緋い絶望



絶望に色があるならきっと赤い色をしているんだと、そう思った。

見渡す限りの赤、紅、朱、緋、あか、アカ。視界が赤く染まるっていく。あの日、俺はただ一人生き残った。
あの時、国と一緒に滅べたらどれだけ幸せだったんだろう…

「ん、はっやぁ!」
与えられるおぞましい感覚に意識が引き戻された。
毎夜繰り返される悪夢。身体を這いずり回る手、体の奥の奥まで犯される。
舐めて、吸われて、貫かれる。その全てが気持ち悪くて肌が粟立つ。それでも慣らされた身体は快感拾い集めて、
「あっ、あっ!」
抑えきれない声が部屋に反響する。こんな声、俺じゃない。聞きたくない。知りたくない。そう思った瞬間与えられた強烈な刺激に声にならない悲鳴を上げて思わず手が宙をさまよった。それはまるで見えない誰かに助けを求めるかのようで…
しかしこの手が誰かに助けを求めることはない。
誰も助けてくれる人なんて、いない

12のときに国が滅ぼされた
小さいけれど豊かな大地を持つ国。いずれは俺が継ぐはずだった国。
王族として生まれ何不自由なく育った。やさしい父、美しい母、仲の良い兄弟。暖かな家族。
しかし、その幸せはたった一晩で絶望に変わった。
血に染まった城。俺はたった一人生かされ隣国に連れて行かれ、国王の前に引きずりだされた。

俺の国を、家族を、その幸せのすべてを壊した憎むべき相手が目の前にいる。心に満たされた憎悪が爆発するかのように暴れまわった。が、腕はきつく縛られ身体を衛兵に押さえつけられて身動きすらとれない。

国王がゆっくりと近づいてくるのを俺は憎悪の瞳でにらみつけた。
「これが、かの国の至宝か。」
俺はこの時言われた言葉を永遠に忘れはしない。
「なるほど、噂どおりだな。緑豊かな小国。しかし、その宝玉は美しき緑にあらず、美しき王子の蒼穹の瞳であると。」
「なぜ貴国を滅ぼそうと思ったか分かるか?なぜ貴様が生かされたかわかるか?分かるまい。私は美しいものがすきなのだ。美しいものはなんでも、手に入れたいと思う。貴様がいるから貴国は滅びたのだ。欲しかったのは貴様だ。」

そしてこの晩俺は初めて身体を開かれた。

俺のせいで国が滅びた。たくさんの人々が、家族が死んだ。
俺のせいで。

無理やり開かれた身体の痛みは、されど心の痛みに勝るものではなかった。
愛玩奴隷にするためだけに生かされた俺は今夜も王に身体を開く。

絶望に支配された俺のたった一つの心のよりどころは一人の少年だった。
アーサーと名乗った数いる王子の一人。
その日も昨晩無理やり身体を開かれた痛みに朝から身動きすることもできず寝台でぐったりとしていた。身動きするたびに手足につながれた鎖がシャランと音を立てる。
目を閉じれば思い出すのはやさしい家族と暖かな緑の大地。閉じられたまぶたの端から涙が流れる。と、するっと涙がぬぐわれる感触にフランシスは慌てて目を開いた。
飛び込んできたのは故郷に良く似た新緑の輝き。
「おまえ、誰だ?泣いてるのか?」
その少年は不器用で、素直じゃなくて、少し乱暴で、でもとてもやさしかった。
少年と昼の時間を過ごすようになり分かったことがある。この国にはたくさんの后とその子供がいること。アーサーのお母さんは出産後亡くなっていること、アーサーが、その後ろ盾の弱さゆえに兄弟にはいじめられ、后たちからは陰口を叩かれ、一人ぼっちだということ。初めてアーサーに会ったあの日も兄弟にいじめられ追いかけられ逃げているうちにこの部屋にさまよいこんだということ。

憎き王国の王子なのに、憎むべき相手なのに、俺たちは孤独という共通点を持ち仲良くなった。しかし、アーサーは毎夜父王の寝台で行われている忌むべきおぞましい悪夢を知らない。
その瞳のように純粋な少年。それに対して穢れきった自分。

優しくされることをしらない哀れな子ども。唯一優しくしてくれた俺にただただ無垢な瞳を向け、懐いてくれた。俺の心のよりどころ。そんなアーサーに対して自分がどう思っているのかその醜い心に気づいたとき、俺は目の前が真っ暗になった。その頬を撫で、その身体を抱きしめて、その唇に触れたいなんて。
己にとって最も忌むべき行為をアーサーに求めていると知った自分に絶望した。

***

アーサーにだけは知られたくなかった。隠し通せるものではない。だがそれでも俺はお前には知られたくなかったよ。

ある夜、もう慣れたかのように今日も俺は王の寝室に横たわっていた。体中を這い回る指や舌がおぞましくて仕方がない。
その時扉を叩く音がした。行為の最中に王の側近が来るのは珍しいことではない。でも、
「父上、よろしいでしょうか?」
この声!
「入れ。」
それは絶望へのカウントダウン。
情事の臭いが色濃く漂う室内にアーサーが眉をしかめるのが見えた。
気づかないで、見ないで、知らないで!

「ほう、よほど見られたくないと見える。」
「あうっ!」
あごを持ち上げられアーサーの方を向かされた。アーサーの表情が驚愕に彩られる。そのまま身体を起こされた。
「な、や!やぁ!やめ、離してください、離して!!」
俺の悲鳴がむなしく響き渡る。
繋がったまま身体を起こされ、いきなり角度を変えて中をすられ嬌声がこぼれる。それでもこんな声を聞かれたくなくて必死で唇を噛むが与えられる刺激が強すぎて唇の隙間からあっけなく声が零れ落ちた。
「い、いや、いやぁ、っぅ、んっ、んぁ、ぁ、あっ」
起こされた身体はそのままにアーサーに向けて足を広げられた。その格好のまま思いっきり身体を揺さぶられる。
「あ、ああぁ、や、いやだ!」
その結合部でさえ見えてしまう体勢にフランシスはただただ悲鳴を上げた。
アーサーは凍りついたように一歩も動かない。驚愕に開かれる瞳を見ていたくなくて必死に顔を背けようとするが背後からあごをつかまれ強制的に前を向かされる。
「う゛ぅ、ん!み、ないで、見るな!!」
必死の願いは届いたのだろうか。覚えているのはアーサーの驚愕に彩られた、故郷と同じ緑の眼。激しく攻め立てられて気を失うまでフランシスは「見ないで」と叫び続けた。
知られたくなかった。
フランシスがこの城にいる理由。
穢れたこの身体。
フランシスは自分の身体をぎゅっと抱きしめてうずくまった。

あの晩以来アーサーが来なくなった。アーサーに真実を知られたあの夜から一度もアーサーの顔を見ていない。探しに行きたくともつながれた鎖が邪魔をする。この鎖がはずされるのは王の寝室に呼ばれるときだけだ。それ以外は勝手に部屋の外にでることすらできない。

かごの鳥、か…
フランシスは唯一取り付けられた小さな窓から空を見上げる。

「アーサー…会いたいな…」

鳥かごの鳥は待つことしかできない。




随分昔に茶会に落とした若さゆえの過ちなエロをちょっとリメイク入れてみました。
われながらひどすぎるorz 自分の頭の中では連載できるぐらいの設定があったりします
これはプロローグ的気持ちで書いてしかも力尽きました。
この続きを英仏にするか仏英にするか当時の茶会でも意見が分かれました 笑
でも本当これは若さゆえの過ち。


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