魔女の泪

 



 廊下を歩いていると反対側から黒の仮面を握り締めた男が歩いてきた。
 終わったのかと聞こうとして、やめた。
「スザク。」
 変わりに名を呼んだ。
「…君に任せた。」
 だが足を止めるでもなく、スザクはただすれ違い様にそう言い残して去って行った。
その言葉に思わず少し固まったが慌てて振り向くと既に手を伸ばしても届かないところまでスザクは歩を進めていた。
呼び止めることも声を掛けることもできなかった。ただ見送った後姿は今にも切れてしまいそうなほど張り詰めていて、あぁあいつはまだ18の餓鬼なんだと忘れていた事実を思い出した。
「じゅうはち…まだ餓鬼だな。」
 それはスザクだけではない、今から向う先にいるアイツもそうだ。いや、あいつは誕生日を迎えていないからまだ17か?
若すぎる。もう数えるのも億劫なほどの長い時を生きてきた自分からすれば若すぎて眩暈がしそうだ。
餓鬼なら餓鬼らしく青春でもしていれば良いものを。もう止められないと知りつつもそうしてくれていればどれだけ良かったか、と柄にもなく思った。
 先ほどのスザクの言葉が肩に圧し掛かる。まさかスザクがルルーシュのことを任せると言うなんて、責任重大だなとこんな時なのに少し笑えた。
終焉の時はもうすぐそこまで来ている。

「ルルーシュ。」
 辿り着いた先に彼はいた。誰もいない玉座の間はガランとしていてどこか寂しい。ルルーシュは玉座に座るでもなく謁見の場から見上げるように誰もいないその場所を見つめていた。
その背中はひょろひょろで頼りないくせにたくさんの重圧と悪意、そしてわずかの希望を背負いながら凛としていて、切なかった。
「怖いか?」
「何?」
「怖いかと聞いている。答えろルルーシュ。」
 愚問なのかもしれない。これから死ぬ人間が怖くないはずはない。死とはそういうもののはずだ。私にはもう、分からないけれど。
それでも聞いてみたかった。今何を思っているのか。その口から。
「らしくないな。C.C.。魔女の台詞とは思えない。」
「答えろ。」
 そんなはぐらかしで引き下がってやるつもりはなかった。明日私とスザクはここを離れる。私は逃亡者としてスザクは鬼籍のものとして。
ルルーシュの元を離れその時を待つ。
 きっと、ルルーシュに会えるのはこれが最後となるだろう。
 だからこそ、スザクに託された分も私はルルーシュと向き合いたかった。
 最期に、死に逝く者を導くのは魔女の勤めだ。

「怖くはない。」
「意地っ張りの餓鬼が。素直に怖いと言ってみたらどうなんだ。」
 あまりにも穏やかな瞳で答えるものだから腹が立った。
まだ17の癖に、まだほんの餓鬼の癖にどうしてそんな穏やかでいる。
死とは苦しい。苦しいのだ。息が事切れることも、奪われる体温も、動かなくなる体も。
全部、全部知っている。
 だから、
「怖くはない。一人じゃないからな。」
 それでもルルーシュは、この大馬鹿者は穏やかな表情を崩そうとしない。
「人間は一人で生まれ、一人で死ぬ者だ。」
「それは違うな。人は望めば愛するものと死ねる。」
「そんなもの詭弁にすぎない。」
 そんなことが聞きたいのではない。そんな顔が見たいのではない。
もっと、
…もっと。

「―。」
 呼ばれた名にはっとした。
「もう、呼べるものも、いなくなるからな。最後に呼んでやるよ。」

 どうして…
「どうして、お前は…」

 遠くなるほど昔。一時身を寄せていた孤児院である物語を読んだことがある。
それは魔女の涙の話だ。魔女は涙を流すとその魔力を失ってしまうらしい。
だからどんな時も、たとえ親が魔女狩りで殺されようと、街の人間に迫害されても。
どんなに苦しくても涙を流さない。なのに、ある日。森の中で助けた猟師に優しくされて魔女は涙をこぼしてしまう。
そして魔女はチカラを失くし人間となり、猟師の男と幸せになる。
 そんな物語だ。

 あの物語が真実だとしたら私はお前と一緒に逝ってやることが出来るのに。

「人間は自分勝手だ。自分勝手で傲慢で、どうしようもなく愚かだ。ルルーシュ。」
 死ぬなとそう言えたらどれだけいいのだろうか。
「あぁ人間は愚かだ。俺も、愚かだ。俺はその傲慢さ故に、スザクを連れて行く。」
 初めてルルーシュの表情がわずかに歪んだ。
「枢木スザクという人物を連れて行く。その心を、思いを、全て連れて行く。共に…」
「なら本当にスザクを殺せば良い。本当に連れて行けば良い。アイツもその方が喜ぶだろう。」
「それではダメだ。これはスザクにとって、俺にとっても罰なんだ。たくさんのことをした。人を殺し、傷つけた。
望みのため、願いのため。俺はあらゆることをした。行った行動には罰が必要だ。罰が無いのは苦しい。」
「だから?」
「だから俺はスザクを死なせない。枢木スザクという個を奪いゼロという記号にする。個人の幸せを奪い世界のために尽くさせる。だが、」
 そこでルルーシュは躊躇うように口を閉ざした。その瞳は私を通り越して閉じた扉を見ている。
いや、そこから去って行った人物を見ているのだろう。
「これは多分俺の我儘なのかもしれない。ただ、俺のいない世界で幸せになるスザクが許せないだけなのかもな。」

 とんでもない馬鹿だと思った。ルルーシュもスザクもこんなにもお互いを思っているのにこんなにもその想いは結ばれない。
少しの努力と少しの運さえあればきっと幸せを選べたにも関わらず、二人ともすすんで地獄を目指す。
「大馬鹿者だな。お前もスザクも。」
 だが、そんな馬鹿達がとても愛おしい。
「いよいよだ。ルルーシュ。」
「あぁ。準備は良いか?」
「あぁ。行こう。明日へ。」



 スザク、私はお前に任された10分の1でも叶えることはできたのだろうか。
礼拝堂の奥、ステンドグラスに照らされながらC.C.はそこにいた。
静かな礼拝堂には外の喧騒など届きはしない。ただ、Cの力の繋がりだけがあの場所で起こる出来事をC.C.に伝えてくれている。
あの日最後にルルーシュは聞こえないほどの小さい声で言った。
「すまなかった。」と。
 そんなことは無い。私はお前と出会えて忘れていた人間らしさを取り戻せた。
人間の愚かさを強さを、弱さを、美しさを思い出せた。そしてその願いの強さも。

 時が来る。
 C.C.は祈りを捧げる。
 「―ルルーシュ。お前は人々にギアスをかけた代償として…」

 涙が一粒頬を滑り落ちた。


 

ピクドラ22.05を遵守しつつ全く捏造をしてみました。
本当のC.C.はこの頃セシルさんとワインを飲んでるはず。
最後の確認を二人でしているというC.C.の言葉に、仮面はもしかしたらこの時渡したのかなと。
怖くて見返しもしてないおぼろげになってしまった記憶からそう思いました。
いろんな方がゼロレクイエムが起こるまでの空白の時間をスザクと過ごす話を書いてらっしゃいました。
でもなんとなく、二人は会ってなかったんじゃないかなという気がしたのでそう書いてみました。
本当に『最期』の打ち合わせだったんじゃないかと。
私はナナリー同様C.C.にも夢を見ているのかも知れません。
このルルーシュは本当に死んでしまったのか。
それとも今頃C.C.と馬車の旅をしているのかは皆様のご想像にお任せします

ただどちらにせよ確かなことは枢木スザクという個は死に、
ルルーシュという個も死んでしまった。
そして二人は共に居られない。それが罰なのだと思います。


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