つまり、嫌いじゃないんだよね。

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「いたっ…」
 フランスは赤く腫れた頬に手を当てる。するとピリッと痛みが走り顔をしかめた。今ここに鏡はないがきっと頬には真っ赤な紅葉が刻まれているはずだ。
「ったく、ありえねぇー。」
 フランスが思わず愚痴を溢すとそれを聞きつけてアメリカが呆れたような目でフランスを見た。
「有り得ないって言うならなんで君はイギリスなんかと付き合っているんだい?」
理解不能だよと言い残してアメリカはそれきり興味を失ったようにバーガーにかぶりついた。
 返す言葉がないとはこのことだ。まさしくごもっともである。しかし。
「なんでって言われて、っ!」
 突然ひやりとしたものが頬に触れフランスはびくっと肩をゆらした。
「あ、ごめんなさい!」
 それに気づいたカナダが「驚かせてごめんなさい!」とそのひやりとした何かを離し、もう一度、今度はゆっくりとフランスの頬に添えた。
あ、濡れタオル…
 そのひんやりとしたタオルをカナダから受け取りフランスはうっとりと息を吐いた。僅かに熱を持つ頬がひんやりと冷やされてとても気持ちよい。
「ありがとう、カナダ。」
 フランスがそう笑いかけるとカナダはほっと安心したように「どういたしまして」と答えたがすぐに困ったように眉尻を下げた。
「それにしてもなんでこんなことになっちゃったんですか?」
 こんなこととはどう考えても先ほどのイギリスとの喧嘩のことを言っているのだろう。
「何でって…」
 フランスはカナダの疑問に鸚鵡返しのように答えたままここ数日間の日々について思い起こしていた。

 実は最初から今日はイギリスの機嫌が悪いことなんて知っていた。
 今フランスたちがいるのはフランスの首都、パリだ。毎月しても意味があるのかさっぱり分からない世界会議の日なのだ。というかつい10日前までは今回の開催国はギリシャであるはずだった。しかし、3月に行われたストライキやデモが予想外の大規模へと発展し、4月7日となった今日も当初に比べれば大分沈静化したものの、国達の安全を考慮して急遽開催地を変更することとなったのだ。それがどこでどう巡ったのか臨時の開催地はフランスとなった。慌てたのは急にゲストからホストになったフランスだ。他の国は飛行機の予約を変更するぐらいで良いが、主催となれば会議場の手配からホテルの手配。会食での料理の準備に資料作り、ギリシャとの調整などしなければならないことは山のようにある。当然フランスは刻々と迫りくる開催日に泣く泣く仕事に忙殺されるはめとなった。
 話は変わるがフランスは自他共に認める愛の国だ。その恋人へのエスコートは一般男性が目を見張るほどに細やかだ。二人で道を歩く時は絶対に恋人に車道を歩かせないし、女性に歩調を合わせてやるのは初歩の初歩だ。勿論少しの段差でも手を差し伸べるし着席する時はイスを引いてやることも忘れない。季節のイベントや記念日だって忘れたりはしない。イベントが近づけば、二人で最高の一日を過ごせるように何日も前から準備をするし、仕事でどうしても会えない時はメールや電話でのフォローもわすれたりしない。

 そう、忘れたりしないのだ。

 勿論フランスは世界会議の翌日が最愛の恋人との大切な記念日だということに気づいていたし、その恋人から何度か連絡が来ていたことも気づいていた。
 しかし、仕事は後から後からわいてくる。普段は1ヶ月はかけて準備をしているのに今回はたった10日でこなさなければならないのだ。
 言い訳させてもらえるなら本当に忙しくて、本当の本当に忙しくて、つい、イギリスにたいした連絡もフォローもしないまま今日を迎えてしまっていた。

 フランスは誰よりも早い時間から会議室に到着していた。この勤勉さ。本気で誰かにがんばりましたねって頭なでて欲しい!イギリス撫でて!今すぐ撫でて!そのままベッドインして!
 そう、少々頭のネジがあれになるくらいがんばっていた。ぎりっぎりなんとか間に合った資料を各テーブルに用意しているとぞろぞろと各国が集まり始める。だが、
イギリス、なんで?

 イギリスが、来ない。

 結局イギリスが会議室に姿を現したのは、今にも会議が始まろうかとしている時だった。
「あ、イギ―」
「イギリス、遅刻だぞ。速く席に着け。もう会議が始まる。フランス!時間だ、会議を始めてくれ。」
 その姿を認めて思わずフランスが名前を呼ぶがそれをさえぎるようにドイツの声がかぶさる。
「え、あ、でも」
「なんだ?これで全員そろった。何か不都合でもあるのか?」
「え?あ、ない、かな?」
「なら早く始めてくれ。」
 ドイツの真面目なところはドイツの長所だと思う。思うけど、…フランスはがくりと肩を落として議長席に着いた。こうなったらさっさと終わらせてやる!
 フランスはさっさと会議を終わらせることに必死で気がつかなかった。イギリスが一度もフランスと目を合わさなかったという事実を。

 そうして、KYなアメリカを黙らせつつ、イギリスからの発言がないことにびくびくしながらもさっさと終われー!!という心の声が天に届いたかのように昼の12時丁度に休憩を迎えることができたフランスが神様愛してるー!!と狂喜乱舞しつつ、さぁイギリスに声をかけるぞ!とフランスが振り向いた時にはすでにイギリスの席はもぬけの殻だった。
 怒ってる。これは怒ってる。
 イギリスといえばいつも口うるさいくらいああだこうだとアメリカに説教している姿がよく見られるため、怒った彼は口やかましいというイメージがある。しかし、それはまだ序の口なのだと、イギリスのマジ怒りを身を持って体験した国々は口をそろえてそう言う。
 マジ怒りの最たる経験者のフランスとしては坊ちゃんの怖さはその口を閉ざしはじめた時が危ないのだ。静かになったイギリスは、…いやいやいやいや、思い出すな。思い出すな俺!新緑のような若葉が突き刺さるような冷たさでフランスを見下ろす。ああなったらフランスでも手がつけられない。
 早く探し出さなきゃ!フランスが会議場を駆け出そうとするとぐいっと腕をつかまれて引き戻された。
「祖国!」
 慣性のまま前のめりになる体を引き戻されてフランスは転びそうになる。
「うわ、っとと。ちょ、何!?」
「すみません、ですが―」
 部下が報告したのはフランスが国々のために用意したホテルが急にストライキを起こして宿泊できなくなったということだった。今回の開催地の変更はあまりにも急だったため、宿の確保ができない国々が多かった。そのため、フランスが変わりに一括して宿をとったのだが。
ストライキなんて、お兄さん大嫌いなんだから!!


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