あいの歌をもう一度

10

そんなある日のことである。彼女がイギリスたちに手作りの服を持ってやってきたのは。新たに増えた住人たちを見てセーシェルは嬉しい悲鳴をあげて、すぐさまあれこれとガリアたちを質問攻めにした。イングランドはそんな彼女に圧倒されていたが、代わりに人見知りしないガリアがすらすらとセーシェルの質問に答えている。一方イギリスはセーシェルの持って来た服をさっそく着ろと言われ、フランシスに手伝ってもらって着るのが難解な服を試着していた。
「フランシス…これどうするんだ?」
イギリスはあまりにも細工の細かい服に目眩がしそうだった。それはフランシスも一緒で…
「大丈夫?イギリス。ごめんね?セーシェルが無理に…本当にこんな、軍服とか細かい細工をどうやって作ったのか…」
我が妹ながらすごすぎるとフランシスはため息をついた。元々、フランシスも手先が器用であるし、セーシェルもそうなのだろう。まぁ、料理の方はあんまり上手くないみたいだけど。そんなことを考えながら、フランシスはイギリスの着替えを見守ることにした。
「これが……、こっちか?」
不安そうに見上げてくる彼にフランシスも曖昧に答えるしかない。
「えーっと、多分、ね」
「…………作るの大変そうだな」
四苦八苦しながら服を切るイギリスがひっそりとつぶやく。ネクタイとかこの小ささは何事だろうか?やることがプロの域に達していてもはや苦笑しか出ない。
「はぁ…こんなものか?」とイギリスは新しい服を来てくるっとまわった。
「さすがセーシェル。よく似合ってるよ、イギリス。」その言葉に照れたようにそっぽを向く。
かわいいなぁ、フランシスが思っていると…
「やだ!」
「あぁ!待って!」
「やだぁ!」
「ちょっとセーシェル!無理強いはしないでよ!」
イングランドは採寸がいやになったのかセーシェルの手から逃げ出そうとしていて、ガリアがそれを見て呆れていた。
「この際だし、新しい服作ってもらえばいいのに」
アーサーのとこに居たときからずっと同じ服なんだし。しかし、ぼやくように告げられた言葉はイングランドの耳には届いていない。逃げ出したイングランドは慌ててフランシスに飛び付いた。
「兄さん、イングランドを捕まえててください」
「こーら、セーシェル。いい加減にやめなさい。イングランド、嫌がっているでしょ」
優しくフランシスがセーシェルをいさめ、彼女は残念そうに肩を落とした。
「はぁ。ま、しょうがないっすね。イングランドは次の機会とします。」
その言葉にイングランドがより強くぎゅっとしがみついてくる。あらら、諦めないのね…セーシェルさん…
「まぁまぁそれよりガリアの作ってやってよ。そいつおしゃれさんでさ…」
「そうっすね! ガリアはどんな服がよいですか?」
セーシェルの意識がガリアにそれる。イングランドはその事に安心したようだった。ガリアの方はイギリスやイングランドのようにセーシェルを嫌がることはない。むしろ、彼女を好いているようだ。今も楽しく彼女と話している。
「俺はヒラヒラもいいけど、かっこいいのも好きだなー。リボンも好きだよ」
会話は弾んでいるようで、セーシェルも楽しそうで何よりだ。
つんつん。
そんな風に微笑ましく思いながらジャンヌとガリアを眺めていたら裾を引く感覚にフランシスは目線を下げた。
「イングランド?」
しまった。また呆っとしていたようだ。なんだろう、最近多いよな…そのたびにイングランドが袖を引いて気づかせてくれる。心配かけてるよなぁ…
「なぁに?」
「お腹へった。」
イングランドが小さな手をお腹にあてている。
「そういえばティータイムまだだったよね?待ってて!すぐに紅茶入れてくるから。」
心配をかけているせめてものお詫びに、とフランシスは美味しい紅茶とお菓子を用意しにキッチンに向かった。
フランシスがキッチンで人数分の紅茶とお菓子を用意しにいくのを確認してから、ガリアはセーシェルに新たな話を切り出した。アーサーに連絡を入れてからかなりの日数がたったが彼からの連絡はない。だから、ガリアが事情をどうしても知りたいのなら自分で調べるしかないと思ったのだ。彼の行動範囲は狭いが、きっとセーシェルなら知っているだろう。なんたって彼女はフランシスの妹なのだから。
「ねぇ、聞いてもよい?」
「セーシェルはアーサー・カークランドを知ってる?」
アーサーとフランシスは高校時代の友人だ。セーシェルはかなりの確率でアーサーのことを知っているのではないか?
「…知ってますよ。ボーカロイドを作った人ですよね?」
セーシェルは微笑んだまま答える。
「そうじゃない、実際に会ったりしたことはあるかってことだ。」
「…。」
「アーサーとフランシスは高校時代の友人同士だった。知ってるんだろう?」
「ガリアさん。じゃ何が知りたいんですか?」
セーシェルの顔から微笑みが消えた。
「イギリスに聞いた。前にあんたが来た時、フランシスに聞いたらしいな。アーサー・カークランドを知っているか?と…
よく考えればおかしな話だ。あの時相当機会音痴でボーカロイドさえ知らなさそうだったフランシスにその製作者を聞くやつがどこにいるんだよ。つまりあんたはわざとアーサーの名前を出した。それはフランシスがアーサーの記憶を無くしていると知っていて、なおかつ思い出して欲しいって思ってたってことじゃないのか?」
しかし、セーシェルはガリアの言葉を少しだけ否定した。
「それは違いますよ、私はあのクソ眉毛のことを兄さんに思い出してほしい訳じゃあないっす。」
セーシェルは複雑そうな顔をしていた。クソ眉毛って、彼女はアーサーのことをあまり快く思っていないようだ。
「じゃあ、誰を?」
ガリアが尋ね返すとセーシェルは口をつぐんだ。その様子はまるで話したくないと言っているように思えた。
「セーシェル、…」
「これ以上は教えられないです。ガリアさん、ここまで、ですよ?」
そう言ってセーシェルはそっと唇に人差し指を当てた。
「セーシェル、ずるい…」
「ずるくなんてないです。兄さんを心配してくれてありがとうございます。」
やっぱりずるい…そんな風に言われたらもう聞けないじゃんか…
。フランシスが人数分の紅茶とお菓子を持って戻ってくる。ガリアはそれ以上聞けなかった。
「ガリアも紅茶でいい?」
今更ながらに尋ねてくるフランシスに適当に答えながら、ガリアは納得のいかない顔をしていた。ジャンヌから得た情報はフランシスは確かにアーサーを忘れてしまった。そしてジャンヌはそれを知っている。さらにフランシスが忘れたのはアーサーだけじゃなくてジャンヌはアーサーではなくその人のことをフランシスに思い出して欲しいと思っている?
「わけわかんねぇ…」
自分で言うのもなんだがさっぱりわからない。ガリアは頭を抱えた。セーシェルという有力な手がかりはダメだった。なら後は?
「誰に聞きゃあいいんだよ、やっぱりアーサーか?」
紅茶をふるまうフランシスを見ながら頭を抱えてしゃがみこむガリアをイギリスはじっと見つめていた。
セーシェルはフランシスを見る。イギリスが来てから明るくなった兄に、彼女は思い出して欲しいことがあった。それはとても大切なことで、けれど兄はすっかり忘れてしまっている。じっと彼女がフランシスを見ていると彼がこちらに気がついた。
「俺の顔に何かついてる?」
「……なにも」
曖昧に笑ってセーシェルは誤魔化した。早く思い出して、の言葉はまだ言えそうになかった。
「ん。うまくなったな。」
イギリスは味も香りも申し分なく淹れられた紅茶を一口含み満足のため息を吐いた。それを聞き付けてフランシスが微笑む。
「でしょう?がんばったんだ!」
嬉しそうなフランシスの視界には頭を抱えてるガリアは目に入っていない。表情を取り繕えないガリアにイギリスは心の中で未熟者のレッテルを貼った。イングランドもフランシスにべったりでガリアの事を見ていない。曲者はやっぱり、セーシェルだよなぁ…っとイギリスはちらりと横目で見た。この話の流れを聞く限りセーシェルはアーサーの事を知っているはずだ。その証拠に時々アイツそっくりの俺に突き刺さるような視線を感じた。
責めているのだろうか、とイギリスは考える。事情を知っているならアーサーにそっくりなイギリスを責めても可笑しくはない。
「あっ、そうだ。セーシェル、聞いて! 俺、イギリスを歌わせてあげられるようになったんだ!」
フランシスが楽しそうに告げる。セーシェルはその言葉を聞いて大きく驚いた。
「兄さん、一人でパソコン立ち上げられるようになったんですか?」
彼女もフランシスのパソコン音痴をよく知っている。驚く彼女に向かってフランシスは胸を張る。
「ギルベルトが教えてくれてるからね!」
そう胸を貼ってフランシスはいそいそとパソコンを起動した。その手つきに当初の迷いはない。
「兄さん本当に覚えたんすね…」
セーシェルがあまりにもしみじみと呟くものだからフランシスは俺ってそんなにも感嘆されるほど機械音痴だったんだな、と己の認識を改めた。
しかし、何よりイギリスである。実はギルベルト以外にイギリスの歌を聞かせるのは初めてなのだ。
「イギリス、おいで。」
少し緊張した面持ちでイギリスを呼ぶ。表示した画面を見せてやる。
「これでお願い。」
「ん。」
既に返事は生返事だ。イギリスが歌に集中しだした証拠である。
そして1つ目の音を紡ぎ出した。
最初の音から次々と旋律が紡ぎ出される。どこか懐かしい素朴なメロディ―。
「兄さん…」
「すごいだろう?まだオリジナルは作れないけど、最初の頃より大分上手に…セーシェル?」
フランシスが得意気に話ながら背後のセーシェルを振り返る、と…
思わず言葉が途切れた。
「セーシェル、なんで?」
なぜ、泣いてるの?
「この曲…」
「曲?」
フランシスにはなぜセーシェルが泣いているのかさっぱりわからない。
「この曲を、覚えてるんですか?」
震える声でセーシェルが言葉を紡いだ。唐突に泣き出した彼女にガリアとイングランドが慌てて側へ駆け寄っていく。フランシスは驚きすぎて呆然と彼女の姿を見つめることしか出来なかった。
「え? うん、覚えてるけど」
軽く答えるフランシスにセーシェルは更に泣き続ける。フランシスは意味がわからず、呆然とするしかない。
「セーシェル、なんで、泣くの?」
呟いた言葉には困惑しか含まれていなかった。
しばらくするとセーシェルは落ち着いて「今日は帰ります」と言って帰った。
後に残された俺たちは…
フランシスはまだ呆っとした状態で座り込んでいる。イギリスはそっと近づいてティーカップを握りしめたままのフランシスの手を撫でた。
「フランシス…」
「なんで、」
イギリスがそっと名前を呼ぶとフランシスはゆっくりと口を開いた。
「なんでセーシェルは泣いたのかな?」
「…俺にわかるわけ、ないだろ…」
俺たちの様子をガリアとイングランドが離れた所でじっと見ていた。
「そう、だよね…イギリスに分かるわけ、ないよね…」
本当は多分わかっていると思う。フランシスがアーサーと共に忘れてしまったあの人が、好んで口ずさんでいたのだから…
セーシェルが早足で自宅へと向かっていると、その途中でアーサーの姿を見かけた。肩に兄そっくりなボーカロイドをのせて。その姿を見ながら、彼女はアーサーが少しだけ可哀想だと感じた。何年たっても彼はフランシスを忘れられないのだろう。特にあんな別れ方をすれば。セーシェルはそんなことを思いながら彼から視線をそらす。そして、早足でその場をあとにした
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