気は重苦しい。話の見えない菊は今すぐここから抜け出したい気分だった。アーサーは出張の準備をしながらフランシスを見ないで言葉を紡ぐ。
「それで、何のようだ? フランシス」
努めて淡々と彼は答えた。それがただの虚勢でしかないことなんてここにいる全員がわかっていた。
「いやぁさぁ?どっかのクソ眉毛がオレの家族壊そうとしてるって聞いていてもたってもいられなくってね。」
フランシスの答えにアーサーは眉をひそめた。
「家族?」
「そう。イギリスもガリアもイングランドも、オレの家族なの。」
「はっ!機械相手に何言ってやがる。」
「お前にとっては違ってても俺にとっては家族なの。お前にこれ以上大切な人を奪われたくない。」
その言葉はナイフ以上の鋭利さを持ってアーサーの心を引き裂いた。動きを止めたアーサーをフランシスはじっと見つめる。すぐそばでわたわたしている菊もギルベルトの姿も今は目に入らない。ただまっすぐにアーサーの姿だけを見つめた。
フランシスの言葉をアーサーは何度か頭の中で繰り返した。わかっていた。記憶を取り戻したフランシスが自分を恨むと言うことを。だって、彼から彼女を奪ったのはどう考えてもアーサーだったから。ぼんやりとしているとフランスが気遣うような視線でこちらを見上げている。フランシスと同じ顔だ。その視線を受けてアーサーは口を開いた。
「…………言いたいことはそれで終わりか?」
「終わりだと思う?」
逆に聞き返してみる。アーサーは淡々と冷静さを保とうとしているがスーツの裾を握りしめている手が震えている。冷静なのは上っ面だけ、なんて一目瞭然だ。
「はぁ…」
フランシスの露骨なため息にアーサーの肩が目に見えて震えた。
この性格はどうにかならないものか…
一言ごめんって聞けたらなかったことにしたかったのに…
フランスはそっと彼に近寄った。アーサーは思わずぎゅっと拳を握る。二人の間の張り詰めた空気にその場にいる全員が息を潜めて成り行きを見守っていた。
「…………記憶、戻ったんだな」
やっとアーサーが絞りだした言葉にフランシスはツキンと胸が痛んだ。
それでもなるべく平静に「そうだよ。」と答える。そうしてアーサーの瞳を見つめるが、生きてる人間の瞳じゃない。その瞳にはカケラも生気が見られなかった。
「お前は、イギリスが好きなのか?」
「好きだよ。」
真実のみを簡潔に告げる。俺のことを思って不器用だけど優しくて…
イギリスが居たから毎日が楽しかった。
「好きだ。」
もう一度答えた。くすんだ金髪に太い眉毛。不器用だけど優しい。イギリスが好きだ。
でも、イギリスはお前だろう?イギリスはアーサーの、お前の心そのものだろう?
イギリスはお前だろう?
そんなこと言ってやらないけど。
大概俺も意地っ張りだよな…フランシスは一人、嘆息した。

フランシスの言葉にアーサーは震え上がる。彼が過去に置き去りにして来たはずの気持ちをフランシスは受け入れたのだ。だけど、それはもうイギリスのもので、アーサーのものではない。イギリスという形を持ったときから、それはイギリスのものになったのだ。念を押すように告げられた言葉にアーサー冷たく返す。
「そうかよ。じゃあ、もう話すこともない」
「へ?」
フランシスが間抜けな声をあげた。アーサーは早口で告げる。
「イギリスはお前の好きにしたらいい。もうお前のものだ。俺はもう手出ししない」
「へ?」
フランシスは話の展開についていけず呆気に取られる。その間にもアーサーは荷物を纏めて扉へ向かう。
「ちょ、おい!どこ行くんだよ!」
その行動にフランシスは慌ててアーサーの腕を掴んだ。が、その瞬間ばっと音を立てて腕を振り払われた。その時目に入ったアーサーの新緑の瞳は泣きそうに歪んでいて、
「仕事で出張だ。離せ。」
そう言われて思わず手を緩めてしまった。その隙を見逃さずアーサーは部屋を出てしまった。
閉まってしまった扉を見ながらフランシスは肩を落とした。いつもそうだ。いつも俺たちは言葉が足りない…
菊とギルベルトは話の展開についていけず、困惑しかできなかった。フランシスは明らかに肩を落としている。息を潜めていたボーカロイドたちがわらわらとそこらじゅうから出てきてフランシスの周りに集まった。彼らを代表してアメリカが口を開く。
「君、ホントにイギリスが好きなの?」
「え?」
唐突なことにフランシスは何も言えない。
「本当に好きなのは、アーサーじゃないの?」
幾千もの瞳がフランシスを見ていた。その中にはイングランドやガリア、そしてイギリスもいた。
無数の瞳が問う。
本当にアーサーのこと好きじゃないのか、と。その姿にふらんすはむぅっと眉をしかめた。
大体俺は嫌いだなんて言ってないっての、あのバカ眉毛!
まぁまずはこのアーサーの作ったボーカロイドたちだ。アーサーに文句言うのは後だな。
フランシスはそう決めるとさっき問うてきた、どつかで見たことあるボーカロイドに向き直った。
「…イギリスは好きだよ。大好き。だってイギリスはアーサーそっくりなんだもん。
勿論イギリスはイギリスとして大好き。だけどイギリスはアーサーが壊したいと願ってしまうくらいアーサーの心そのものだから。」
「つまりアーサーのこと好きってことかい?わかりにくいんだぞ!」
不満げに愚痴るボーカロイドにふわりと微笑みかけてフランシスは部屋を飛び出した。
取り残されたボーカロイドたちは各々に好き勝手なことを告げる。
「人間ってめんどくさいなぁ、まったく」
憤慨するのはアメリカだ。
「―心もめんどくさいよねぇ」
苦笑をするのはカナダ。イギリスは困ったような顔をしている。
「フランシス、どこいったの?」
イングランドがイギリスに尋ねると答えは傷心の彼に代わり、アーサーに置いていかれたフランスが答えた。
「昔を取り戻しにいったのさ」

「待てよ!」
フランシスは研究所の狭い廊下を駆け抜けた。時々すれ違う研究員が何事か、と振り向いていく。
「待てってば!」
だがフランシスは彼らに目もくれずアーサーだけを追い続けた。あの日もただ彼の背中を追い続けた。
ただ追い付きたくて、側に行きたくて、ひたすら走った。それが彼女わ死にいたらしめたのだが。
「逃げるな!アーサー!!」
フランシスの張り上げた声にびくりっとアーサーの身体は震えて歩みが止まった。あの時もそうだった。アーサーが逃げたからあんなことに…。思い返すと胸が軋んだ。
「……逃げるなよ、アーサー」
悲しげに呟いてフランシスがアーサーの背中に言葉を投げ掛ける。
「もう……、俺から逃げるのはやめてくれ」
すがるように紡がれた言葉にアーサーはなんと答えたらいいのかわからなかった。
フランシスはゆっくりと近づく。そっと手を伸ばしてもアーサーは逃げなかった。フランシスがゆっくりと腕を持ち上げアーサーにすがりつくように腕を巻き付けた。
その瞬間、ゴツっという音と共にフランシスの体が吹き飛んだ。

「っ、フラン!」
我にかえって差し伸ばした手はわずかながらフランシスに届かない。フランシスが最後に見えたのは泣きそうに、ゆがん、だ…み、どり…
フランシスはそこまで思考した所で意識を失った。
Copyright (c) 2010 All rights reserved.