あいの歌をもう一度

13

遠く、遠くただそれだけを願った。
「っはぁ、はぁ…」
先に倒れ込んだのはガリアの方だった。すぐ後ろではイギリスが少しつらそうに、それでも立ったまま荒く息を吐いている。
「お、前は何、しやがる…」
元来ボーカロイド達は全速力で走る何てことは考慮に入れていない。
ガリアは痛む節々を宥めるように小さくまるまる。イギリスはその背中を撫でてやりながらもう一度聞いた。
「お前、何してんだよ。」
「だって…」
ガリアはイギリスの腕をぎゅっと掴んだ。
「だって、ギルベルトに連れてかれたら、イギリス、壊されちゃう!」
その時道路の向こうからフランシスの姿が見えた。
正直に言ってボーカロイドだけで外に出るなんて初めてなのだ。衝動的なものとはいえ不安も恐怖もあった。そんな時に見えた見馴れた人影に本当にほっとしてしまって、ガリアはフランシスに向かって道路を飛び出した。
見慣れた二人の姿をみつけてフランシスはほっとした。追いかけている最中は頭の中をいろんな悪い妄想が駆け抜けていった。『あの子』のように永遠に失ってしまったら。考えながら胸が張り裂けそうだった。そのときのフランシスは必死すぎて、自然と頭をよぎったあの子が誰なのか全くわかっていなかった。ガリアがフランシスをみつけたのかこちらに走りよってくる。一直線にフランシスの元へ、回りを見ずに、ただフランシスだけをみて。そんなガリアの様子が誰かと重なった。
「あ、れ…?」
フランシスはガリアを呆っと見つめる。だが視界を掠めた物体にフランシスば我に帰った。視界の端からどんどん車が近づいてくる。フランシスは血の気がざぁっと引くのを感じた。ガリアは気づいていないのか歩道を飛び降り車道に飛び出ようとしている。
「ガリア!」
慌ててフランシスは止めようと手を伸ばすがぼうっとしていた時間は思ったより長かったらしい。
間に合わないっ
いやだ、いやだ!また失ってしまう!!
「ガリアァ!」
『ダメっ!』
頭の中で少女の声が鳴り響く。その声に無意識にフランシスは願った。
「おねがい!ジャンヌ!ガリアを守って!」

フランシスの目の前を車が駆け抜けた。

イギリスは確かにそのときフランシスの声を聞いたのだ。彼女の名前を、ジャンヌと呼ぶ、その声を。思考もそこそこにイギリスは反射的にガリアを自分の方へと引き寄せた。頭上を車が通り抜けていく。イギリスのいたところはちょうど車体の下だった。自分達は小さいから簡単に車体の下に潜り込めたのだ。ほっと一安心してイギリスは先ほどの思考を取り戻した。フランシスは彼女に願った。彼女のことをフランシスは思い出したのだろうか。
イギリスの胸が僅かな期待に希望を見いだすように高鳴った。
車が去ったあと道端に二人が倒れ込んでいるのが見えて体が凍りついた。血液まで一瞬で固まった気分だ。
「あ、ぁあ、い、イギリス、ガリア、ジャンヌ!」
フランシスが目の前で起きた事態に思わず膝を着く。と同時に、むくりとイギリスが立ち上がった。
「こんの、ばか野郎!道路に飛び出すなんて何考えてやがる!」
罵声と共に立ち上がりガリアに手を差しのべるとガリアも手をとり起き上がった。
そのまま泣き出してしまう。
「っご、ごめんなさ、ぅ、ぅぇっ!」
泣き出したのに慌てたのかイギリスがガリアを抱き締めて頭を撫でてやるとガリアもイギリスにしがみついて泣き出した。火のついたように泣くガリアと宥めるイギリスを見てフランシスの方が泣きたかった。
「また失うかと思った…」
フランシスはゆっくりと歩みより二人を手のひらで救いあげるとガリアがぎゅっとしがみつく。
「ガリア…イギリス…無事で良かった…」
すると今まで黙っていたイングランドがひょっこりとフランシスの胸ポケットから出てきた。泣いているガリアを見つけると、すごく驚いたらしく目を真ん丸にしている。慌ててイングランドはガリアに駆け寄り、珍しく優しい声をかけた。
「だいじょうぶ?」
ガリアはその声に気がついて慌てて自分の顔を服の袖で乱暴にぬぐった。一応、年上のプライドというものがあるらしい。イギリスは泣きそうな顔をしているフランシスを見上げる。目が会うとフランシスは優しく微笑んだ。
「無事でよかったよ、ホントに」
消え入りそうな声で告げられた言葉が少しだけ嬉しかった。
全員を連れて帰ると今度はギルベルトが泣きそうな顔で帰りを待っていた。
「ちくしょう!心配したじゃねぇか!どこ行ってたんだよおまえら!」
「…ごめんね、ギルベルト。おまえたちも。ほら」
まずはフランシスがギルベルトに誤り、二人にも謝罪を促した。しかしイギリスはツンとそっぽを向き、ガリアはうつむいてしまう。
「もう、二人とも、いったい何であんなことをしたの?」
フランシスが怒ると二人とも肩を竦めた。
「俺は悪くない。こいつが無理矢理引っ張ったんだ。」
イギリスが仏頂面で答える。
「な、全部オレのせいかよ!」
ガリアが慌てて声を上げる。
「悪いのは俺じゃないアーサーだもん!」
ガリアが叫ぶ。その内容にギルベルトもイギリスもぎょっとした。
「アーサーがイギリスを壊すっていうから、俺を連れ戻すっていうから!だから!だから…」
ガリアの言葉はだんだん尻窄みになっていく。
その言葉にギルベルトは気まずそうに目をそらした。
「…俺はおまえらをメンテのために連れ戻せって言われただけだ。」
「だから!昨日アーサーが言ったんだよ!ギルベルトを迎えによこすって、イギリスのこと壊すって!フランシスに良くないから壊すって!」
「ガリア!」
どうかんがえても言いすぎだろう。ガリアがしまったというように顔をしかめるがもう遅い。気まずい沈黙が流れる。それをぶち壊したのは特大のため息だった。ため息の聞こえた方を向くとフランシスが首に手を当ててうつむいていた。
「フランシス?」
凍りついた三人に変わってイングランドが声をかける。
「はぁ、で?アーサーが、あいつが何て?」
呆れたように紡がれた言葉に三人は目を向いた。イングランドが不思議そうにフランシスを見上げる。
「フランシスは、アーサー、しってるの?」
その問いに優しくフランシスは答える。
「まぁ、知っているってよりは思い出したが正しいかな」
優しく微笑んだフランシスをギルベルトは凝視する。
「……思い出した、のか?」
ギルベルトの呆然としたつぶやきにもフランシスは余裕を持って答えた。
「うん」
頷いた彼を見てギルベルトは不安げに言葉を続けた。
「…………彼女のことも、か?」
「…うん。」
少しためらった後にフランシスが答えたのはOui。
ギルベルトはまじまじと友達の姿を眺める。先ほどと変わった所は何処にもない。淡く微笑んでいる。
「本当に、フラン?なにもかもちゃんと覚えてるのか、フラン?」
「何だよその聞き方。記憶があろうがなかろうがお兄さんはお兄さんなんです。」
ギルベルトは不思議な気分でフランシスを見る。あんなに思い出せなかったのに、何をいっても思い出さなかったのに。なんだか悔しいような気分になりながら、だけどやっぱりギルベルトは嬉しかった。フランシスがすねたようにギルベルトがら顔を背ける。
「あんまりマシマジ見るなよ、気持ち悪い」
「きっ、気持ち悪いって、ひどっ!」
「ギルベルトはきもちわるいのか?」
二人の会話を聞いてイングランドが首をかしげる。そんなかわいい彼にもちろんとフランシスは答えた。
「ギルベルト、きもちわるい。」
可愛い口から吐き出される毒にギルベルトは死にそうだった。
「おぃ!イングランドに何教えてやがる!」
半泣きで訴えるギルベルトを笑顔でかわし、フランシスはしゃがみこんだ。目の前には驚いて呆然としとるガリアと眉尻をさげたイギリスがいた。
「二人のおかげで思い出せたんだ」
告げられた言葉にガリアは驚きの顔のまま、フランシスの側にかけていった。イギリスは複雑そうにフランシスを見上げる。
「……辛いか?」
イギリスはアーサーのことを思い出しながら尋ねた。アーサーはフランシスの記憶が戻ったと聞いたらまた逃げるだろうか。そんなことを考えた。
「………………少しだけね」
フランシスは淡い微笑を浮かべただけだった。その瞳は誰も責めてはいなかった。
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