君の心に触れさせて

非日常の日常

授業中ではないにも関わらず、調理室からはコトコトという鍋の音が聞こえてきた。鼻をくすぐる匂いが、作っているのは野菜スープだよと知らせてくれる。あいつ、また無断で調理室を使ってやがるな。舌打ちをしてイギリスは調理室のドアを開けた。部屋の中でも良い匂いがする。目に入ったフランスパンがこの場にいる人物の名前を教えてくれた。その人物は暖かい野菜スープとチーズフランスパンを前にして嬉しそうに呟く。

「よし、いただきまーす!」
「このバカ髭! 勝手に調理室使うなって何度言ったらわかるんだよ!!」

嬉しそうな言葉が気にさわって思わずイギリスは相手の後頭部に持っていた教科書で殴りかかっていた。

「いてっイ、イギリス!何すんの!」

痛む頭をさすりながらフランスはいきなり殴りかかってきた犯人を見上げる。

「出来たてのお兄さんお手製スープが溢れちゃったらどうしてくれんの?」
そう言ってめっと言うとイギリスは話を聞けと言わんばかりに掴みかかってきた。

「お前…、何回俺に注意させれば気がすむんだ?」
そんなにかまって欲しいのかこの野郎、そしてそこは俺を呼び出して一緒に昼食を食べようっていうところだろうがバカ!
そんな彼の内心は全く持って相手に伝わっていない。実は一緒に昼食を食べたくてフランスを探していたなんて言ったら相手は喜んでくれるだろうか。キョトンとした顔でこちらを見ている相手を睨み付けるとフランスは検討違いのことを告げる。

「えっ、と、昼休み生徒会で何かするんだったっけ…? あっ、わ、忘れてた訳じゃないんだけど!」
慌てて謝罪の言葉をしどろもどろに告げてくるフランスを見ながら、イギリスは大きくため息をつく。こいつとは長い付き合いになるのに何でこんなに俺の気持ちはフランスに届かないんだろうか。そんなことを思うと、イギリスはため息をつかずにはいられない。

たっため息つかれた!
やばいなぁ…また機嫌悪くなられたら困るし、
フランスは素早くそう考えるとさっと立ち上がってイスをもう1つ用意しイギリスの手をそっと握った。
「とりあえずお席へどうぞ。」
そう囁き軽く腕を引っ張ると、イギリスはぽかんとした様子で簡単に引っ張ることが出来た。
そのまま肩を軽く押さえて座らせてやると我に帰ったのかかぁっと頬が赤くなった。

「なっな…」
そのままわなわなしてるイギリスの前に新しくよそったスープを置いてやる。

「イギリスも、はい。召し上がれ?」

「なっなん、なん、なんのつもっ、りだっ!」
真っ赤になってイギリスは怒鳴り散らす。しかし、フランスは彼をあっさり笑顔でなだめつけた。
「一人で食べるのは寂しいなぁって思ってたところだから、一緒に食べようよってつもり」
きれいに笑うフランスはイギリスに銀のスプーンを手渡した。それを受け取って、イギリスはチラリとフランスの横顔を盗み見る。相変わらず、その顔は綺麗でなんだか遠い存在に思えた。

 赤くなってるイギリスは可愛い。
「自信作なんだ。ほら、たべてたべて?」
 そう言うとようやくイギリスはぎこちない動きでスプーンを握り口に運んだ。

「…おいしい。」

 イギリスの口から思わず溢れた言葉に顔が緩む。


 これでご機嫌が良くなってくれるといいんだけど…


 相変わらず、フランスの料理は悔しいことに美味しい。呟いた言葉の後にイギリスは心の中でそんな言葉を付け加えた。
「そりゃあ、良かった。好きなだけ食べて良いからね」
 幸せそうにフランスが笑う。イギリスの隣で。なんだか錯覚してしまいそうだ。自分が隣にいるからフランスが幸せそうなのだと。しかし、そんな時間は長く続かない。
「お前は、本当に料理だけは美味いよな」
 なんだかそれが寂しくてイギリスは八つ当たりのような悪態をついた。

 二口三口と進んでいくスプーンにフランスは頬を緩ませ、ようとした所に聞こえてきたイギリスの呟きに頬がひきつるのを感じた。

 だけって何!?だけって!
「ちょっお兄さん他にも良いところ一杯あるでしょう!?」

 ひきつった勢いのまま即座に言い返す。

 するとイギリスもそれに噛みついてきた。

 あぁ、せっかくのスープがさめちゃうよ。

 それでもイギリスが相手なら俺は一歩も引くことはできない。それが俺たちの不文律。
 だから、フランスは思わず話の流れで思わず叫んでしまった。

「料理だけって言うけどベッドの中の俺も美味しいでしょうが!」

 飛び出た言葉は後の祭り。

 フランスの口からその言葉がでた瞬間、調理室の扉が音をたてて開いた。

 何いってんだよ、バカッ! 当たり前だろ、なんてイギリスは口が裂けたってそんなことは言えない。かわりに真っ赤になってなにかまた酷いことを言いそうになった。そんなときタイミングよく他人がここにやって来た。開いた扉の前に立っていたのはセーシェルとカナダ。どうも料理の匂いにつられてやって来たらしい。彼らは顔を見合わせて告げる。

「あーっと、フランスさん、なんか食べさせてくださいです」
 どうも二人は先程の言葉を聞かなかったことにしてくれるらしい。フランスがその言葉を聞いて顔を緩ませ、イギリスのそばを離れた。イギリスは、先程のフランスの言葉が気にかかっていたが、今更なんと言えば良いのかわからず、黙ってスプーンでスープを掬っていた。

「こっちにおいで。すぐに用意したげる」

 そう二人に微笑めば二人は喜色を浮かべ素直に示された席に着いた。

 本当にこの子たちは素直でいい子だと思う。
 っはぁ、そんな子たちに俺はなんてアホな発言を聞かせてしまったんだろうと軽く自己嫌悪に陥る。
とりあえず入ってきたのがアメリカでなかったことを神に感謝すべきだろう。

「はい。どうぞ。」
 二人ぶんの皿を手元に置き、促すと、セーシェルは待ってましたと言わんばかりに、カナダはおずおずと食べ始めた。
 その様子にひとまずほっと息を吐き出し当のイギリスを見る。

「なんだよ。」
 目があった瞬間睨まれてしまった。

 あぁせっかく仲直りできそうだったのに!

 でもこうなったら仕方がない。第3者がいるこの場ではイギリスは俺の可愛い恋人ではなく、生徒会長様なのだ。
「なんでもないです。それよりほら、冷めないうちにイギリスも食べてよ。」

 そう微笑むと憮然とした顔をしたもののまた、ぎこちなくスプーンを口に運び、

「あっ」

 突然何かを思い出したように手を止めた。

「てめぇだから勝手に調理室使うなっていってんだろうが!」

 怒鳴りつけるとフランスではなく、カナダとセーシェルがビックリしたらしく、スプーンを床に落としてしまっていた。しかし、フランスはこの程度では動揺の色すら見せなかった。いつもの軽い調子で答える。

「勝手じゃないよ。一応、許可とったもん。家庭科の先生らしき人に」
「らしき人って…、お前なぁ…」
 大きくため息をつくと相手も似たようなため息をつく。真似すんな、と睨みつければ鼻で笑われた。喧嘩売ってんのか。

「あっ、アメリカもよんでいいですか?」
 嫌な空気を敏感に感じ取ったらしいカナダが話をさえぎった。フランスはもちろん二つ返事でカナダの申し出に頷いた。美味そうに食べるセーシェルたちを見つめてフランスは楽しそうだ。なんで俺はあいつにこういう顔をさせてあげられないんだろう。イギリスはそんなことを思って自分の情けなさを呪う。

 なんで俺はイギリスを怒らせることしかできないんだろう…

 イギリスが素直じゃないから?
 俺がイギリスからの喧嘩は買わなくちゃとか思ってるから?

 どう考えてもどっちもか…

 優しくやさしく愛してあげたいのに上手くできない。1000年前から。
 せっかく頑張って恋人という位置を手にいれたのに。
 俺は、俺たちは、
「進歩がない…」
 ため息とともに思わず溢れた言葉。
 それが聞こえたのかイギリスの肩がぴくんと動くがフランスはそれに気づかない。

「やっぱり美味しいっすね!おかわり!」
「セーシェルは美味しそうに食べてくれるからお兄さん嬉しいな」

 明るい声でおかわりをつげるセーシェルにフランスも微笑む。
 それを見てカナダも
「ぼ、僕も!フランスさんの料理大好きです!」と声を掛けてくれる。

 その様子をひとり少し離れた所で見ていたイギリスが俺もと口を開こうとしたとき、扉が壊れるんじゃないかという勢いでばん!と音を立ててアメリカが転がりこんできた。
「フランスの料理が食べれるのってここかい!?」

 どうすればフランスを悲しませずにすむのだろう。
 どうすれば俺は素直になれるんだろう。スープをスプーンで掬いながらそんなことを考えているとふとフランスの呟きが耳に入ってきた。

「進歩がない…」

 その言葉に情けないことに身体が震えた。やっと、望み通りの関係になったのに、このままでは以前の関係に戻ってしまう。いつも俺はフランスに甘えてばかりで、どうして肝心なことが言えないんだ。このままでは、フランスだっていつか俺を見限る。そんなことにならないために何か言わなければ、と思い、イギリスは口を開きかけたが図ったようにやって来たアメリカに邪魔された。嵐のようにやって来た彼は当然のようにイギリスとフランスの間にわって入り、子供のようなことを告げる。
「お腹減ったんだぞ!」
「はいはい、今用意するよ」
 少し呆れたように告げられる言葉をアメリカは気にしない。イギリスは二人のやり取りを見ながら、けれど俺はあいつに何を言えば良いんだ、と考え込んだ。

 結局その場はその後なったチャイムで解散となってしまった。

 今は既に午後の授業も終了し生徒会室、の扉の前につったっている。

 この扉を開けたらつまりはイギリス とセーシェルがいるわけで、
 正直に言えばイギリスに会いづらいのだ。
 結局同じクラスにいるにもかかわらず調理室から今までイギリスとは話ができてない。目さえ会わなかった。
 タイミングの問題とは言え、故意に避けられてるような気がしないでもない。

「なんだか片想いしてるみたいだ。」

 おかしいな、恋人のはずなのに。

 ずぶずぶとはまる思考を頭を振って振り払う。

「いつまでもここにいたって仕方ないよね。」

 そう誰も聞いてない言葉を言い訳にしてフランスは生徒会室の扉を開いた

 フランスが扉を開けるとイギリスの姿は見当たらなかった。かわりにセーシェルが彼を出迎える。誰かから貰ったらしい菓子をほおばる彼女は小さな子供そのもので可愛らしい。
「ふぁっ! おそかったれすね、ふはんふはん!」
 謎の言語を告げる彼女を軽くたしなめ、フランスはわざとらしく部屋のなかを見回した。
「イギリスは?」
「俺はこっちだ」
 尋ねるフランスに、イギリスは生徒会室と扉一枚隔てて隣の給湯室から声をかけた。そこは特別にあつらえた部屋で普段はフランスが主に使っている。開きっぱなしの扉からフランスが入ってくるのを見ていたイギリスは、彼が部屋の中に入ってきた瞬間にした表情を見逃さなかった。セーシェルはイギリスに目をむけて不思議そうな顔をした。一瞬で彼が不機嫌になった理由がわからないからだろう。

 扉を開けた瞬間思っていた場所にイギリスが居なかったので思わず込めていた力が抜け落ちるのを感じたが、イギリスはばっちりここにいたらしい。

 …機嫌わるそー

 顔がひきつりそうになるのを慌てて笑顔にすり替えた。

「なぁに?イギリス。珍しいね。給湯室にいるなんて。」
 そう声をかけると「悪いか?」とぶっきらぼうな声が帰ってきた。

 あぁ帰りたい。でもここで帰ったら世界のお兄さん失格だろう…

「いや。じゃあお兄さんにも紅茶ね。」
 なるべくいつもの調子を心がけて声を掛けるとすぐさまセーシェルも
「私の分もいれるです!」
 と乗ってきてくれた。

 取り繕うようなフランスの言葉がちょっとひっかかったもののイギリスは素直に彼らの要求をのむことにした。滅多に頼まれないことを言われたせいもあるが、それと同時にこのままフランスと同じ空間にいたらまた酷いことを言ってしまうような気がしたからだ。

「…………ちょっと待ってろ」

 そっけなく返せば、フランスがほっとしたような顔をした。気を使われていることがありありとわかって情けないと思う。だが、だからといって簡単に素直になれる訳がなかった。情けなさとふがいなさが心の中を渦巻くが身体は完璧な仕事をする。三人分の紅茶を無事淹れ終わり、イギリスは彼らの元に戻る。どうすれば自分は素直になれるのだろうと考えながら。

 自分で頼んでおいてなんだけどこんなに素直に紅茶入れてくれるなんて思わなかった。
 フランスは給湯室に消えるイギリスの背中を見送り、セーシェルの隣に座った。

「おいしそう。お兄さんにもちょ―だい。」

「いいっすよ。」

 そう言って差し出してくれたクッキーを一枚食べると口に仄かなメープルの味が広がった。

「そういえば昼間一緒にいたもんね。」
 と問いかけると、
「この前お茶菓子に出して貰ったのが美味しかったって言ったらくれたんです。」
 と答えた。

 それにしても
「随分仲良くなったのね」
 会ったのこの学園に来てからでしょ?
 そう聞くと「はい!」と元気よく返事が帰ってきた。
 それだけで彼女にこの学園を勧めただけの価値があったと言うものだ。
 そんな風にセーシェルとカナダのクッキーを食べながら話していると両手にトレーを抱えたイギリスが戻ってきた。
 その姿にさっと立ち上がるとイギリスからトレーを受け取る。
「ありがとう。手伝うよ。座って?」

「あぁ、シュガーいるか?」
 フランスの顔を見ると口から余計な言葉が飛び出そうなので、少しうつむきがちに尋ねた。紅茶の乗ったトレイを手渡すとフランスは手際よくカップをセーシェルの元へ運んだ。
「いるっす!」
 元気よく答えたのは彼女だけだ。不安そうな顔をしてフランスがこちらをみる。
「俺、取ってこようか?」
「いや、座ってろよ」
 告げてフランスたちに背を向ける。やれば優しくできるじゃないか。イギリスはそのことに自分自身でも少し驚いていた。

 …一度も目が合わない。
 やっぱり午後のは意図的だったんだ。

 そうわかった途端さっきまで奮い起こしていた心がしわしわと萎んでいくのを感じる。
 それが分かりやすかったのかそんな俺を見て隣でセーシェルがあたふたしている。
「ふ、フランスさん!もう一枚クッキー食べるです!」
 それを受け取って口に含むと広がる暖かい味に何だか泣きそうになる。
「ありがとうセーシェル。」

 あぁ今度はちゃんと笑顔が出来た。

 イギリスがシュガーポットを持って生徒会室に戻るとフランスが少し落ち込んでいるように見えた。また、俺、何かやったのか…。先ほどの成功の喜びはあっという間にどこかに飛んでいってしまう。
「イギリスさんも食います?」
 イギリスからシュガーポットを受け取ったセーシェルが気を使っているのかそんなことを尋ねてくる。それを断ってイギリスはそそくさと紅茶のカップを持って自分の席に戻った。妙な沈黙が部屋の中を支配する。

 イギリスが席に戻ってしまったのをきっかけに一瞬のにわかお茶会は終わり今はそれぞれが自分の机で書類を片付けている。

 …沈黙がいたい。

 イギリスが押し黙ってもくもくと書類を片付けているおかげで誰も一言も話せないでいた。

 その中でキョロキョロと不安げな顔で仕事をしているセーシェルに心の中でごめんと呟く。

 小さな南の島の可愛い妹分。
 世界のお兄さんとしてはダメだよね。こんなに迷惑をかけて。

 でも、目下の問題はイギリスである。

 もう、俺のこと好きじゃなくなったのかな?

 俺のこと嫌いになっちゃった?

 沈黙が痛いよ。イギリス。


 沈黙ばかりが饒舌だ。セーシェルはキョロキョロ辺りを不安げに見回す小動物のようになっている。フランスをちらりと盗み見すれば、泣きそうな顔をしていた。しかし、何て声をかければ良いのかわからない。 紅茶が美味かったかとか、クッキーは美味いかとかたわいもないことすら喉の奥から言葉が出てこない。
 謝れば良いのだろうか。
 しかし、何に? 素直になれないことか、ひどいことをいってしまったことか、それとも。思い当たることが多すぎて今さら何を謝ればいいのかわからない。
 好きなのに、とイギリスは思う。フランスのことが好きなのに。その気持ちばかりが自分の中で膨らんでいく。

「あっ、ちょっとトイレいってくるっす!!」

 沈黙を破ったのはそんなセーシェルの言葉で彼女はまるで沈黙から逃げるように部屋を出ていった。

 ばたんっ。

 セーシェルが飛び出た後部屋の沈黙がより一層重くなった。

 それに耐えきれなくなったのは俺のほうだった。

「ねぇ、イギリス。紅茶ありがとう。おいしかった。」

 なるべく無難な会話をと考えた結果がこれだった。
「カナダのメープルクッキーにも合ってておいしかったよ。たまにしか入れてくれないけど本当にイギリスの入れた紅茶はおいしいよね。」

「そっ、そうか。まっ、また淹れてやらなくもな…、淹れてやるよ」
 告げられた言葉に、なるべく素直に、素直にと思いながら答えた。視線が斜め下に行くのは目があったら、ダメになるような気がしたからだ。今の気持ちが、多分、あの青い瞳を見てしまったら簡単にどこかに行ってしまうのだろう。好きだと思うたび、イギリスは裏切りに怯える。嘘に怯える。フランスが離れていってしまうかもしれない妄想に怯える。それなのに、口から出る言葉は彼を傷つけるばかりだ。好きだから、素直になりたい。そうしたら、フランスも俺のとなりで笑ってくれる。イギリスはそんなことを思って自分に暗示をかける。フランスが口を開く。

「イギリス………、なんで」
「なんだよ」

 書類に視線を落とす。けれど、その内容はさっぱり頭に入らない。

「なんで、こっち見ないの?」

 部屋の中に霧散していく頼りなさげな言葉に驚いて慌てて顔をあげると、そこには瞳に涙をためたフランスがいた。彼はまっすぐにイギリスを見ていた。
Copyright (c) 2009 All rights reserved.