初恋の君へ



ふわぁあ
月曜日の朝。新しい1週間の始まりの日。1時間目の授業が終わった教室はどことなくけだるい雰囲気で満たされていた。その雰囲気の中に同じくけだるそうな雰囲気を隠しもせず大きなあくびを浮かべる友人にスペインは背中から奇襲をかけた。
「なぁに、眠そうな顔してんの。」
突然後ろから抱きつかれた友人、フランスは目をぱちくりと瞬かせ驚いたように振り返った。
「だって、眠いし。」
その二人に誘われてもう一人の友人プロイセンが近付いてきた。
「さては、昨日、」
なんだか一人勝手にわかってますというようにニヤニヤしてくるプロイセンにうっとうしいとばかりにフランスはしっしっと手を振る。
「さては、何?」
そういうフランスの顔には押えきれない朱がさしておりその姿を見たスペインとプロイセンはいいものを見たとばかりにニヤリと目を交わしあった。
「なんやなんや!さては昨日はお泊りですか?」
「ケセセ、お盛んなことで。」
どう考えてもおっさんのセリフだ。それでもそれは正解で、フランシスは目を泳がせる。
「二人には関係ないでしょー?」
「なんだよ、本当にそうなんだ!」
プロイセンは自分から聞いておいて本当だとわかった瞬間頬を染めた。
気色悪い。だったら最初から聞くなっつの!
フランスはそう心の中で愚痴るが声には出さない。いや、それだけでなく何も言うもんかとそっぽを向いた。
クラスメイトであるフランスが同じくクラスメイトのイギリスと付き合っているということは周知の事実だ。さらに二人がいわゆる体の関係を持っていることも周知の事実なのである。ところがいつもは率先した猥談を振ってくる彼がイギリスと付き合いだしたとたんぴたりと口をつぐむようになった。
正直気になるのだ。二人とも。
「な、なぁ。」
「なに?」
「どうなんだよ?」
「何が?」
「だからさ、ほら、あれだよ」
「だから、何だって!?」
伺うようにされどぐずぐずとはっきりしないプロイセンにいい加減鬱陶しくなってフランスが声をあげる。
「ほら、だからその、」
「だからプーちゃんは男同士のSEX、もといイギリスのあっちの具合はどうなんだって聞きたいんやって!」
それでもはっきりと言い渋るプロイセンにスペインが合いの手を入れた。
正直ちょっとKYもすぎる最悪な方法で。
「そ、そんなこと聞いてどうすんの!!」
案の定目を見開いてフランスが焦る。すぐさまその目は辺りをきょろきょろ見回すと目的の姿がないことにほっとしたように詰めていた息をはいた。
「ちょ、もう!坊ちゃんがいたら殺されるところだったでしょうが!馬鹿スペイン!!」
「えー?せやかて気になるわ〜。あのイギリスやで?あのイギリスがどんな風に喘ぐんか興味あるわ〜。」
焦るフランスをよそ目にスペインは後ろから抱きつく力を強めのんびりと聞きなおした。
「そ、そんなのはお兄さんだけが知っていればいいの!ちょ、放してくんない!?」
「逃げよう言うたかてそうはいかんで?」
「そうそう。きっちり話してもらわねーとな!ケセセ!」
そんな風に教室の隅でバタバタしていると。
「―フランス。」
底冷えのするような感情のない声がフランスの名を呼んだ。それは3人にとってとても聞き覚えのある声で、
「イ、イギリス!!」
少し裏返ったような声を出すフランスが振り返るとそこにはこの学校の生徒会長でフランスの恋人、イギリスの姿があった。
「い、イギリスやん?職員室行っとったんちゃうの?」
「あぁ?職員室行って教室帰るのにテメェの許可が必要なのかよ?」
スペインがひきつった顔で声をかけるとフランスの名を呼んだ時より数倍低い声で返事が返ってくる。
「いや、せやんな。」
「ってかいつからいたんだ?」
あまりの機嫌の悪さに何も言い返せずうなずくだけのスペインに代わりプロイセンが質問する。
正直3人ともそこが一番気になっていた。
「あぁ?なんだよ。俺に聞かれたくないことでも言ってたのかよ?」
そう返すイギリスに3人は胸をなでおろした。とりあえず先ほどの会話は聞かれていなかったようだ。でも、ならなんでこんなに機嫌悪いんだ!?イギリスを苦手にしているスペインなんかはもはや逃げ腰である。
「いや、別に何も。ただちょっと、ね?」
取り繕うように笑うフランスにイギリスの眉間にはまたしわが深く刻まれる。
と、そこに救世主のようにチャイムが響きわたった。
「もう、いい。」
そう言ってふいっとイギリスは自分の席に去った。
「あぁ〜もう。拗ねちゃったじゃんか!どうしてくれるの!?八つ当たりされるのはお兄さんなんだからね!?」
頭を抱えてフランスがうめく。
「わりぃ!」「わるい!」
さすがにフランスが可哀想になったのかスペインもプロイセンもフランスに謝って席に戻った。なぜなら今までさんざん八つ当たりだなんなりであざや傷を作って帰ってくるフランスを知っているからだ。

すまなさそうに席に戻る二人を見送りフランスはほっと一息ついた。坊ちゃんの機嫌を悪くさせてくれたことは腹が立つがこれで当分は余計なことは聞いてこないはずだ。

(イギリスの喘いでいるのがどんな風か?んなこと言えるかっつの!!)

昼休み。やっと午前の授業が終わり各々が自分の好きな場所でお弁当を広げ始めた。天気は快晴だ。スペインとプロイセンも屋上で買ってきたパンや弁当を広げていた。
「それにしてもフランスはどこに行きやがったんだ?」
「授業終わってすぐどっか消えてしもたんや。まぁそのうちひょっこり戻ってくるやろ?」
授業が終わってすぐスペインとプロイセンが終わった〜と身体を伸ばし手入る隙にフランスは忽然といなくなっていた。
「それにしてもええ天気やわ〜」
スペインが真っ青な空を見上げてトマトジュースを口にする。
「これで庭の畑もよう育つ。」と、目線を下ろした先に見知った姿を見かけた。
一般教室塔の屋上からは生徒会室がよく見えた。その生徒会室の窓ガラス越しに見慣れた姿がある。
「なんや。プーちゃん、フランスおったわ。」
その姿を視界に納めながら隣に座っていたプロイセンに声をかけた。プロイセンが言われた方を向くと、そこには見慣れた金髪の後姿。
「あ、生徒会の仕事があるなら言いやがれってんだ。」
プロイセンがその姿を見ながらごちると首をかしげた。横を見るとスペインも首を傾げてる。
「なぁプーちゃん、あれって。」
「あ、あぁ。」
二人の目線の先ではフランスがじわじわと手を前に突き出しつつも後退していた。
「ケンカ?」
「今朝の俺たちのせいかな?」
そうしている間にもすぐにフランスの背は窓ガラスにあたり背中が窓ガラスぴったりにくっついた。その隙を逃さずにフランスの両サイドに誰かの手が付かれフランスは逃げられなくなった。その正体はすぐに分かった。じわじわとフランスを追い詰めるように近づく姿がスペインたちの視界に入ったからだ。案の定その部屋の主、生徒会長でもあるイギリスの姿が目に入った。
「あちゃー。」
これは今朝の八つ当たりか!?とスペインとプロイセンが頭を抱え、ようとしたその時、
「え?」「あ…」
二人の間の抜けた声が響いた。
驚きのあまり思わず凝視してしまった視界の向こうではイギリスがフランスに口付けていた。先ほど両サイドに付かれていた手はいつの間にかフランスの手を窓に縫いとめるように握り締めている。
「うわー。生チュウやん。見たないわー。それにしてもあのイギリスからさせるとか驚きやわ。」
そういいつつもばっちし野次馬しているスペインが横を見るとプロイセンが真っ赤な顔をしていた。
「ちょ、自分何そんな照れてんねん!」
スペインが驚いて突っ込むとプロイセンは恥ずかしそうに「な!べ、別になんでもねーよ!」と声を上げた。きっとこの姿を当のフランスが見たらこれだから童貞はと言うに違いない。
とはいいつつも二人とも目線はしっかり生徒会室だ。ぶっちゃけ興味津々である。あの大英帝国様がフランスの下でどう豹変するのか気にならないわけがない。
視線を生徒会室に戻すとふたりはやっと長い口付けを終えたようでお互い息を切らしているようだ。
先に動いたのはイギリスだった。軽く触れ合うだけのキスを繰り返す。唇だけでなく頬に額にまぶたに、フランスはそれをくすぐったそうに顔をそらした。そのため無防備に晒された首筋にイギリスの唇が触れる。フランスの肩が跳ねた。イギリスはそのまま吸い付くように首筋に口付けを残す。いつの間にか絡めあった指先は解かれてフランスの指は目の前にあるイギリスのブレザーを握り締めていた。
「…あれ?」
「なぁ、なんか、」
その様子を見てスペインとプロイセンは首を傾げた。
そうしている間にもイギリスは一つ一つボタンをはずしてフランスのシャツをはだけさせた。何をしてるんだろう、こちらから伺えないがフランスの体が時折ピクンと震える。思わず二人が目を凝らしているとフランスの体から少し離れたイギリスとガラス越し目があった。
「ちょ!」「まずっ!」
ヒヤリと二人に冷や汗が流れる。ちょ、殺される!二人が焦っているとイギリスは何を思いついたのかニヤリと笑ってフランスに深く口付けた。イギリスが腰と頭に手を回し、深く深く口付けるとフランスも応えるようにイギリスの首に手を回した。口付けを終えたイギリスはフランスの身体を反転させて窓にその身体を押し付ける。こちらを向いたフランスは長い口付けに頬を上気させ掴み所のない窓にすがりついていた。
これは…
「なぁ、スペイン…」
「なんや?」
「これって…」
「なんも言うな」
「どう考えても、」
「何も言うなって」
「フランスが、入れられるほう、じゃ、ね?」
「言うなっていってるやん!!」
イギリスの手はフランスの胸の飾りに触れていた。日差しを受けてきらめく金糸の合間に見える耳を舌でなぞりながら飾りを押しつぶすとフランスは感じたのか身体を大きく震わせた。こんなに離れていては聞こえないがきっと生徒会室ではフランスの甘い声が響いているに違いない。イギリスの手は体のラインを撫でるように下腹部へ伸ばされた。片手で器用にスラックスをくつろげて行く。その間、もう片方の手は絶え間なくフランスの胸の飾りをいじり続けていた。シュルリとベルトを引き抜かれくつろげられたスラックスはストンと重力にしたがって落下した。下着の上からイギリスの手が下肢を撫でるとフランスはいやいやというように首を振った。遠目からでもフランスの下着がテントを張っているのがわかる。イギリスが下着を下に引っ張るとフランスのものがふるりと震えて飛び出した。恥ずかしいのだろう、フランスがいやいやというように身体を縮める。当然だ。フランスの眼下では生徒たちが中庭で思い思いの昼休みを過ごしているのだ。誰かが少しでも見上げれば何をしているかは一目瞭然になる。だってこの時点ですでに二人には見られているのだ。イギリスはその二人に眼をやった。気づかれたのは分かっているだろうに二人は未だにフランスから目を離せないようだ。仕方がないことなのだろう。フランスの媚態を見せられて魅了されないものなんてこの世のどこにもないとイギリスはそう思う。
(こ れ は お れ の も の だ)
唇の動きだけで二人に伝えるとイギリスはフランスを床に引き倒した。
急に二人の姿が見えなくなる。その一寸前によこされたイギリスの言葉にスペインはカッとなった。これはおれのものだなんて、
「腹立つわ」思わずこぼれた本音に更にスペインは眉間にしわを寄せた。不可抗力で膨らんでしまった下肢に更に眉間にしわが寄る。この後どんな顔して会えっちゅうねん!!!
スペインがいらだたしげに横を見やるとプロイセンが真っ赤な顔をして姿の見えなくなた窓を見ていた。
「ありえねー。」
「何がや?」
「勃っちまった…」
「…」
プロイセンが泣きそうな顔で次会ったときどうすりゃいいんだよと呟くのにスペインも深く同意せずにはいられなかった。
昼休みの終わりを告げるベルが鳴るまで二人はその場を動けなかった。
午後の授業が始まるギリギリに教室に駆け込むとすでにイギリスが自分の席に着いていた。フランスの姿はどこにもない。そらそうやわな。あんな、って思い出したらあかん!思い出したら何かが終わる!俺の中の何かが終わってまうー!!!
スペインが頭を抱えているとふっと周りが暗くなった。スペインが顔を上げると、
「げ、イギリス!」
いつの間に授業が終わったのかイギリスが目の前で仁王立ちになっていた。
「そういうわけだ。スペイン。あれは俺のものだ。だから馴れ馴れしく触んじゃねー。」
あまりにも爽やかな笑顔で告げられた言葉にぎしりと音を立ててスペインは固まった。
朝怒っとったんは俺がフランスにくっついてたせいか!?しかも、まさか昼間のあれは、
その仕返しかー!!!!!

「あ、ちなみにこのことは他言無用だからな。言うわけ、ないよな?」
満面の笑みと共に告げられる言葉の裏からもう一回アルマダ沈めるぞという脅しが聞こえた気がしたのは気のせいじゃないと思う。

忘れたはずの初恋が心の隅で涙を流す音を聞いた。




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