あいの歌をもう一度

4

フランシスが慌てて玄関までかけていき、扉を開けるとそこには可憐な少女がたっていた。彼女はフランシスの実妹であり、フランシスが稼いだお金で近くの大学に通っている。
「お待たせ! セーシェル、今日はどうしたの?」
尋ねるとセーシェルは小さなため息をついてふてくされたように告げた。
「用事がなかったら会いに来ちゃだめっすか?」
すねた彼女に慌ててフランシスは笑顔を作る。
「いーや、大丈夫。じゃ、あがってく?」
「うっす」
嬉しそうに笑う彼女にほっとする。自分が苦労したからと貯金をはたいてフランシスは彼女を大学に進学させた。だからなのか、最初からなのか、もう思い出せないが、セーシェルは異常なほどフランシスになついていた。
「座って?何か飲む?」
セーシェルは何度も来たわりにはいつももの珍しそうに部屋を見回す。その姿に苦笑しながら聞くとセーシェルはそんな自分にはっとしたのか少し頬をそめて「なんでもいいっす。」と答えた。フランシスは先ほど片付けたはずのポットを出す。イギリスに学んだ美味しい紅茶、セーシェルは喜んでくれるかな?
「はぃ、どうぞ。」
セーシェルの前にだした紅茶はいい香りを漂わせている。
「紅茶、っすか?」
「変かな?」
「いや、珍しいと思って…」
「たまには、ね?いいから、飲んでみてよ。」
セーシェルがゆっくりとカップに口を付けるのをドキドキした面持ちで見つめた。
「…。」
「…美味しい。」
セーシェルの言葉にほっとする。これもイギリスのおかげだ、とフランシスは思い、はっとする。セーシェルにイギリスを紹介した方が良いだろうか。そんな疑問が頭にパッと浮かんだのだ。
「どうかしたっすか?」
何か考え込んでいるようすのフランシスを不思議そうにセーシェルが覗き込んでくる。そんな彼女になんでもない、と彼は笑った。セーシェルはイギリスをどう思うだろう。ぼんやりと考えながらフランシスは彼女の話に相づちをうった
「いったい何だってんだよ…」
ふかふかの布団に体をとられながらイギリスは立ち上がった。漸く時間をかけてたどり着いたベッドの端。
「どうやって降りろってんだ…」
壁の向こうからはフランシスと来客の少女が楽しそうに談笑する声が聞こえる。それに対して布団の海に溺れてる一人ぼっちのオレ。
「……フランシスのばかぁ。」
会話は弾む。セーシェルの大学は実に楽しいところらしい。フランシスはその事に心底安心した。ふとセーシェルが思い出したように告げる。
「あ、そういえば、兄さん。アーサー・カークランドさんって人、知ってます?」
「へ?」
なんだか聞いたことのある名前だが、誰だったか思い出せない。途中まででかかっている顔は頭の中でもやをかぶっている。
「兄さんと同じ高校に通ってて、今、人気のボーカロイドを作ってる方なんっすよ」
「へー…」
フランシスは適当に感心しながら彼女と話をあわせる。
「可愛いんっすよ、ボーカロイド」
にこりと微笑む相手に心の中で賛同する。もしかしたら、セーシェルはイギリスのこと気に入るかも。そう思ったらすぐさま彼女にイギリスを自慢したくなった。

「アーサー・カークランド…」
壁の向こうから聞こえてきた音に体が震えた。
「あいつら、何の話をしてんだ!?」
聞こえてきた単語に驚いて身動きしたら体が宙に浮いた。
「ぅおわ!」
ガタッ
「あれ?誰かいるんすか?」
「あ、あぁ、あのね、ちょっと待ってて」
扉を開くとベッドから落ちたのだろう床にイギリスが転がっている。
「だ、大丈夫?」
フランスがそっと近づくと、それを見てセーシェルが黄色い声をあげた。
「ボーカロイド!」
はしゃぐセーシェルにびっくりしたらしいイギリスはそそくさとフランシスの足にしがみつく。そんな彼にフランシスはセーシェルを紹介した。
「イギリス。こっちは俺の妹のセーシェル。悪いやつじゃないから大丈夫だよ」
笑いながら告げるとイギリスは複雑そうな顔をした。イギリスはフランシスの足にしがみついたままだ。
「…。」
「イギリス、どうしたの?挨拶は?」
「こんちは。イギリスっていうっすか?私はセーシェルっていいます。よろしくっす。」
目の前で少女がしゃがみこんで手を差しのべる。その手をイギリスは見て…
ふい
「イギリス?」
顔を背けて目一杯しがみつくオレを不思議に思ったのかフランシスが声をかけてくる。
「…」
しかし、俺はそれにも答えず顔を背けた。かつて欠陥品として殺されそうになった。
俺は普通とは違う。フランシスにはわからないだろうが、機械音痴だしな、この女にはきっとわかる。俺はおかしいんだってきっとフランシスに言ってしまう。フランシスに嫌われたらどうしよう…
イギリスは精一杯の力でしがみついた。
イギリスの普段とは違うようすにフランシスは首をかしげた。もしかして人見知りなのかな。そんなことを思いながらセーシェルを見ると、彼女はショックを受けたのか、顔を青ざめさせて口を開く。
「まっ、まさか、兄さん……」
「え、何?」
「この子をさらってきたとか言わないっすよね?」
「えっ、違うよ!」
どうも彼女はイギリスに無視されたことはあんまり気にしていないらしい。我が妹ながら少し思考が斜め上だなぁとフランシスは苦笑を噛み殺す。セーシェルはブツブツと続ける。
「そもそもおかしいと思ったんすよ。貧乏な兄さんの家に高額なボーカロイドがいるなんて…」
「え?ちょ、ちょっと待った!本当にお兄さん盗んだりとかしてないからね!」
本格的にぶつぶつ言い出した妹にフランシスは焦って答えた。
「だって、ボーカロイドってとても高いんっすよ!」
このままでは犯罪者にされかねない妹の勢いにあせる。
「イギリスは知り合いから預かってるの!ね、イギリス!」
最も当事者である本人に伝えると、
「…」
「いや、イギリス返事してよ!」
反応しないイギリスのかわりにセーシェルの態度が少し軟化する。
「知り合い、というと、ギルベルトさん?」
「えっ?」
フランシスは言ったあとで後悔した。そもそも本田とは顔見知り程度で、相手のことを詳しく知っているわけではない。言葉に詰まったフランシスを見てセーシェルが眉をつり上げる。
「やっぱりさらってきたんですね!」
「ちっ、違うったら!ほんとに、ほんとに違うんだって!」
フランシスが慌てた声で否定しているのをイギリスはただ聞いていた。フランシスが困っているのはわかる。俺が助けてやったら丸く収まるのもわかる。でも、フランシスに欠陥品と言われるのがただただ怖くて、イギリスは動けずにいた。その時、
〜♪
フランシスの声に重なるようにシャンソンの軽やかな音楽が鳴る。
「おっと、電話…本田さんだ!」
はっ
イギリスはフランスを仰ぐ。
「この人にイギリスを預かったんだよ!」
ちらりと見えたディスプレイ。確かに菊からだ。でも、昨日の悪夢を思い出す。電話の向こうに居るのが本当に菊だって保証はどこにある?
「だ、だめだ!出るな!」
イギリスが声をあらげた。
「イギリス?」
「ダメだ!出るなよ!?」
「何言ってるの?昨日のお詫びもしなきゃいけないし、」
力ずくで奪えない自分が悔しい。フランシスは焦るイギリスをよそに通話ボタンを押した。
もし、またアーサーだったら!?
「フランシス!」
「もしもし?」
『もしもし、私―』
受話器の向こうの声が名乗る前に怒声が響いてきた。
『あーっ! クソッ、本田っ、お茶こぼしたー!』
聞き覚えのある声にセーシェルの表情が柔らかくなる。イギリスは聞こえてきた声に顔をしかめた。
「うそっ、ギルちゃん?!」
予想外の声に驚くのはフランシスのみ。菊がため息をついて冷たくギルベルトに応対する。
『机の上にふきんがありますから使ってください』
「もしもし?本田さん?」
「失礼しました。こちらからお電話したのにすみません。フランシスさん。」
フランシスから声をかけると菊が柔らかい声で応対してくれた。その向こうでどう考えても聞き覚えのある声が聞こえてくる。
『え?フランシス?なんで菊が?お〜い!フラン!』
『ギルベルトさん、静かにしてくださいませんか?』
間違いなくアイツだ。
「ちょ、なんでギルちゃん、そこにいるの?」
フランシスが驚いて声をあげると電話の向こうから、『俺様?だってここ俺様の職場だぜ!』と大声でかえってきた。
「そうなんです、で、ギルベルトさんはおいといて、『おいてくなよ!』昨夜はどのようなご用件で?」
こんな騒がしい奴と同じ職場なんて、友人ではあるが、フランシスはまだ知り合って日は浅いが心底彼に同情したのだった。
イギリスは受話器から聞こえる声に心底ほっとした。ギルベルトといえばイギリスによく話しかけてきた男だった。彼はイギリスの目には稀に見る阿呆に見えた。フランシスが菊と会話を始める。
「昨日はー」
『それより、フランシス! お前、ボーカロイドどうした?』
『ちょっと、ギルベルトさん。携帯返してください』
ギルベルトが菊の携帯を奪ったらしい。彼は自分の言いたいことをまくしたてる。
『お前機械全然ダメじゃん?なのにお前がイギリス預かったって聞いて驚いたぜ!』
「ちょ、ギルちゃん?」
『しかも、あのイギリスだろ?生意気なくそちび!』
「お〜い、ギルちゃん?」
『あいつわがままだからさぁ絶対にお前苦労してると思って』
「ギル!お願いだからお兄さんにもお話させて!」
『ギルベルトさん、いい加減にしてください』
受話器の向こうから菊が叫ぶ。しかし、ギルベルトがそれを気にしている様子はない。
『どうせ、お前のことだ。パソコン使えねぇとかそんな相談だろ』
「うっ、うるさいよ、ギルちゃん」
ズバリと言い当てられてフランシスは苦い顔を作った。それを見たセーシェルが苦笑を噛み殺している。
「もう!いいから!ギルベルトうるさい!良いから本田さんに変わってくんない?」
いい加減に話が進まなくてフランシスが怒ると同時に電話の向こうでも菊が『いい加減にしてください!』と受話器を取り上げたようだ。
『もしもし?大変失礼いたしました。』
「いや、なんかごめんね?」
『フランシスさんが謝られることなんてありませんよ。』
思わず謝ったフランシスに菊が苦笑した。
「なんか、思わず…」
『そうそう、電話の内容は先ほどの、コンピューターの使い方でよろしいですか?』
「あっ、はい。……なんかすいません…、お忙しいのに」
フランシスが恐縮すると電話の向こうからは柔らかな声がする。
『いいえ、私はそれほど忙しくないのですよ。きにしないでくださいね』
「ありがとうございます」
見た目はずいぶん幼く見えたのに菊はフランシスよりよっぽどしっかりしているようだ。フランシスの話し合いを余所に、セーシェルがイギリスに再び話しかけてきた。
「こんにちは。はじめまして。私の名前はセーシェル。セーシェルっすよ。」
そっと差し出された手のひら、そして差し出した少女の顔を交互に見る。
「…、あ、…」
悪い人じゃないのは分かる。
「お、俺は、イギリスだ。よ、よろしく…」
恐る恐る手に触れるといきなり圧迫感と浮遊感。
な、なんだぁ!?
イギリスが驚いて目を白黒させていると、
「わぷっ!」
「かぁわいぃ―!」
「な、離せ!」
目の前の少女に抱き締められている。そう気づきイギリスは思いっきり暴れるが少女はびくともしない。
「はぁなぁせ!離せ!」
「可愛い、可愛い!かぁわいぃ〜!」
誰でもいい!誰か助けろ!パニックに落ちたイギリスにはセーシェルの小さな声は聞こえなかった。
(あの眉毛とは大違いっすよ。)
「フランシス!!」
「ん?」
唐突に名前を呼ばれて振り返るとセーシェルにイギリスが抱き締められていた。セーシェルは喜んでいるようだが、明らかにイギリスは嫌がっている。
「あー、セーシェル、イギリス嫌がってるみたいよー」
控えめにいってフランシスは電話の話に注意を向ける。イギリスの様子に気がついてセーシェルが慌てて彼を離した。
「あちゃー、つい……、可愛くて」
頬を染めるセーシェルに複雑そうな顔をイギリスは向けた。
「とりあえず、イギリスを歌わせてあげたいんだ。でも、オレパソコン起動させるだけで精一杯でさぁ、良かったら教えてほしいんだけど…」
『わかりました。では今日の午後お伺いしますね?』
「え?いいの?」
『はい。イギリスの様子も気になりますし、」
「メルシー!」
そんな会話をしていると、イギリスに名を呼ばれた。見るとセーシェルからは解放されたようで、テーブルの上からオレを見上げている。
「なぁに?イギリス。」
「オレも菊と話がしたい!」
とりあえず用件を聞くと、イギリスはそういって手を伸ばした。イギリスは菊になついていたようだし、きっと話したいこともあるのだろう。フランシスはイギリスの要求に答えて、机の上に携帯を置いた。するとセーシェルが話しかけてくる。
「兄さん、イギリスの寸法測って良いですか?」
「え? 測ってどえすんの」
「洋服作りたいんです」
満面の笑みの彼女。そういえば、昔からお人形遊びとか好きだったものね。苦笑を浮かべながらフランシスは返事をした。
「イギリスが良いっていったらね」
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