あいの歌をもう一度

一方、本田菊はボーカロイド製作の主任に呼び出されていた。不機嫌な目の前の男は、童顔のせいで一見すると高校生ぐらいに見える。いや、本田だって一歩間違えばスーツを着てしまったおませな中学生にしか見えないのだが。製作主任であるアーサー・カークランドは眉をひそめて口を開いた。
「……あの欠陥品をどこへやったんだ? 本田」
睨み付けてくる顔はさながら不良街道爆走中の悩める青少年のようだ。彼の肩では試作段階のボーカロイドが楽しそうに行ったり来たりしている。菊はなんと答えればアーサーの逆鱗に触れないか考え、どうやっても触れてしまうので仕方なく正直に答えた。
「…………知り合いにゆずりました」
「知り合い?おい、何勝手なことしてんだ!よりにもよってイギリスを?あれは欠陥品なんだぞ!?」
譲るならちゃんとした製品を!製作者としてはお客様にはより良い商品を手に取ってほしい。それは当然の願いだ。それをあんな欠陥品を渡したなんて!アーサーは信じられないような面持ちで菊を見た。
菊はその視線を感じつつも得意の感情の見えない微笑みを浮かべる。正直さすがに仲良くさせて頂いている私でも渡した相手がフランシスさんだと知れたら殺されるかもしれないと思った。
その時、張りつめた空気をぶち壊すかのような明るいメロディーが響き渡った。アーサーがしかめっ面をする。
「出てもよろしいですか?」
菊はその不機嫌さに恐る恐るアーサーに聞いた。アーサーは「勝手にしろ」とそっぽを向いてしまう。苛つきのままの声に苦笑しながら菊は携帯に出た。菊の携帯から流れた明るい音楽に反応してアーサーの肩で遊んでいた試作ボーカロイドのアメリカが声をあげる。
「俺、あの歌が歌いたいんだぞ!」
「……また今度な」
アメリカに話しかけられて苛立ちが和らいだのか、アーサーが淡く微笑む。諭すような言葉にアメリカが不満げな声をあげる。そんな中、菊が携帯に出ると聞こえてきたのは泣きそうなあの人の声だった。
「ほ、本田さん〜!突然お電話してすみません!オレ、昨日のイギリスを預かったフラ、」
「あ、あ゛ぁ―あ―、どうもこんにちは!どうもすみません!」
菊は聞こえてきた声に慌てて声をあげた。
これはまずいのでは!?
「きく?」
動揺したのをいぶかしんだアーサーが眉をしかめてまた近寄ってくる。
あ゛ぁ―アーサーさんっ!
「今ちょっとたてこんでましてぇ!また後日ご連絡させていただきますね!」
「え?あ、ごめんなさ、」
ツーツーツー
最後まで言わせることなく切った電話。静まりかえった二人の間にむなしく電子音が響いた。
「わっほぅ! コントみたいなんだぞ」
そんな重苦しい沈黙を破ったのは、空気が読めないアメリカだった。その声に反応してどこかに潜んでいたらしい他の試作品たちも顔を出す。アーサーがその様子を見ながら、不審げな視線を向けてくる。
「…………別に俺の話は後回しにしても構わないが?」
「いっ、いいえっ! 大した用事じゃないみたいですし」
「あぁ、いつもの、耀と勇珠か」
アーサーが納得の顔をする。先ほどの二人は菊の知り合いでことあるごとに彼を呼びつけるちょっと迷惑な人たちである。基本、彼らはこちらの都合を考えない。だから、仕事中でもちょくちょく電話をかけてくるのである。実際はフランシスからなのだが、勘違いしてくれるならこちらも都合がいい。誤魔化すように微笑んで菊は頷いた。
「えぇ、そうなんですよ。まったく、迷惑な人たちですよね!」
菊に迷惑な人扱いされてるとも知らずフランシスは呆けたように携帯を握り締めていた。
ツーツーツー…携帯からは今もむなしく信号音が聞こえてくる。
「フランシス、菊はなんて?」
「えっと切れちゃった…」
あっという間に切れた携帯にイギリスは理解できないと言うように首をかしげた。
「おかしいな…菊はそんな乱暴に電話を切っちまうような奴じゃないんだが…」
「あ、でも一緒に誰か居たみたいだからやっぱり邪魔だったんじゃないかな?」
フランシスがしょうがないじゃない?というように苦笑してイギリスの人間に似せたが硬めの髪をくしゃりと撫でた。
「誰か…だれ、か…、っ!そ、そうだな!また電話したらいいし!」
フランシスはそうだね、と言って席を立った。
「ちょっとお風呂沸かしてくる〜」
「あ、あぁ…」
そう言うフランシスに生返事を返した。もしイギリスが人間ならその額に冷や汗が見えただろう。
だが幸か不幸かイギリスは機械で冷や汗なんてでない。一緒に誰かいた?そんなのアイツしかいねぇじゃねぇか!イギリスは思い返して苦い表情を作った。アーサー・カークランド、イギリスが欠陥品とわかるとすぐさま壊そう(殺そう)とした男だ。菊がアーサーからイギリスを奪っていなければ、きっとこうやってフランシスに会うことも出来なかっただろう。そんなことを考えると恐ろしくなる。
「…………菊は大丈夫だろうか」
親切で優しい彼が自分のことで責められないといいが。イギリスは菊の顔を思い出しながら、小さくため息をついた。すると、フランシスの携帯に電話がかかってきた。イギリスが相手を確かめると相手は菊だ。もう用事が終わったらしい。
「フランシス! 電話!」
イギリスはそう叫んだが、フランシスには聞こえなかったようでなんの返答もなかった。イギリスは携帯に手を付きサムネイルを覗きこむ。
「この番号、…」
イギリスはテーブルに置きっぱなしになっている名刺を見る。
間違いない!
「おい!フランシス、おい!電話!菊からだぞ!おいってば!」
しかし、フランシスにはやはり聞こえないようだ。イギリスは決心して携帯の通話ボタンを押した。
はぁ…スライド式で良かった…通話ボタンを押して話しかける。
「菊? もう用事は終わったのか?」
尋ねると一瞬の沈黙のあと、底冷えするような冷たい声が返ってきた。
「お前は、今、どこにいる?」
聞き覚えのある声に戦慄する。これはアーサー・カークランドの声だ。
「もう一度聞く。イギリス。お前は今どこにいる」
冷たい声にイギリスは口をつぐむ。答えてはならない。そう強く思った。
「っ!あ、アーサー!?なんで、これ菊の携帯だろ!?」
聞こえてきた声に体が戦慄した。
「菊は今席を外している。それよりお前は今どこにいるんだ。」
激昂するでもない、淡々と告げられる声が余計に恐ろしい。イギリスが携帯に手をついてカタカタと震えているとカタっと音がした。携帯からではない。この部屋からなる音だ。
「ごめ〜ん。イギリス、待った?」
フランシス!その瞬間イギリスは音速の勢いで通話を切った。ツーツーと再び無機質な電子音が流れる。
「イギリス?どうしたの?」
首を傾げて聞いてくるフランシスにイギリスは慌てて答えた。
「な、なんでもねぇよ!そ、それより、お前逃げてんじゃねぇよ!パソコンのレッスンの続きすんぞ!」
「え〜…もう疲れたよ…」
「はやくしろ!」
「はいはい…」
ど、どうにかごまかせたか?そもそもよく見えてなかったかもしれない。とにかく!不在着信というわけでもないし着信履歴を見ない限り電話があったことは気づかない。そして、この機械音痴が着信履歴なんかを見るとは思えない。イギリスは一刻もはやく菊が携帯を取り戻してくれることを祈りつつフランシスの気をそらし続けた。

切られた通話の前、一瞬だけ聞こえた声にアーサーは戸惑っていた。懐かしい声だった。フランシスだ。あの間抜けな声は間違いない。しかし、何故フランシスが。疑問ばかりが頭に浮かび、アーサーは切られた携帯を見つめる。そんな創造主の姿を見ながら、ボーカロイドたちは安心していた。イギリスはどうやら無事にいるらしい。ひそひそと彼らは囁きあう。いったい彼はどんなマスターの元にいったのだろう。そんなことを考えるだけで心が弾む。
「……くそっ、よりにもよってアイツかよ」
アーサーは苦い顔を作りながら、大きく舌打ちをした。
「ちょ、何してるんですか!アーサーさん!!」
眉をしかめながら菊の携帯を握りしめている姿に菊が走りよってきて携帯を奪い去った。
奪い去ったはおかしいか…だってその携帯はもともと菊のものなのだ。
「菊、」
「これは私の携帯ですよ!?貴方は一体何を、…まさか!」
菊は何かに気づいたように携帯を開き発信履歴を確認する。あぁ、これはまずいです。
「菊…。」
「は、はい。」
「お前はあの欠陥品を知り合いに渡したんだよな。」
「は、はい。」
「電話したらイギリスが出た。」
「そ、そうですか…」
菊は感情を顔に出さないように、必死で顔を取り繕った。
しかし、
「お前は、知ってて?」
「何がでしょう?」
「あいつがフランシスだって知っててあのイギリスを渡したのか!?」
イギリスの悲鳴のような声に取り繕った仮面にヒビが入ったのを感じた。
空気が凍った。菊の思考もだ。さて、なんと言い訳しよう。彼は思考をフル回転させる。確かにフランシスのことを菊はしっていた。アーサーの弟たちに聞いていたのだ。写真も見せてもらった。仲が悪いことももちろん知っていて、だからこそ彼にイギリスを預けたのだ。アーサーに簡単に懐柔されてしまうような人間に渡してしまえば、すぐにイギリスを壊されてしまうとわかっていたから。アーサーが菊を睨み付ける。菊は仕方なく嘘をついた。とても白々しい嘘を。
「フランシスさんとおっしゃるのですか?」
「…は?」
「いえ、先日偶然お会いしまして、イギリスに興味をお持ちになられたのでそのまま預けたのですが、こちらの連絡先はお教えしたのですがあちらの名前も連絡先も聞いていなかったものですから。」
我ながら苦しすぎる…
「だって知り合いだって、…」
「いえ、流石に名も存じ上げぬ方にイギリスを預けたと言えば流石に怒られると思いまして、お電話もお切りさせていただきました。」
笑顔だけは完璧に、だが内心日本は自分を殴り付けたい気持ちで一杯だった。
なんて苦しい言い訳なんですか!もっと他にもあったでしょうに!
心の中で罪悪感のまま謝罪の言葉を叫ぶ自分を圧し殺しながら菊は言い切った。アーサーはそんな彼の様子を見てちょっと考え込んだ。その間ボーカロイドたちが次々にアーサーのそばによってくる。
「なぁ、フランシスって誰だい?」
「アーサーの野郎の恋人ですか?」
「えー、きっとライバル会社の社長っすよー」
「女の人なんですか?」
口々に尋ねられる言葉にアーサーは答えなかったが、その口元がつりあがったのを菊は見逃さなかった。
「その方、フランシスさんはお知り合いの方なのですか?」
アーサーさんがどこか懐かしむように微笑まれたのでボーカロイドと一緒に質問してみた。せこいですがこれでアーサーさんはごまかせたはず!そう内心ガッツポーズをとった。罪悪感はあるがばれた方がいっかんの終りだ。そう自分を納得させてアーサーを伺うと思いに反してアーサーの表情が途端に固くなった。
「そんなやつ知らない。」そう言ってイギリスはきびすを返した。
イギリスがきびすを返したのを見て菊はほっと一息ついた。とにかく、これでうまく誤魔化しがきいた。あとはフランシスにこの事情を頃合いを見て伝え、アーサーと繋がらないようにしてもらわねばならない。
「ねー、菊! 俺を歌わせてよ!」
そんなことを考えているとアメリカが声をかけてきた。菊はにこやかにそれに答え、彼らを引き連れて別室へと向かった。
アーサーは自室に戻り寝台に身を投げた。設計図やらパソコン画面やらで固まった体が弛緩していく。イギリスは来ていた上着から一枚の紙を取り出した。菊が戻ってくるまでにアーサーがしたこと、それは電話番号を手近なメモに書き写すこと。
淡い想いが胸をよぎる。
たった紙切れ一枚。けれどアーサーにとって、それはフランシスと繋がることのできる唯一の糸だった。
一方、フランシスはイギリスにしごかれまくり、やっとパソコンの電源をいれることに成功した。しかし、道のりが長すぎてイギリスもフランシスもこの時点でそうとう体力を消耗していた。机につっぷした双方がボソボソと囁きあう。
「お前、機械音痴過ぎるだろ……」
「……違うの違うの、パソコンが扱いにくいのがいけないの…」
こいつなめてんのか?
「パソコンが悪いわけねぇだろ。ボタン1つ押すのに何分かけてんだ!」
呆れてものも言えない。現代人としてこれはありなのか?許されるのか?どんな僻地に住めばこんなアナログ人間が育つのだろうか。イギリスは天を仰いだ。
あ゛―歌いてぇ…
「ごめん、イギリス。」
「あ?」
「歌わせてあげれなくて…」
そうショボンと呟く言葉に胸があったかくなった。ボーカロイドとしても一人前に扱われたことのなかった俺。欠陥品の俺。なのにそんな俺をフランシスは対等に扱ってくれる。イギリスは胸に手を当てた。欠陥品のココロ。胸がドキドキする。でもこれが何かわからない。
菊がいれば教えてやることが出来ただろう。それは恋と言うのだと。
フランシスは机に身体を預けながら、「機械音痴」そういえば昔にもそんなことを言われた気がした。でも、相手が誰だったか思い出せない。フランシスはなんとなくもやもやした気持ちを抱えながらイギリスを見た。彼は明らかに不満そうな顔をしていた。きっと歌いたいんだろうな。そんなことを思うと胸がつきりと痛くなる。好きなことを思う存分できないのは悲しいことだ。歌わせてあげたい、彼の歌が聞きたい。フランシスは改めて強くそう思った。フランシスはもやもやとした想いを振り払い立ち上がった。その突然の動作に驚いてイギリスは見上げる。
「あぁ―、よし!気分転換しよう!紅茶、淹れてやるよ。」
そう言ってイギリスをみやると、ほんの一瞬イギリスが笑った気がした。びっくりして見直すと、もういつもの不機嫌なイギリスで、見間違い?いや、絶対に違う…笑ったイギリスって可愛いいかも…
「おい、フランシス?ぼーっとしてんな!不味かったら承知しねぇからな!」
いつものように告げるイギリスに、フランシスは自慢げに笑う。
「もう、お兄さんは紅茶の淹れ方覚えたも〜ん」
うふふっと上機嫌で笑う彼にイギリスは不安を覚えたものの、抗議の言葉は口にしなかった。そこまで言うのならお手並み拝見と行こうじゃないか。ニヤリッと笑って彼は鼻唄を歌って紅茶淹れているフランシスの背中を見守った。
目の前の小さな体がゆっくりと琥珀色の液体を飲み干すのをフランシスはじっと見つめ、恐る恐る聞いた。
「…どう?」
「ん、まぁまぁ、かな…」
その答えにフランシスはがくっと肩を落とした。上手く出来たと思ったのに…
「嘘だ。うまい。」
その一言にぱぁっと心が晴れた。厳しい特訓を受けたかいがあるというものだ。その言葉にほっとして自分もそっとカップに口を付けた。
「おいしい…」
口を付けた瞬間広がる風味、
「すごい、こんなにも変わるなんて…」
今まで飲めれば良いと思っていたのに、淹れ方ひとつでこんなに変わるなんて。にやにやしながらカップを両手で持って感動に浸っていると、イギリスが時計を見ながら告げる。
「そういえば、何かやることがあるって昨日言っていなかったか?」
言われてフランシスはさっと青くなる。その様子を見てイギリスは首をかしげる。すると、りんごーんとインターホンが鳴った。どうやら誰か尋ねてきたようだ。
「…………あわわ、どうしよ……」
フランシスが青ざめたまま右往左往する。イギリスはその様子を見ながら玄関の方に視線を向ける。そちらからは女性の声が聞こえてきた。
「フランシス兄さん、いないんですか?」
凛とした声にフランシスが固まる。イギリスはそんな様子を見て大きく首をかしげた。固まってる時間はさほどなかったように思う。フランシスは一瞬固まったと思うと慌てて部屋を片付け始めた。元々散らかっていたわけではない。脱いだ服を片付けて紅茶のカップを片付けた。その間にも扉は絶え間なく叩かれている。
「兄さん?兄さん、いるんでしょ?」
「あ、すぐ出るから!」
そう言ってフランシスが振り向いたかと思うとがっと俺の体を掴んだ。小さな体はあっという間に宙にうく。
「お、おい!なんだよ!」
あれよあれよという間に寝室の寝台に下ろされた。
「ごめん!悪いんだけどここで隠れてて!」
「え?お、おい!」
「大きな声出しちゃダメだからね!」
わ、わけわかんねぇ―
あっという間にフランシスは寝室を出て俺は取り残された。な、何だってんだよ!
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