僕に捧げる鎮魂歌

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第1楽章


大好きな人がいました。

僕はその人がとても大好きで、大好きで、だいすきで。

それははじめての恋。
そして最後の恋。

「ユーリ!」
エステリーゼの悲鳴のような、いやまさしく悲鳴である悲痛な声が聞こえたと思うとフレンのすぐ脇を桃色の風が吹いた。
「ユーリ、ユーリ!」
エステリーゼはまっすぐにこの部屋の最奥、真っ白いシーツを赤く染めてベッドに横たわるユーリのもとへ駆け寄るとすぐさまエステリーゼを中心に淡い燐光が辺りを包んだ。
「ユーリ、しっかりしてください!すぐに、すぐに治しますから!」
涙まじりの声でそれでもしっかりと意識を集中させて力を高めていく。魔動器のなくなった今、この世でただ一人が使える癒しの術がエステリーゼから解き放たれた。燐光はユーリを包みそして消える。しかし、それでも塞がることのない傷は彼の、ユーリの傷の深さを物語っていた。エステリーゼが再度その身に燐光を纏い始めた時、
「エステル!」
エステリーゼとユーリの仲間達が遅れて部屋に駆けつけた。はじめにエステリーゼの名を呼んで部屋に飛び込んだリタはベッドに横たわるユーリの姿に息を呑む。震えるような声で「ゆーり・・・」と呟き声を失ったリタの脇からカロルが飛び出した。
「ユーリ!」
その名を呼んでベッドに飛び寄るが先ほどから懸命に止血を行っていた城の医師達に「離れていろ!」と一括させて怯んだように後ろに下がった。その時、二度目の燐光がエステリーゼから解き放たれユーリへと吸い込まれた。
「血が止まったぞ!」
止血に当たっていた医師が叫ぶ。
「ユーリ!」
その言葉にリタもカロルもベッドに駆け寄った。エステリーゼはその手が血に濡れることも厭わずユーリの手を握り締める。
「ユーリ、ユーリ!目を覚まして!ユーリ!!」
エステリーゼのその叫びの数瞬後、ふるふると睫が振るえ朝焼けの空のような瞳が覗いた。
「えすて、る?」
「ユーリ、ユーリ!わかりますか?私です!カロルもリタもみんないます!もう大丈夫です!」
意識を取り戻したユーリにエステリーゼが叫びを聞いたのか聞こえていないのかユーリは静かに瞼を落とした。
「ユーリ!」
再び閉ざされた瞳にカロルは焦りの声を上げたが直後、医師から告げられた言葉に全身の力を抜いてその場に座り込んだ。
「もう大丈夫です。血は止まりましたし、今はただ眠っているだけでしょう。随分血を流したのですから…」
その言葉に安堵したのはカロルだけではなく、リタも、今まで気丈に力を使い続けてきたエステリーゼも張り詰めていたものが途切れたのかその瞳に涙を浮かべてその場に座り込んでしまった。その傍にずっと部屋の入り口で様子を見つめていたジュディスが寄り添う様に立つ。
命に別状はないでしょう。そう告げた医師に泣き笑いを浮かべる彼らを、僕は部屋の入り口のすぐ脇でただ見ていた。
それはまるで完成された一つの映画のようだと思った。主人公が敵に倒れてヒロインがその力を使って命を救う。どこにでもありふれた物語のようだと。ただ判るのはユーリが助かる、その事実とこの映画に自分という役割はどこにもないということ。それだけだった。

「シュヴァーン隊長、ここをお願いします。」
カロルと同時に部屋にたどり着きされど入ることなく入り口にもたれるようにして安堵の息をついた元隊長にそう告げるとフレンは部屋を出て廊下を歩き出した。
知る人が見ればあまりにもフレンらしからぬ行動にレイブンはシュヴァーンと呼ばれたことも気づかず慌ててフレンの名を呼べばフレンはぞっとするような暗い目でレイブンを射抜いた。
「犯人を捕まえます。それが僕の仕事ですから。」
フレンの胸の奥、メラメラと燃え上がる暗い炎にレイブンはぞっと身を縮める。
春の陽だまりのような子だと思っていた。下町出身で苦労も多かっただろうに、それでもその優しい笑顔と暖かな瞳は穢れることを知らず周囲の人間に春の陽だまりのような暖かさを分け与えてくれる、そんな優しい子だと。
レイブンはその炎のあまりの冷たさに何も言えず息を呑んだ。騎士として育った第6感が脳裏で警鐘をならす。結局レイブンは歩み去るフレンの背をただ見つめ、フレンを引き止めることも送り出すこともできずその場に固まっていた。そんな二人の姿をただ一人いつもならば誰よりもユーリの傍に駆け寄って声をかけているだろうパティだけが眉をひそめて見送っていた。

数時間後、騎士団の総力を挙げた捜索活動の結果犯人が発見された。自ら捜索活動の最前線に出たフレン・シーフォの手によって。それは歴史に残るはずのない当事者達にしては大きな、だが歴史から見れば小さな諍いだった。それでもこの襲撃事件が歴史にその名を残すことになった理由はただ一つ。
後世、歴史を紐解く者達は皆一様にこの事件の謎を解こうと躍起になった。
なぜ、前騎士団長の謀反を食い止め、世界をも救った英雄は、国中の人間の期待を背負い、歴代最高の騎士団長になるとその将来を切望された歴史上初めての女性騎士団長は、この事件を最後に姿を消してしまったのか、と。
その当時、誰もが予想していなかった。この事件が騎士団長、フレン・シーフォとしての最後の事件になるなんてことは。


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