くるしみもかなしみもぜんぶなくなっちゃえばいいのに。
殴られて蹴られて痣だらけの体を丸めてフレンは唇を噛み締めた。
暗い倉庫の中でそこだけ切り取られた青い空はどこまでも遠くまで続いている。
(ユーリ…)
この空の下キミは今何をしている?
ザーフィアスの下町?ラピードと一緒にいるのかな?
この青い空に羽ばたく鳥のように自由が似合うキミ。
騎士団を離れる、とそう言ったキミに僕は行かないで、とも、さっさと行っちゃえ、とも、何も言えなかった。だって何を言おうとも、キミはその決意を曲げたりしないとわかってしまったから。だからこそ僕はシゾンタニアの橋の上で君を見送った。
一人騎士団に残った僕の次の任地は湊町カプア・ノーム。評議会員が執政官を務めるこの町はナイレン隊とは違い貴族至上主義の風潮が強い隊だった。
傷ついた体をそっと起こすと傷んだ体がミシミシと悲鳴をあげる。この隊に配属されて以来繰り返されるリンチにフレンの心は渇ききっていた。殴られるたび、蹴られる度に何かが失われていく。最初は恐怖と絶望で荒れ狂っていた心はもう何も感じなくなっていた。
それでもこの場所に留まっていられるのは…
「ユーリ…」
二人で誓いを立てた日が遥か彼方に感じられる。
「会いたいよ、ユーリ…」
シゾンタニアを離れ暫くした後にユーリから下町に帰ったと手紙があった。ならば今も君はそこにいるのだろう。下町はキミの、いや僕らの家族そのものだから。
ユーリが下町にいるなら、ここカプワ・ノームからの距離は大したことはない。何せ同じ大陸に居るのだ。
少し手を伸ばせば君は手の届く所にいる。なのにこの薄暗い倉庫から幾ら手を伸ばそうともこの手がユーリに届くとは思えなかった。
ユーリ、ユーリ…ユー、リ…
君の名を呼ぶ。届かないとわかっていても。キミの名を呼ぶ、それだけで暗い夜空を照らす明星のように闇に覆われたフレンの心を照らしてくれた。
ガチャ
扉の開く音にフレンの体が震えた。
複数の足音にフレンは振り返る気にもなれない。フレンがここにいることを知っているものは限られている。
ガッ
横たわる体勢はそのままに容赦なく背を踏みつけられた。
「〜っ!」
ユーリ、ユーリ、ユーリ!
君の名を呼ぶ。
完全に闇に呑まれてしまわないよう、たった一つの希望にすがり付くように。
君の名を呼んだ。
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