あいの歌をもう一度
14
恨めたらきっともっとラクだった。
彼女、ジャンヌが死んでしまったこと、俺が記憶を無くしてしまったこと。全部、全部アーサーのせいにして恨めたら良かったのに…
「できないんだよなぁ…」
ため息まじりに吐いた言葉にガリアが不思議そうに首を傾げる。首を傾げてるガリアの頭をぐりぐりしながらフランシスは意地っ張りで素直じゃない生徒会長様を思った。
あの時、俺は…
「フランシス?」
ギルベルトが心配そうに声をかけてくるのに何でもない、と返してイギリスを見やる。
「で、アーサーがイギリスを壊すってどういうこと?」
イギリスは自分のことであるのにとても冷静だった。
「菊が言っていただろ。俺は欠陥品だと」
だからだ、とイギリスは答えた。その簡潔すぎる答えにフランスは眉間にしわを寄せた。
「だけど、何で今さら?」
フランシスからイギリスを奪うことなど簡単だったはずだ。もっと早い段階にギルベルトがイギリスを連れていけば簡単にアーサーの望みは叶っただろう。なのに、なぜ今なのだ。そんな彼の疑問に答えたのは、イギリスではなく、ガリアだった。
「…………フランシスのために、だよ」
「オレの、ため?なんで?」
ガリアの答えにフランシスは目を丸くした。イギリスといることの何が悪いというのか、さっぱりわからない。
「な、なんでって、フランシスはアーサーと会っただろ?」
「あぁ、で?」
「でって…えっと…」
まるでさっぱりわかりませんという表情にガリアの方が戸惑う。戸惑うボーカロイドたちの話をまとめるようにギルベルトは口を挟んだ。
「つまりは、フランに思い出してほしくなかったんだよ。アーサーは昔の記憶をさ」
「……それとイギリスになんの関係があるわけ?」
まったく意味がわからないと言う顔をしてフランシスが首をかしげる。ものわかりの悪い相手にギルベルトはあきれることもなく、説明を続けた。
「イギリスはアーサーを元に作られている。だから、イギリスが側にいたらお前が嫌なことを思い出すと思ったんだろ」
「だからって壊す意味がわからない」
辛辣にフランシスは吐き捨てた。
「はぁ…」
フランシスは首に手をあてて息を吐き出した。
「意味わかんねぇ…あの眉毛。」
「眉毛…」
イギリスがアーサーと同じ特徴的な眉毛をひそめる。
「でも納得いかない。イギリスを壊すとか許せない。…会うか。」
「え?」
「はい?」
「はぁあああ!?」
フランシスの家にそんな爆弾発言が落とされた頃、アーサーの部屋ではフランスを筆頭としたボーカロイド達がイギリスのことについて話し合っていた。
「いくらイギリスがうっとうしいから彼を壊すなんて横暴すぎるよ!」
フランスの話を聞いて真っ先に抗議の声をあげたのはアメリカだ。彼はイギリスにわりとなついていたこともあり、他のメンバーよりも暑くなっている。
「アーサーさんは何を考えているんでしょう……?」
不安げに呟くのはアメリカの双子の兄であるカナダだ。フランスは他メンバーの様子を見ながら、アーサーの心は機械である俺達には一生わからないだろうと悲しげに心の奥で呟いた。
「いや、ちょっと待てよお前!何かんがえてんだ!?」
ギルベルトが叫ぶがフランシスは着々と出掛ける準備を始め出した。
「だってアーサーに聞いた方が早いでしょ?ってか直談判する。」
そんな二人の様子を見てイギリスは頭を抱えた。横でガリアがぽかんと口を開けている。
「ね、イギリス…これ、アーサー大丈夫なの?アーサーが逃げ出しそう…」
「言うな…俺も頭が痛い」
「イギリス?ガリア?」
頭を抱える二人をイングランドが不思議そうに見上げた。
「いや、フラン、ちょっと待て」
「やだよ、待たない。すぐにでもあの眉毛の横っ面ひっぱたいてやる!」
フランシスはかなり腹をたてているようだ。ギルベルトの声もあんまり耳に入っていないらしい。すぐさま家を飛び出していきそうな彼をギルベルトはなんとかなだめた。
「いやいや、今アイツ仕事中だし、いっても追い返されるぞ。……じゃなくて、もっと冷静になれよ」
諭すような声にもフランシスは耳を貸さない。
「ギルちゃん。」
フランシスは必死で止めるギルベルトの両肩をがしっと音を立てて掴んだ。
「アーサーんとこ連れてってくれるよね?」
「いやだからっ!」
ギルベルトが焦ったようにひきつったような声で叫ぶ。その光景を見てイギリスは人生で初めてギルベルトを応援した。
「でも連れてってくれるでしょう?じゃないと…」
エリザちゃんの写真をギルがどんな風に活用シテルのか言っちゃうから。
最後の方の声が聞こえなくてイギリスは首を傾げた。当のギルベルトはさぁっと顔から血の気が引いている。
「な、おまっ!何で知って!」
「うわっ本当にしてたの?」
「か、かまかけかよ!」
「いやぁ、ギルベルトならしてそうだな、と…でも本当にしてたとは…で連れてってくれるでしょう?」
その微笑みはいつもの優しい笑顔とは違いどこか艶然と艶めいていて、ギルベルトが怯んだようにうっと言葉につまる。
「ち、ちくしょ―!お前なんか嫌いだぁ!」
「はいはい。じゃあ案内してね。」
ギルベルトの役立たず!イギリスが心の中で詰る。つまりこれで止めることが出来る人間はいなくなったわけだ。
アーサーは会議中にも関わらず、席をたった。その珍事に同席していた菊が驚きの表情で彼を見る。しかし、アーサーは周りの様子を気にせず、部屋を出ていった。
「アーサーさん、いきなりどうしたんです?」
菊は慌ててその後を追いかけた。
「社長に呼び出されて今からロンドン」
今出ないと飛行機に間に合わないとアーサーは淡々と告げる。
「ちょっ、そんなの初耳ですよ」
「俺も今呼び出されたんだよ」
そう言って携帯をちらつかせるアーサーに菊はため息をついた。社長も何考えているんだか。呆れ混じりの言葉に菊は何も言えない。菊は社長に何度かお目にかかったことがあるが、穏やかで落ち着いた感じの人で突然誰かを呼び出すような横暴な人物には見えなかったのだが。アーサーも同じようなことを思っていたのか、妙な顔をしている。
「…………まぁ、社長もいろいろあるんだろ」
だが、上の命令には逆らえない。アーサーはそんな感じの言葉を紡いで自分の部屋に入っていった。
「よぉ…」
自室の扉を開けたら目の前にギルベルトがいた。
「回収してきたのか?」
本日ギルベルトに言いつけた仕事の報告だな。と思い当たりアーサーは声をかけるがギルベルトは、いや、そのとはっきりしない物言いだ。
「おい、時間がないんだ。さっさと…」
アーサーがイラついたように声を上げると、
「ギルベルトの任務は失敗だよ、アーサー。」
一度足りとも忘れたことのない、そしてこの場には最も似つかわしくない声が聞こえた。
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