あいの歌をもう一度
8
さて、ここで少し時を前に戻そう。フランスはガリアを連れ立って買い物に来ていた。ガリアはおしゃべりでフランシスのコートのポケットに入っている間もずっと好き勝手なことをしゃべっていた。スーパーにつくとガリアが器用にポケットから這い出て、肩の辺りまで登ってくる。これもいつものことだったので、フランシスは特に気にしていなかった。夕飯の相談をしながら食品売り場を物色していると、ふとガリアが思い出したように尋ねてくる。
「そういやさー、フランシスはアーサーに会わないの?」
「……なんで?」
「なんでって会う必要ないじゃない」
「会うたって、だって俺その人のことあんま覚えてないし…必要なことは菊やギルが教えてくれるんだから会わなくてもいいんじゃない?」
フランシスはそう答えながら思い返す。先日ギルたちからアーサーのことを知り、少しずつだがフランシスはアーサーのことを思い出していた。
そう。あれはまだオレが学生だった頃、最初の出会いは…そうだ!ギルベルトだ!俺とアントンとギル、三人の中で見事にギルベルトだけクラスが違って…「一人楽しすぎるぜ!」って言ってたあいつがある日連れてきた人物。それがアーサー・カークランドとフランシス・ボヌフォアの初めての出会いだった。しかしどんなに思い出しても肝心なところで頭にもやがかかってよく思い出せない。神妙な顔になったフランシスを見ながらガリアは顔をしかめた。
「アーサーはお前のこと覚えてるのに、薄情なやつ!」
耳元で叫ばれて驚いて買い物かごを落としそうになる。ガリアは言葉を続けた。
「俺やフランスのモデルだってお前なのに、アーサーはあんなに……っ!」
叫びの途中でガリアは口をつぐむ。フランシスが彼を見返すと、ガリアはフランシスを見ていなかった。
「ガリア?」
突然上げた大声を、また突然つぐんたことに驚いた俺は慌てガリアをみやるとガリアの目は俺ではない誰かを写していて、
俺はずっと不思議に思っていた。なぜ俺はアーサーを覚えていなかったんだろう。皆に言われるまで本当に忘れていた。今も思い出したとはいえ所々がかすむように思い出せない。思い出す時もほんの少しだけうっすらと夢を見るように思い出す。
だから、本当は思い出せないのではない。思い出したくない何かがあったのではないか、と。
そう思ったんだ。
ガリアにつられるように視線を動かすとこちらをじっと見据える新緑の輝きに釘付けになった。イギリスにもイングランドにもにていて、二人よりももっと熾烈な翠緑の輝き。
「っ!」
俺は思わず息をのんだ。
「…アーサー」
零れ落ちた声に自分で驚いた。あれが、アーサー?
目があってフランシスは固まった。相手もこちらを見ている。動けない。射るような視線がこちらに向けられている。話しかけた方がいいのか。フランシスがそう思い始めたとき、アーサーは視線をそらした。まるで、見てはいけないものを見たというかおで。
「……聞いて、たのか?」
呟いた言葉に返ってくる声はない。肩に乗っていたガリアが慰めるように首筋に擦りよってくる。その頭を撫でて、フランシスは買い物を続けようとした。
「フランシス、フランシス?」
買い物を続けようとして歩き出したがフランシスは数歩歩いただけで足を止めてしまった。
「フランシス、大丈夫か?」
「ん?あ、あぁ…大丈夫。」
そうは言いながらもフランシスの目はまだ呆っとしながら動こうとしない。ぼけっとしているフランシスの肩の上でガリアは右往左往していた。いくらフランシスの名前を呼んでも彼は動いてくれない。ガリアはフランシスの髪を引っ張ってみたが反応は薄い。
「なぁっ、フランシスってば!」
耳たぶも引っ張ってみたが反応は変わらない。
「んー?」
「イギリスやイングランドが待ってるから早く帰ろう!」
イギリスの名前を出すとフランシスがやっと笑みを浮かべた。
「……そうだね。早く買って帰ろうか」
その笑みにガリアはほっとした。
買い物もそこそこに帰宅してイギリスとイングランドに微笑みかけるフランシスを見てガリアはほっと息をはいた。
「おい、フランシス。夕飯どうするんだ?そろそろ夕飯の時間だろ?」
「あぁ―うん。そうだね、えっと何があったかなぁ…」
そう言ってフランシスは冷蔵庫を探り始めた。その姿にイギリスが首をかしげる。
「あれ?フランシスは買い物に行ってたんじゃないのか?」
「うーん、でもなんか夕飯思い付かなくってさ」
苦笑をたたえるフランシスの様子に特に変わったところは見られない。ガリアはそんなフランシスの様子を見ながらハラハラしていた。急にしおらしくなったガリアの様子を見てイングランドは首をかしげる。
「なに、してるんだ?」
「ふぁっ、イングランドか……。なんでもない」
淡く笑ってガリアは誤魔化した。買い物先で見た光景の詳細はギルベルト辺りに聞いた方が良さそうだと思いながら。
聞く機会は早々にやって来た。
「いらっしゃい。ギル。」
「よぉ!フラン!ちびどもも、元気だったか?」
ギルベルトがまたフランのパソコンのレッスンにやって来たのだ。
でも、
「ギルベルト、なに飲みたい?」
「ギルベルト〜遊んで!」
「あ、こら!イングランド!危ないぞ!」
隙がねぇ…
フランシスのレッスンなんだから近くにいるのはしょうがないとして、一番お前に聞かれちゃ困るんだっての!しかもあぁ!イングランド!そんな危ない体勢で!ってかイギリス、最近てめぇイングランドに近付きすぎなんだよ!
むきーっと頭の中で文句を連ねながらガリアはギルベルトと二人で話せる機会をうかがっていた。アーサー本人に聞くこともガリアには出来るのだが、それをするのはなんだか気が引けた。
「フランー、便所貸してー」
「勝手に行けよーもう」
しめたっと思い、ガリアはトイレに向かうギルベルトの足をよじ登り始めた。
「ふぅ…」
ギルベルトがごそごそとトイレで用を足す。、
「おい。」
「お゛わぁあああ!」
服にしがみついて声をかけると大袈裟なくらいギルベルトが跳び跳ねた。
「お、おい!危ないだろうが!トイレに落ちる!」
「あ、あぁわりぃって、何でお前ついてきてんだよ!」
俺だって来たくて来たんじゃねぇ!
「聞きたいことがある。」
ガリアがそうやって尋ねるとギルベルトがにやにやしながら口を開いた。
「おいおいお前、俺様にほれちゃったのか?」
すると、冷たい目がギルベルトの股間辺りを見ていた。
「目、腐ってんじゃねーのお前」
あたりに冷たい切り返しにギルベルトは絶句した。しかし、ガリアは相手の様子を気にせず話を続けた。
「それより、フランシスのことが聞きたいんだ」
お?
ギルベルトは意外なガリアのセリフに眉を上げた。
「フランシスに興味持ったか?ここにくる前はあんなに毛嫌いしてたじゃねぇか。」
思わず顔がニヤニヤする。おもしれぇ!
「で、何が聞きたいんだよ?」
ガリアは前半のセリフをさっぱり無視した。
「その前に、俺がこんなこと聞いたってフランシスやアーサーにはばらすなよ」
「あー? なんでだよ、ばらしたら面白いのに」
楽しそうに笑うギルベルト。ガリアは面倒な奴に聞いたかもなんて今更ながらに後悔した。
「良いから言うなよ!」
「まっ、俺はなんだっていいけどよォ」
そうニヤニヤしているギルベルトにフランスはすっと息を整えて答えた。
「3日前、フランシスとアーサーが接触した。」
簡潔に事実のみを告げる。するとギルベルトもすぅっと目を細めた。
「…だから?ってかどこで会ったんだ?」
「近所のスーパー。なぜかアーサーがそこにいた。」
「ちっ。アイツ何やってんだ…」
「そんなの知るわけないじゃん。とにかくそれ以来フランシスの様子がおかしいんだよ。」
その言葉にギルベルトが苦虫を潰したような顔になる。
「最初は驚いただけだと思ったんだ。でもなんか不自然に呆っとして顔色も悪いし、イギリスやイングランドの前では平気そうにしてる。だけどあれからやっぱりどこか呆っとしてることが多くなった。あいつら、なんなんだよ?」
「何ってなんだよ?」
「あいつら二人になんかあったのか?そもそもなんでフランシスはアーサーのことを覚えてないんだ?だって高校の時あいつら、」
「ガリア!それあいつには言うなよ!」
必死に隠そうとするギルベルトにガリアは顔をしかめる。
「なんでだよ」
「なんでもだよ。……いや、この話は誰にも一切尋ねるな」
きつく告げるギルベルト。しかし、ガリアには食い下がらない。
「なんでだよ! 変じゃん、アイツ!」
ガリアが叫ぶとそれを聞いていたらしく、扉の向こうから声がした。
「そこにいるの? ガリア」
扉の外から聞こえたフランシスの声に二人の肩が揃って跳ねた。
「ガリア、絶対誰にも言うなよ!」
「ちょ、もう!」
「ガリア―?そこにいるの?」
なんだかはぐらかされたが仕方ない。
「フランシス!助けて!ギルベルトが無理矢理!」
「ちょ!こら!俺様が何したってんだ!」
突然声を張り上げたその内容にギルベルトがぎょっとしたように目を見張る。
「な、ギル!ちょっと何してるの!ガリア!ガリア、大丈夫!?」
「ぎゃーっ、助けて! ギルが俺をッ!」
怒りに任せて声の限りに叫ぶと扉の向こうのフランシスがかなり焦った声をあげる。
「ガリア! ガリアッ! ギル、ガリアに何したの?」
フランシスの悲痛な声を聞いたのか、イギリスとイングランドの声も聞こえてきた。
「どうしたんだ?」
「ガリアがなに?」
「が、ガリアの声が中から!助けてって、どうしよう!」
フランシスが慌てたように叫ぶ。その瞬間、バン!と音を立てて扉が開かれた。
「だから!なんもしてねぇって言ってんだろうが!」
そう叫ぶギルベルトの手にはしっかりガリアが握られていて、
「ちょ、ガリアを放して!」
「だから、何にもしてねぇっての!」
ガリアを連れ立ってギルベルトがトイレから出てくるとフランシスが慌てて彼からガリアを奪い取った。イングランドとイギリスがわけがわからないという顔をしている。フランシスはガリアを抱き締めてギルベルトを睨む。
「ガリアに何したの?」
「だからなにもしてねぇっ!」
ギルベルトがガリアを睨んだ。ガリアは涙ながらに訴える。
「嘘だッ! ギルが俺にあんなことをッ!」
「ちょ、おいこら!いい加減にしろよ!俺様は何にもしてねぇ!フランシス!もうパソコン教えてやんねぇぞ!ガリア!もう話してやんねぇぞ!」
「…」
「…」
ギルベルトが必死に叫ぶ。まぁギルベルトは正真正銘無実なんだが…
「フランシス、俺大丈夫だから。」
「ほ、本当?」
「ほ、本当。」
「ガリア、大丈夫か?」
「ガリア、だいじょうぶ?」
「だ、だいじょうぶ。」
にこやかに微笑んでガリアはフランシスの手から逃げだした。心の中で舌打ちをしながら。アーサーと話をしたい。ガリアはそんなことを思いながら、本棚と壁の隙間に逃げ込んだ。そこでガリアはアーサーに連絡を入れるために自身に搭載されている連絡ツールを開く。しばらく連絡していなかったが、アーサーには怒られないだろう。彼は優しい人だから。
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