あいの歌をもう一度
11
フランシスはふっと目を覚ました。昨晩セーシェルが突然泣き出して帰ってしまった後、呆然と突っ立っていたが、イングランドの心配そうな声に我にかえった。そして…
ご飯食べるのも面倒臭くて寝ちゃったんだっけ?フランシスはふわっと欠伸をして目を擦ると、
「なに?…なみだ?」
目元を擦ると寝ている間に溢れたのだろう涙で濡れていて、フランシスはその濡れた手を呆っと見つめた。夢を見た気がする…女の子の夢だ。歌を歌っている女の子の夢…
「…シス、おい、フランシス!」
突然視界に入って来た姿に体が震える。くすんだ金髪に太い眉毛。何処かで見た、ような、…
「っぁ…アーサっ!」
「おはよう!フランシス!」
より幼い声に明るく声を掛けられてフランシスはびくんと震えた。下を向くとイングランドが膝に手を置いてこちらを見上げている。精一杯見上げている姿が可愛くて自然と顔がほころんだ。
「おはよう、イングランド。」朝の挨拶とともに屈んで頬にキスを落とす。もう一人、イギリスにも。
「おはよう。」
「おはよう、フランシス。さっき何か言いかけなかったか?」
フランシスからのキスを恥ずかしげに受けた後、イギリスはすっと真剣な顔で聞いてきた。
「え?…あぁ、えっと、?、忘れちゃったや。何だったっけ?」
確かにイギリスの言うように何か言いかけた気がするんだけど…
「思い出せないや…」
そう呟くと「そうか」と言ってイギリスは先に寝台を降りて行ってしまう。その後ろ姿にフランシスは何かが重なって見えるような気がした。
ガリアはその姿をじっと見ていた。フランシス、泣いてた…
その姿を見て改めて早く真実を探さなければと誓ったのだ。
二度目の機会は早々に訪れた。イングランドはイギリスと一緒に昼寝している。イングランドが一人寝を嫌がってイギリスを巻き込んだのだ。まぁ、本来ならなんで俺じゃないのか追求すべき所だけど今回は好都合と言うものだ。二人が寝室でよく寝ていることを確認しガリアはリビングの隅に隠れた。
PiPi
「…フランス?フランス、聞こえる?」
ガリアが通信機を起動させ問うとノイズの音とともに耳元のヘッドフォンから応えが帰ってきた。
『…ガリア、か?』
「フランス、久しぶり。それで俺、聞きたいことが」
早口で尋ねると話の途中でアーサーが割って入った。
『ガリア、お前は俺のところに帰ってこい』
「えっ?」
唐突な発言にガリアは驚いて口をつぐむ。しかし、アーサーはそんなこちらの様子などお構いなしだった。
『あとでイギリスもギルベルトに回収させる。イングランドはフランシスに進呈するが、お前は戻ってこい』
「……なっ……、イギリスをやっぱり壊すの……?」
アーサーの発言にガリアは震え上がった。声色からわかる。アーサーは本気だ。
『当たり前だろう』
冷たい声にガリアの顔がさっと青くなった。
「ま、待って!なんで?なんでイギリスを壊さなきゃならないの?イギリスなんにも悪いことしてないよ!?」
アーサーの本気に本来聞きたかったことなんて頭から吹っ飛んでしまった。
『お前、あいつと仲悪かったんじゃないのか?』
「そう、だけど…でも、こんなのひどい!フランス!フランスもなんとか言ってよ!」
今助けを求められる相手はフランスだけだ。しかし、
『ガリア、フランシスのためにはこの方がいいんだ。』
彼は味方にはなってくれなかった。
「フランシスのためって、なんだよ、いったい皆は何隠してるんだよ!アーサーとフランシスの間には何があったの!?フランシスのためって、そんなこと言ってごまかして、本当は自分の為なんじゃねぇの!?」
ずっと積もり積もった苛立ちが爆発する。あっと我に帰った時にはもう口から溢れた言葉は元には戻らない。
『ガリア!』
「ガリア!」
ヘッドフォンから響くフランスの声と共に背後からも声が聞こえてガリアは驚いて振り向いた。
「イギ、リス…」
呆然と名を呼ぶ俺の頭をイギリスはそっと撫でてくれた。その手がとても優しくてガリアは泣きたい気持ちになった。
「ありがとう、ガリア。でも言い過ぎだ。…フランス、アーサー聞こえるか?」
『ッイギリス…』
フランスのどこか、泣きたくても泣けない、そんな声が聞こえてくる。
「アーサー、俺は帰らない。」
『…お前は廃棄されるべき欠陥品だ。』
「それでも、俺は帰らない。壊されたりなんか、しない。」
『命令を聞け。』
圧し殺したような声にガリアはびくっと震えた。自分に言われたわけでもないのにヘッドフォンからその殺気までが伝わってくるようだ。
「イヤだ。アーサー、俺はお前だ。そう簡単に言うこと聞くわけねぇだろう。」
『ギルベルトに回収させる。』
「はっ、あんな奴に殺られてたまるか!」
ガリアは二人の会話を聞きながら怖さでふるふると震えている自分の手をぎゅっと握った。それを見てイギリスがその上からぎゅっと手を握って宥めてくれる。
『いい加減にしろ!分かっているだろう!お前も!お前が側に居ることはフランシスにとって悪影響でしかない!』
「それでも!それでも、ここにいる。フランシスはいい加減前に進むべきだ。いつまでもこのままじゃ彼女が可愛そうだ!」
『っ!』
「アーサーは怖いだけだ!フランシスが何もかもを思い出した時に自分をどんな目で見るのか、それが怖いだけだ!!」
双方が凍りついたように一言も話さない。静寂が耳に痛かった。そんな重苦しい静寂を破るようにアーサーが口を開く。
『……歩き出すのを決めるのは、この場の誰でもない。フランシスだ』
だめ押しのような言葉にフランスが息を飲んだのがガリアにはわかった。アーサーは今、どんな顔をしているのだろう。イギリスはアーサーの言葉にひるまない。
「だから、歩き出すきっかけとして俺がここにきた。俺は彼女を失ったフランシスがとんなに絶望したか何てわからない。でも、立ち止まってばかりじゃ何も変わらないし、誰も報われないことはわかっているつもりだ」
『…ギルベルトに迎えに行かせる。これは決定事項だ。』
「アーサー!」
『アーサー!』
感情を圧し殺した声にガリアとフランスが揃って声を上げるがそれを最後に通信はうんともすんとも言わなくなった。
「イギリス…」
フランスがおそるおそるイギリスを見上げるとイギリスは厳しい顔をほんの少し緩めてガリアの手をそっと撫でた。
「悪かったな。怖かっただろう?」
その声にガリアはふるふると首を横に振った。
「それはいいよ。でも、イギリス!どうしよう、このままじゃイギリスが!」
「…大丈夫だ。それよりお前はどうする?帰ってこい、と言われたんだろう?」
「うっ…」
ガリアがびくっと首を竦めた。その時、
「いぎりすぅ、がりあぁ…」
眠そうな声を上げてイングランドがリビングにやってきた。
「あぁ、起きちゃったか。」
イギリスがイングランドの元に向かってふらふらと揺れるイングランドを抱き上げてやる。ガリアはその姿を見て無性に泣きたくなった。ここに来てからの慌ただしくて優しくて穏やかな時間を思い出す。
「俺はここに残る。皆と一緒にここにいる。」
そう決意した俺にイギリスが優しくどこか悲しく笑った。
通信を強制的に切ったアーサーは、深いため息をついた。イギリスの考えはもうアーサーにはわからない。彼はもはやただの玩具ではない。半分以上人になってきている。だからこそ、壊すのだ。―心をもった玩具など世の中にないほうがよい。何故彼にだけあんなものが生まれてしまったのだろうか。まるで自分の、しまいこんでいた心をそのままトレースしてしまったかのような、彼の言動に吐き気がした。アーサーにはフランシスに関わる資格はないのだ。
「……アーサー?」
フランシスにそっくりなフランスがアーサーを呼ぶ。彼を見ながらアーサーは自分自身の諦めの悪さに、吐き気を感じていた。
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