あいの歌をもう一度

一方、彼らの噂の的になっていたアーサーは自分のデスクにへたり込んでいた。そんな彼の頭の上には、フランシスにそっくりなボーカロイドが楽しそうに座っている。
「でもさぁ、よかったの? アーサー」
「よかったって何が?」
楽しそうに尋ねられた疑問の意味がわからず問い返すとぴょこんとフランスが頭から降りてくる。
「ガリアとイングランドをフランシス?のところに行かせてさぁ」
「別になんの問題もないだろ」
冷たくアーサーが答えるとフランスは楽しそうに笑うだけである。
「なぁ、アレってプレゼントのつもり? それとも監視とか?」
くすくす笑うフランスは悪魔にも似ている。アーサーは悪魔にも劣らぬ悪どい笑みを浮かべた。
「監視に決まってんだろ」
その言葉にフランスはものすごくニヨニヨしながら尋ねてきた。
「つまりっ、盗撮?」
「ちっ、ちげぇっ! …………あっあいつがイングランドとかを乱暴に扱わないか心配なんだよ!」
「だったら預けなければいいのにぃ〜」
ニヨニヨ笑うフランスは余計なことまで告げてくる。
「やっぱまだフランシスのことす」
「それ以上言うと俺の手料理食わすぞ」アーサーは告げながら、鞄の中にあった手料理を取り出した。フランスが降伏するのには五秒もかからなかった。
ふいにイギリスはカタカタと軽快にキーボードを叩き始めた。あれ、本格的に盗撮すんの、それ犯罪だよ。フランスがそんなことを冷めた目で画面を覗き込むと、そこには新曲の譜面があった。しかもボーカロイドに歌わせるものではないようだ。
「誰の?」
尋ねてみるが、アーサーは返事をしない。代わりに別の用事を言いつけられてしまう。
「それより、俺が作った歌、覚えたのか?」
さらりと言われた言葉にフランスが慌てて謝る。
「うぇっ…、ごめん、まだ…。でも、俺は販売されないわけだしまだ覚えなくてもよいだろー?」
フランスの乗り気でない言葉にアーサーは神妙な顔をする。視線は画面からそらさず、彼はキーボードを打ち続ける。そんな様子を見ながらフランスは彼の腕にしなだれかかった。
「だってさー、俺はロック苦手だもん」
フレンチポップとかがいい、とフランスがぼやけば厳しい声が飛ぶ。
「苦手とかいってんじゃねぇよ。調教すれば、お前らいくらでも歌えんだ。そういう風に作ったんだからな」
「あー、やだやだ。アーサー横暴だぁ」
泣きそうな声でフランスが告げるがアーサーは聞く耳を持たなかった。
アーサーが作っている楽譜にフランスは視線を向けてみる。やはりこれは誰かに、ボーカロイドではなく人に歌わせるものだろうと推測する。目で歌詞を追っていくと陳腐な愛の歌らしい。メロディは激しいものではなさそうだ。アーサーがあまり得意ではないバラードのようだ。一心不乱でキーボードを打つ彼を見ながら、フランスは小さく苦笑をこぼす。
「仕事もこれくらい熱心にすればいいのに」
その呟きを無視してアーサーは作業を続ける。昔においてきたはずの愛を綴る作業に。

「ふふっかわいいなぁ」
フランシスがイギリスの頬をなでる。
「や、やめろ、ばかぁ!」
「ふ、フランシス!」
それを見てイングランドもなついてくる。
「イングランドも、かわいいよ。」
そう言って頭を撫でてやると真っ赤になってうつむく。
「おい!おっさん!イングランドを口説いてんじゃねぇよ!」
「ちょっと!俺はお兄さんですって誰が口説いてんのよ!」
つかかってくるガリアの相手もしてやっていると完全に保育園になっている。
「フランシスさん。流石ですね…」
菊が感心したように呟く声が聞こえる。
「で〜きた!来いよフラン!セットアップ完了したぜ?教えてやるよ。ほらほらチビども!邪魔だ邪魔だ!」
ギルベルトに呼ばれフランシスはイギリスを膝からおろした。イギリスはむすっとしながらもしょうがない、と言うような表情でおりた。次にフランシスがイングランドをおろそうとするとイングランドはいやいやとするようにしがみついてくる。
「イングランド、お願い。おりて?」
フランシスがお願いするがそれでも嫌だと降りようとしない。
「イングランド!こっちおいで?」
ガリアが手を広げて待っているがそれでも降りようとしない。フランシスはしょうがない、とイングランドを連れてギルベルトのもとに向かった。
「あぁ!イングランド連れてくなぁ!」
途端に騒がしくなるフランシスがおろおろしていると、
「は、はぁなぁせぇ!」
「おい。お前いつまでこいつにかまってんだよ。」
「ギル!」
ギルベルトがなかなか来ないフランシスに焦れたのか、イングランドをつまみあげてしまった。
「ほら、ガリア!」
そのままガリアに預けてしまう。
「さぁて始めるぞ!」
「う、うん。」
そうしてギルベルトによる個人レッスンが始まったのだ。
結果的に言おう。
ギルベルトによる特訓は思った以上、いやはるかに、
厳しかった。
多くを語るのは止めておこう。正直、思い出したくもない。とりあえず普段はちゃらんぽらんなあいつは確かにドイツの兄だった。それでもお陰さまでフランシスはある程度ならパソコンを使えるようになった。
しかし、
「う、歌わせるのって難しい…」
肝心の歌ができないのだ。最初はまず知っている曲を、とチャレンジしたがメロディをいれて、歌詞を入れて、だがそれだけでは歌には聞こえない。調教とよばれる微調整が必要なのだ。
「む、難しい…」
フランシスにはまだハードルが高かったらしく、上手く出来ない。その様子を見てギルベルトがちょっとかせ、とUSBを差し込む。
「イギリス、来いよ!」
そうすると、
「…っ、ぅわぁ…」
イギリスが高らかに歌う。
「…すごい、」
イギリスが最後のフレーズをたからかに歌いあけた。
機械の声なのに機械だなんて思えない。
「おれも、こんな風にイギリスを歌わせることができるの?」
真剣な目でそう問うと、ギルベルトはニヤっと笑った。
「このレベルで調教できるまでかなりかかるぜ、なんたってこのデータはアーサーの作ったものだ。俺様でもここまで歌わせられるかわかんねぇよ。」
なんせアイツはボーカロイドの神だからな。

あれから週に一回のペースでギルベルトがあそびに、いやいや、パソコンを教えに来てくれている。初めて目の前でイギリスに歌ってもらって以来フランシスは真剣にイギリスを歌わせてあげたい、と取り組んでいる。
「フランシス、お腹減った…」
「あぁ、イングランドごめんね。すぐに美味しいご飯を作ってあげる。」
「フランシス!オレも腹減ったよ!」
「わ、わがまま言ってんじゃねぇよ!」
そして我が家には結局新しいお客様が二人も増えた。
「ま、待ってよ!菊!帰るならこの子たちも一緒に!」
「ですがイングランドもなついているようですし…」
「いやいやいや…待ってよ!待って!」
「菊!イングランドが残るなら俺も残る!」
「ぅぇえ!?ちょっと、待ってよ!」
「わかりました。そのように伝えておきますね。」
「えぇ!?な、なにそれ!待ってよ!待って!」
「では、失礼しますね。」
「じゃぁな!フラン!」
「ギル!待って!ま、…」
「うそ…」

新たな家族が増え、家の中が賑やかになった。しかし、家の中が賑やかになった分、ちょっとしたいさかいも起こりやすくなったのだった。イギリスやイングランドはわりと大人しいが、ガリアは遊び盛りなのかちょっと目を離すと棚の隙間に落ちていたり、イングランドを苛めていたり、イギリスと喧嘩したりと忙しい。しかも、お洒落をするのも好きらしく、買い物につれていけば必ず洋服や靴、装飾品などを買わされた。なんとも金のかかる子である。まぁ、フランシスには悪い子には見えないのだけれど。
一方イギリスはギルベルトの言葉が気になっていた。
「フランシス。フラン。ふらん。ふらんしす。…ふらん」
フランシスのもう一つの名前。特別な人だけが呼ぶことのできる特別な名前…
「ふらん?」
イギリスの呟く声に相づちが返ってきてイギリスは驚いて振り返るとイングランドがすぐ近くで首を傾げていた。
「ふらんってなに?」
「お、まえ!ば、ばか!勝手に聞くなぁ!」
「ねぇ、ふらんってなぁに?」
首をかしげるイングランドは本当に不思議そうにイギリスの方を見つめてくる。ガリアとフランシスは少し前に二人で買い物に行った。ガリアはガリアなりにフランシスになついているようだ。イギリスはなんと答えてよいのか考える。ただギルベルトの言葉をそのまま言う気にはなれなかった。その事をイングランドには知られたくなかったのだ。
「なんだって良いだろ、バカッ!」
「ば、ばかっていうなぁ!ばかっていうほうがばかなんだからなぁ!」
「う、うるさいっ!ばかぁ!バカはお前だばかぁ!」
「っ!ふ、ふぇぇ!」
売り言葉に買い言葉。
ごまかすための言葉だったがイングランドが泣き出したことでわれにかえった。
「お、おい!な、泣くなよ!泣くなってば!」
盛大に泣くイングランドに盛大にあわてふためくイギリス。元々、イギリスは慰めるのが下手で泣いたイングランドをどう扱っていいのかわからなかった。
「なっ、泣くなって!」
イギリスがそうやって叫ぶがイングランドの泣き声でかき消されてしまう。火のついたように泣く彼の頭を、フランシスがいつもやっているように仕方なくイギリスは撫でてやる。
「泣くなって。今フランシスいねぇんだから」
なれない手つきで小さなイングランドの頭を撫でてやる。なんだか気恥ずかしくて目が泳いでしまう。そうやって目をそらしながらもイギリスはイングランドを撫で続けた。
「泣くなよ。男の子だろう?」
「う、ぐすっ…」
そうしているといつの間にか静かになっていた。あれ?と思って見るとイングランドが大きな翠の瞳をこぼれそうな程見開いてじっとこちらを見つめていた。
「な、なんだよ…」
「いぎりす…イギリスはおれのこときらいなんだと思ってた…」
その言葉に「な゛!」と凍りついた。
「ば、ばか!別にそんなんじゃねぇよ!」
「あ、またばかって…」
イギリスはまた先ほどの二の舞になろうとしている言葉を遮る。
「別に、お前のこと、嫌いじゃねぇよ…だって、おとうと、だし…」
確かにイギリスはイングランド、ガリア両方と距離を置いていた。だって…言えない。お前らが来てからあんまりフランシスが構ってくれなくなったんだ、なんて、そんな子どもみたいなこと…
それでもガリアとはどっかの腹立つ誰かを思い出してケンカすることもしばしばあったが、イングランドとは子ども相手にどうしたらよいか分からない。と言うこともありあまり近寄らないようにしていた。
でも、嫌っていたわけじゃねぇよ!
「別に、嫌いじゃない。」もう一度頭を撫でて言ってやる。
「嫌いじゃない。」
そうするとイングランドはいつもフランシスにしているように、ガリアにはしないが、ぎゅぅっとイギリスに抱きついてきた。イギリスがその行動に驚いて硬直するとイングランドがボソと呟く。
「……よかった。イギリスがおれをきらいじゃなくて」
嬉しそうに告げられた言葉にイギリスもすこし嬉しかった。イギリスは自分の性格のせいで他のボーカロイド達からも少し距離を置かれていた。だから、嬉しかったのだ。なつくように自分に擦りよってくるイングランドの頭をぎこちなく撫でてみる。そして、弟って良いものだなとイギリスはしみじみ思ったのだった。
「ただいま―」
「イングランド!帰ったよってあぁ!イングランド!何でこんなやつに抱きついてんだよ!」
イギリスがイングランドをぎゅぅっと抱きしめ返した瞬間フランシス達が帰ってきた。すぐさま上がったガリアの声にイギリスはちっと舌打ちする。たく、うるさいやつが帰ってきやがった。よく見れば目の前のイングランドも似たような表情をしていて…
あぁ、こいつも苦労してるんだな、と自分とフランスの関係を思い出して苦笑が溢れた。
ふいに、頭にぬくもりが、そしてわしゃわしゃと髪をくしゃくしゃにされる。驚いてイングランドと二人、見上げるとフランシスが微笑ましそうに、嬉しそうに笑っていて…トクンと欠陥品の心臓が跳ねる。
「仲良くなったんだな。いいこ、いいこ。」
それはまったくもって子ども扱いで、本当なら腹立たしくて仕方ないはずなのに…
顔があつい、体温なんてないからあつくないけど、でも、欠陥品の心臓が細かくリズムを刻む。
ドキドキする。
あぁ、これが俺の持つ欠陥。
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