あいの歌をもう一度

5

「菊、あいつはいるか?」
イギリスはフランシスにはわからないように、そして菊には分かるように話始めた。
『いいえ、今はいらっしゃいません。』
その答えにほっとする。
「昨日あいつがかけてきた。でもその時は俺が出てだからまだ知られてないんだ。だから、携帯手放すなよ。」
そう言うと、菊は心得たように『分かりました。』と答えた。これで菊は大丈夫だろう。
イギリスがほっと一息ついて見上げるとものすごい近い所にセーシェルがいて、ってえ?
「な、なんだよ!」
慌てて俺が一歩下がるとセーシェルもまた一歩、いやそれ以上に近づいてくる。
「イギリス、お願いです。じっとしてて下さい。」
後の俺はフランシスにこう語る。あれはOKしたわけじゃない!あまりにも怖くて返事も出来なかっただけだ!…と。
セーシェルは寸法を図り終わると次々にイギリスに質問を投げ掛けた。
「どういう服が良いっすか? フリルがたくさんついたものか、あ、カッコいい方が好きとか」
ふふ、と可愛らしく笑うセーシェルを見てからフランシスはイギリスを見た。なんだか借りてきた猫のようになっている。もしかして女の人が苦手とか。そんな検討違いなことを考えながら、フランシスは菊と一言二言会話して電話を切った。
「イギリス?」
「った、助けろよ!ばかぁ!」
結局イギリスが正気に戻ったのは散々セーシェルに遊ばれて、セーシェルが帰ってからしばらく経った頃だった。
「ご、ごめん。大人しくしてたから…」
と思いきや怖くて動けなかったらしい。何かに夢中になると怖いからなぁ、あの子…
「本当にごめんね?」
そう言って頭を撫でてやるとぐずっと頭を揺らしすりよってくる。
「もう嫌だからな。」
「え?でも服完成したらまたくると思うけど…」
「もう嫌だからな!」
頑なに嫌がる姿が可愛い。フランシスははいはいと返事の代わりに頭を撫でてやった。
「でも、悪い子じゃないし、仲良くしてあげてよ。セーシェルはイギリスが気に入ったみたいだし」
子供をなだめるように告げるとイギリスは納得のいかない顔をしながら黙ってしまった。フランシスは沈黙を作らないように話題を変えた。
「そうだ! 午後には本田さんも来てくれるって。俺、イギリスの歌、楽しみにしてるから」
笑いかけるとイギリスはフランシスを見上げて照れたようにそっぽを向いた。イギリスと二人でのんびり午後をすごしているところにチャイムの音がなった。
「はぁい。」
「ごめんください。」
それに答えて扉を開くとそこには予想通り本田さん、 と予想外にギルベルトがいた。
「すみません。ついてきてしまいまして…」と菊が申し訳なさそうに頭を下げるのに俺は慌てて止めに入った。
「や、やめてください!むしろ謝りたいのはこっちで!」
「そうそう、菊は謝らなくていいぜ!」
お前が言うなと言いたい。
「よぉ!フラン、久しぶりだな!」
そう言ってオレを押しのけづかづかと部屋に入っていく。その後ろ姿にため息を着いてフランシスは菊を振り返った。
「本当にあのバカは自由人すぎて、ごめんね。どうぞ、入って?」
「失礼いたします。」そう言って微笑む肩に小さな物体を見つけて思わずフランシスは声をあげそうになった。
「だ、だれ?」
「だれって、あぁ、イングンドです。」
フランシスは驚いてイギリスを見た。イギリスは確かに奥の部屋にいる。しかし、本田さんの肩にいるのは一回りは小さいがイギリスと全く同じ顔だった。
「イングランド、ご挨拶は?」
菊がそう言うとイングランドはぴくん!と体を震えさせて菊の髪に隠れてしまう。
「すみません、人間にまだ慣れていないもので…」
菊がそう謝るのに俺は笑ってとどめる。
「いいよ。気にしない。」そう言って俺は菊の身長にあわせてかがむ。不躾かなとは思ったがそっと菊の髪に手を差し入れ、イングランドを見つけ出した。不安そうな目をしたイングランドにイギリスの姿が重なる。フランシスはそっとイングランドの頬を撫でた。ゆるゆると撫でてやると次第に慣れたのか自分の方から体をすりよせてくる。イギリスに似ているが格段に幼く見える。
「こんにちは。イングランド。」改めてきちんと挨拶すると、イングランドははにかんだような笑顔で「こんにちは。」と答えてくれた。フランシスがそっと手のひらを差し出すと、イングランドは恐る恐る乗り移ってくれた。それが嬉しくて思わず菊を見ると菊は頬を真っ赤に染めていた。
「本田さん?大丈夫、ですか?」
そうフランシスが伺うと菊ははっとしたように頬に手を当てた。
「な、なんでもありません。それより、本田さんではなくどうか菊、とお呼び下さい。」
「え?あ、あぁ。菊。本当に大丈夫?」
「えぇ。それよりも、流石ですね?フランシスさん。イングランドは本当に人間に慣れなない子なんですよ?なのにこんなに簡単になつくなんて…」
そう言われるとフランシスも何だか照れ臭くなる。
「その子はイングランド。見てお分かり頂けると思いますがイギリスの幼少タイプに当たります。」
「確かに、似てるね。」
「はい。つまりは兄弟です。」
うん?なかなかに雲行きが妖しくなってきた。この笑顔、見たことある…
「ですから、この子も預かっていただけませんか?」
あぁ、そうだよ、イギリスを預かる時にオレはこの笑顔に押しきられたんだった…

我が物顔で部屋の中に入っていったギルベルトは目敏くイギリスの姿を見つけ、明るく声をかけた。
「よぉ、イギリス。元気にしてたか?」
そんな明るい彼にイギリスは冷たく応対する。
「見ればわかるだろ。フランシスと菊は?」
「すーぐくるぜ。つーか、そうとうフランが気に入ったみたいだな」
「……フラン?」
誰のことを言われたかわからずイギリスが首をかしげると、ギルベルトは苦笑しながら答えた。
「あぁ、フランシスのことだよ」
言われたことの意味がうまく理解できず、イギリスは不思議そうにギルベルトをみあげた。
「フランシスは本当はフランっていうのか?」
イギリスがそう尋ねるとギルベルトは苦笑しながら彼の頭をぐしゃぐしゃにした。
「ちげぇって。あだ名だよ、あだ名」
「やめろよ……、あだ名?」
あだ名とはなんだ、とイギリスが問いかける。基本的にイギリスの頭には余計な情報は入っていない。音楽と紅茶のことには詳しいが、それ以外のことはあまり知らない。ギルベルトはそんなイギリスに少し偉そうに答えた。
「まぁ、愛称っつーか、親しい間での特別な呼び名みたいなもんだな」
「特別……」
呟いてイギリスはうつ向いた。フランシスとギルベルトは特別な間柄らしい。それじゃあ、イギリスとフランシスはどうなのだろう。特別な関係なのだろうか。イギリスはフランシスの特別になりたいのだろうか。うつむいてしまったイギリスの頬をギルベルトがつねる。
「ってぇ!」
「おいおい、辛気くせぇかおすんなよ」
「つねんな馬鹿ぁ!」
憤慨するイギリスの様子を気にせずにケセセとギルベルトは笑う。そして、それを聞いてポケットからイギリスと同じように憤慨してひょっこりと誰かが顔を出した。
「ギルうるさぁい! 俺、今ぐっすり寝てたのにぃ!」
青い瞳に金の髪、少女のような風貌。しかし、どこか顔がフランシスに似ていた。ギルベルトもイギリスと同じように驚いている。
「うおっ、ガリアか! お前なんでそんなとこに?」
ガリアと呼ばれたイギリスより一回り小さいボーカロイドは不機嫌な顔をして口を開いた。
「イングランドが菊に着いてったからついてきたんだよ。イングランドはどこ?」

「と、とりあえずこんな所じゃなんだし入ってよ。」
菊の笑顔におされそうになっていたフランシスは一歩下がって道を開ける。手のひらにイングランドをのせたままリビングに戻ると、
「あ―!イングランド!」
また聞き覚えのない声が聞こえた。フランシスが聞き覚えのない声に下を向くと見覚えのないボーカロイドがこちらを睨んでいた。
「お前っ、イングランドをどうしようとしてんだよっ!」
可憐な少女のような風貌から発せられる声は荒っぽい。強く睨み付けられてフランシスは困惑するしかない。菊が屈んで優しくそれに話しかける。
「だめですよ。ガリア、フランシスさんにそんな口をきいては。フランシスさんは好意でイングランドを預かって下さるんですから。」
その声に慌てて菊を見た。待って!誰もイングランドを預かるなんて言ってないでしょ!
「ちょ、き…」
菊と目の前の彼を止めるために上げた声はガリア、とそう呼ばれたボーカロイドに簡単に消されてしまった。
「な、何言って!イングランドを預かるってどういうことだよ!そもそもあいつは人間が苦手なんだぞ!」
「それは見ての通り。イングランドもよくなついてますし、むしろフランシスさんな預けるのがあの子のためだと思いますよ。」
「いや待って、まだ預かるなんて、ひっ…」
勝手に交わされる会話に割り込めばガリアがきつく睨んでくる。
「おい!お前!イングランドを誘惑してんじゃねぇよ!」
ゆ、誘惑!?
「菊、だめだ!あんな変態に俺のイングランドを預けられるか!」
「おい!変態ってなんだ?あぁ?ガリア!てめぇフランシスにひどいこと言ってんじゃねぇよ!」
「そうですよ。イギリスの言う通り。フランシスさんに失礼です。」
「あの―」
菊とガリアの会話にイギリスまで混じりフランシスは口の挟む暇もない。ケンカの大元であるイングランドは目の前で行われる口論に無関心なのか、聞こえていないのかオレの指をはぐはぐして遊んでいる。フランシスは唯一の知り合いであるギルベルトに助けを求めて視線をよこすが、…相手が悪すぎる。
「ちょ、待って、ねぇ!ねぇってば!誰かお兄さんの話を聞いてよ!」
声を張り上げたフランシスだが誰もその声を聞いていない。イングランドはマイペースにフランシスの手と戯れている。三人の言い合いは激化していく。どうしようかおろおろしているフランシスをよそにギルベルトはキッチンを勝手にいじり、自分でコーヒーを淹れている。イングランドは遊び疲れたのかフランシスを見上げて告げる。
「はらへった…。」
その声にフランシスは脱力したようにため息をついた。
「はぁ…」
目の前で繰り広げられる舌戦は止みそうにない。
「紅茶、好き?」
フランシスは目の前の小さなイングランドを構うことに決めた。
「紅茶、好き。」
小さな声でイングランドが答える。あぁもう可愛い!
「おいで、入れたげる。」
フランシスはイングランドを連れてキッチンに向かった。
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