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 空の青。木々の緑。色とりどりの花々。お母様の青いドレス。ユーフェミアお姉さまの桃色の髪。お兄様の紫の瞳。
 幼い私にとって、たくさんの色に溢れるこの世界はとても眩しくて、美しい世界でした。見るもの全てが新しく、興味をそそるものばかりで、アリエスの離宮を駆け回ってはお兄様に心配ばかりをかけていました。
 そんな毎日はとても楽しかった。楽しいことが当たり前でした。

―あの日までは。

 ある日目覚めたら私は光から隔絶された闇の中にいました。いっぺんの光も射さぬ暗い闇が支配する世界。

 怖かった。

 目を開いているのに何も見えなくて、恐慌状態に陥った私は闇雲に何かを掴もうと手を、持ち上げようとしたけれど身体はずしんと、みじろぐことさえ困難なほど重くのしかかり、なぜか足はぴくりとさえ動かなくて…

「ここ、どこ?おにいさま、おかぁさ、おかあさまぁ!どこ、どこですか!?ぃゃぁ、なにも、なにもみえないっこわい、こわい、こわいこわいこわい、いやぁああぁぁぁ!おにいさまぁぁぁ」

 落ちた体力ではかすかな声にしかならないながらも、ただただ泣き叫ぶことしかできませんでした。

「先生、患者が…」
「鎮静剤を投与しろ。」

「いや、だれ?だれですか?いや!さわらないでっいや!たすけて!たすけて!おにいさま!おかあさまぁああ!」

 声さえも通さぬ分厚いガラスの向こう側でお兄様が必死で名前を呼んで下さっていたことも、お母様がもうこの世にはいらっしゃらないことも、私は何も知らず、ただなぜお兄様は、お母様は助けに来て下さらないのかとそう嘆きました。

孤独も憎悪もお兄様一人に背負わせて、私は何もしりませんでした。

「ナナリー陛下?」
 名をよばれ意識が休息に今へと戻ってくる。視線を上げると執務机の向こう側で漆黒の衣服を纏ったゼロが書類を片手に立っていた。
 ゼロ。お兄様を殺した男。
「すみません。ぼぅっとしてしまいました。」
「お疲れなのではありませんか?」
「いいえ。私は大丈夫です。ゼロこそお疲れなのではないですか?」
 そう言ってナナリーはゼロを見るがその仮面はゼロの表情を覆い隠し顔色を窺わせない。それでも、顔色が見えない、その状況に何の不自由も感じることなくナナリーにはゼロのことがわかった。そう、たとえその顔の形も、瞳の色も、髪の色も何もわからなくとも。
 たとえ目が見えなくても、お兄様と、そしてあなたのことならば私には分かる自身があるのですよ、スザクさん。
「ゼロ。明日から一週間休暇をさしあげます。」
 ナナリーはすっと背を伸ばし皇帝としてゼロに告げた。
「ナナリー様!?」
「これは決定事項です。」
 ナナリーはこれ以上反論は聞かないというように視線を手元の書類に移した。
「私に休息など必要ありません。世界はいまだ混乱をなくし切れていない。私に休息をとる時間は必要ありません。」
「いいえ。ゼロ、あなたは先帝崩御より今日までずっと働きづめでした。貴方には休息が必要なはずです。」
 仮面で見えなくてもきっとゼロは、スザクは苛立った表情をしているのだろう。それでも、ナナリーにも譲れないものが合った。スザクの体力がどれだけあっても24時間、365日、ずっと気を張り続けていることはスザクの心身に多大な負担をかけているはずだ。

 たとえそれがお兄様と貴方との約束なのだとしても。

「ナナリー・ヴィ・ブリタニアが命じます。ゼロあなたは一週間休みをとりなさい。」
 尚言い募ろうとする空気にナナリーは凛とした声で言い放った。
 その言葉にゼロの肩は目に見えないくらいぴくんと震えてそのまま静かに一礼して去っていった。
 ゼロが出て行った扉がパタンと閉まると同時にナナリーの肩がふっと緩んだ。
 一度だけ聞いたお兄様の言霊。
ギアスの影響で前後の記憶はあやふやだけれどその言葉は耳に焼きついたように残っている。絶対遵守の力。

ナナリーはペンを下ろすと車椅子をからからと動かし締め切った窓を開け放った。
空の青。木々の緑。色とりどりの花々。二度と見ることはないと一度は諦めた世界。
「ねぇお兄様、世界はこんなにもたくさんの色で溢れていたのですね。」
 お分かりになられますか?これがお兄様の作った優しい世界です。
この世界が見えていますか?
 悲しいことも、辛いこともあるけれど人々がきちんと選んで明日を紡ぐ皆に優しい世界です。
 全部、全部、お兄様が下さったのですよ。
 私のため、世界のため、人々の明日のために…


 世界に色が溢れる (分かるかな、全部君がくれたんだよ)


 あぁでも、
 お母様の青いドレス、ユーフェミアお姉さまの桃色の髪、

 そして、お兄様の優しくて綺麗な紫の瞳。

「お兄さま…」

 この美しい世界に二度と戻らぬ『色』。
ナナリーはそうすればもう一度会えるのだと言うようにそっと瞼を閉じた。


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悲しみも寂しさも憎しみも苦しみも自分の内にとどめ、
他者に悟らせること無く凛と胸を貼る。
私の中のナナリーのイメージはそんな女性です。