いつもと変わらない朝が来た。
俺はいつもと同じ時間に目が覚ます。目覚ましがなくても望む時間に起きれるのは昔からひそかに自慢だった。
俺は手早く顔を洗い朝食を準備する。もともと軍隊生活で自炊はなれたものだ。
「彼」みたいに凝ったことはできなくても必要最低限の調理ができる。つまり調理なんて火が通ればそれでいい。
特にこの生活が始まってからは食事はほぼ自室で一人で食べるようにしている。
手早く準備を済ませて食卓に座った。
焼いた食パンとインスタントのコーヒー
これを見たら彼は怒るだろうか?
「せめて野菜を食べろ!」
なんて、そのままの声も想像できそうで頬が緩む。
あぁ、ごはんと味噌汁がたべたいなーなんて。
食べ終わった食器をシンクに置き手早く着替える。
黒衣の衣装。
端から見てもぜんぜんわからないが実は夏用である。あんな衣装を1年中はきついなーと思っていたがちゃっかり薄手の夏用も用意してあった。
まったく、彼の準備の良さには恐れ入る。
洗面所の鏡を見返せば茶色の髪がふわふわと寝癖のままに飛び跳ねている。それを少し水で撫で付けて俺は仮面をかぶる。
日本人にしては珍しい緑の瞳が仮面に隠される。
そして仮面とともに枢木スザクという感情は消える。
今ここにいるのは心を持たぬもの。象徴であり記号。 ゼロ だ。
*
「おはようございます。ナナリー様。」
「おはようございます。ゼロ。」
まずゼロの最初の仕事はナナリー様に朝の挨拶をするとことからはじまる。
今のゼロの仕事は戦火に疲れ果てた世界の復興をナナリー様の補佐として手伝うことだ。
いわばナナリー様の秘書であり、補佐である。よってナナリー様のスケジュール管理もゼロの仕事だ。
「ナナリー様。本日のご予定を確認させていただきます。
10時からはブリタニア新首都にてシュナイゼルさまをはじめとする皆様方と会議がございます。
昼食はそのまま皆様と会食のご予定です。
15時から超合衆国代表のスメラギカグヤ様と映像通信による会談が入っております。
なお本日のご帰宅予定は19時とさせていただいております。
何かご質問はございますか?」
そういって手帳を閉じる。このスケジュール確認は毎朝の恒例行事だ。でも基本的な時間の流れを確認するだけだしそもそも昨日も確認したことなので質問されることなどほとんどない。
「では…」
「ひとつ、よろしいですか?」
いつもどおり質問などないだろうと決めつけ次に進めようとした時、そっとナナリー様が手を上げられた。
「何かご不明な点がございましたでしょうか?」
「いえ!そんなことは、スケジュールはわかりました。夕食はこの離宮で食べるのですよね?よろしかったらゼロもご一緒して下さいませんか?」
「それは…」
「わかっています。食事を取るにはその仮面をはずさなければならないからとお断りされていらっしゃるのですよね?その話はお伺いしてます。ですが、ですが、 今日はゼロの、いいえスザクさんの誕生日、ですよね?」
そういってナナリー様は不安と伺いの混じった瞳で見上げてきた。
すっかり忘れてた。そういや今日は7月10日だ。今日で僕はまた一つ年を重ねる。
覚えていてくれたんだね。ナナリー。
今もし素顔を見られたら目を真ん丸くさせて驚く間抜け面をナナリーに見られたかもしれない。
でもナナリーにそんな顔は見られていない。
ナナリーと俺を隔てるものがあるから。
「申し訳ありませんがその誘いはお受けできません。どのような事情があろうと人前で仮面をはずすことを自分に禁じております。そもそもナナリー様のおっしゃることは理解できかねます。前皇帝の騎士の誕生日だからとて私を食事に誘う理由が理解できかねます。」
あぁなるべく声が拒絶に聞こえますように。
枢木スザクなんて知らない。今の俺は「ゼロ」だ。
「そう、ですか。」
「ご質問は以上でしょうか?でしたらダイニングへ。このままではせっかくの朝食が冷めてしまいますので。」
「…わかりました。」
あぁ、傷つけた。ナナリー、ごめん。ごめんね。
*
やっと一日の仕事が終わり自宅として使っている離宮の一室に帰り着いた。
こと、と仮面をテーブルの上に置く。いくら通気性を考えて設計したとはいえ限度はある。日本よりも湿気がましとはいえこの真夏日にこんな格好をしている僕はずいぶん馬鹿に見える。
夏素材じゃなくて半そでの夏コスチュームとか作っといてくれたらいいのに。いろんなとこ細かく凝るくせにどこか抜けてる彼に心の中で文句を送る。
そんな風に関係ないことを考えても心はすぐにナナリーの傷ついた顔に引き戻される。
俺はナナリーの正確な瞳の色を知らない。
紫だってころは知ってる。テレビカメラのレンズ越しだがニュースなどで写ったのを見たことがある。
でも、彼女の兄の瞳は写真を見るのと実際の瞳を見るのとでは大違いだった。
実際に太陽の光の下で見る彼の瞳の美しさ。
ゼロの仮面につけられたうっすら色の入ったガラス越しではナナリーの瞳の正確な色は伝わらない。
俺はあと何回、この仮面をつけてナナリーを傷つけるのだろうか。そう考えると気分が重くなる。ナナリーを妹のように愛しく思っていた日々は忘れてなどいない。
でも、
俺はゼロだ。もうスザクじゃない。枢木スザクは死んだ。人並みの幸せはすべて捨てた。俺にはゼロとしての義務と彼への想いがあればそれでいい。
だから、僕は何度でも君を傷つけるよ、ナナリー。許しは請わない。
そんな考えを振り払うように意識を手元の手帳に戻した。手帳を開き明日の予定を再度確認する。
そのときふと7月11日という日付が目に入った。
「そっか、今日誕生日だっけ?」
今朝の出来事を思い浮かべながらポツリとつぶやいた。
「俺、19になるんだ…」
一人暮らしだと独り言が多くなるって本当に真実だと思う。
誕生日だからってほとんど祝ったりしたこともないからよく忘れがちになる。
日本が侵略される前はもちろん誕生日を祝ってくれたけど、父さんは相変わらず忙しいので、家政婦や藤堂さんがおめでとうと言ってくれてケーキを食べるぐらいしか記憶にない。
名誉ブリタニア人になって従軍してからは誕生日なんて考えたこともなかった。
ナイト・オブ・ラウンズだった時は仕事があってそれどころではなかった記憶がある。
去年はゼロレクイエムの準備でそれどころじゃなかった。
一度だけ、アッシュフォード学園の生徒会のみんなで祝ってくれたときはすごく、すっごく、嬉しかった、けど。
そして今日。
誕生日がこんなに恨めしいと思ったことはない。
俺は19歳になるのだ。
1 7歳で時を止めた彼を置き去りにして19歳になるのだ。
これから幾年も幾年も時を重ね、時の流れに彼を置き去りにしたまま年の差を広げてゆくのだ。
それはなんという 絶望
心が暗い思考に沈み行こうとしたとき、それを断ち切るようにインターフォンが鳴った。
おそらく夕食だろうとあたりをつけて扉を開くと、予想通りにおいしそうなにおいをさせたトレーが運ばれてきた。
仮面をつけたままでは食事ができないゼロを慮って食事は毎食メイドが部屋まで運んでくれている。
食事の用意をテーブルに並べ終わった彼女はその横に更にそっと封筒を置いた。
「これは?」
「先ほどロイド伯からお預かりしました。ゼロさまにお渡しするように、と。ではこれで失礼してもよろしゅうございますか?」
必要以上に主人には介入しない。いつも思うがよくできたメイドだなぁ。
「ありがとう。退出してくれてかまわない。」そう許可を与えるとそのまま彼女は一礼して部屋を出て行った。
とにもかくにも食欲を満たして食後の紅茶を飲みながら少し中身が膨らんだ封筒を開いた。中に入っているのは一枚のディスクとメッセージカード。
まずメッセージカードを開くとそこには見慣れた筆跡で2つ、Happy Birthdayと書かれていた。
「ロイドさん、セシルさん…」
わざわざ誕生日を覚えていてくれて祝ってくれた二人を瞼の裏に描く。
「ありがとうございます。」
誰もいない部屋につぶやいた言葉が染み渡っていくのを感じた。
「あれ?じゃあこのディスクは何だろう?」
膳は急げ、ディスクを手持ちのノートパソコンに入れファイルを開く。
いまだにコンピューターとか苦手でしょうがないけどゼロの活動には必須ということでずいぶんしごかれながら操作方法を教わった。
講師はセシルさんであったり、ロイドさんであったり、 彼であったり、
その全員に向いてないって苦い顔された時はもう無理だって思ったけど。 ここまでできるようになったよ。
「映像ファイル?なんだろ?」
ファイルをダブルクリック 連動する再生ソフト ファイルを再生しますか? YES
切り替わる画面 展開する再生ソフト そして映された映像 流れ出す おと
「これ、は、…」
『Happy Birthday スザク』
画面に映る笑顔、スピーカーから流れる声
あぁ…久しぶりだね
「ルルーシュ…」
『誕生日おめでとう、スザク。どうだ?驚いたか?計画通りにことがすめば俺はもうお前の隣にはいないはずだな。でもこれだけはどうしても言いたくてロイドに頼んでビデオを撮ってもらっている。』
思わず伸ばした指先は当然のようにつめたい画面に触れた。
『もう一度言おう。誕生日おめでとう。どうだ?ゼロの生活にはなれたか?毎日ちゃんとご飯は食べているか?肉だけじゃなく野菜も食べてるか?睡眠は?ちゃんと毎日寝てるか?
体力馬鹿のお前のことだ少しぐらい無茶しようがなんともないんだろうがそれでも健康には気をつけないといけないんだぞ?』
「え?いきなりお説教?なんか信用されてないけど、あたってるし。っていうかこんなものいつのまに?」
最初の感動はどこへやら、いきなり始まった怒涛の注意の嵐に呆気にとられた。
でも、おもわず笑みがこぼれる。これが日常だった。かつてのあの学園。俺たちに許された唯一の平穏の場所。そこで何度も繰り返した光景。
『いや。こんなことを言いたかったわけじゃないんだ。いや言いたかったんだが本題はこれではなくてだな…』
そうやってルルーシュは画面の中で口を開いてはためらうようにまた閉じてを繰り返していた。
そんな姿もまた…
俺たちはあまりにもすれ違って憎みあってしまった。その記憶はまだあまりにもなまなましくて、彼とともに居られるカウントダウンが始まっても、そしてタイムリミットになった今でも俺は足を踏み出せず今に至る。
彼に抱いていた気持ち。
ユフィを胸に抱き、憎しみと怒りで心を染め上げたあの日でさえ心の隅に追いやっても捨て去ることのできなかった想い。
愛おしさ
『いや、だからその、』
彼の心臓とともにその想いにもさよならを告げた。
画面の向こうでまだあたふたしている彼を見つめる。
愛おしい
なんでこんなにも愛おしいんだろう。この画面が憎らしい。こんなガラスではなく直接彼に触れたい。
抱きしめたい
でも彼はもういない。
この想いは
届かない
『スザク』
そうやって思考の海に沈みそうになっていると彼が俺を呼ぶ声で引き上げられた。
『ずっと思っていたことがある。それこそはじめてであった9年前、になるのか、あのときから思っていたことだ。』
『ずっとそれを伝えたいと思っていた。だが俺たちは離れ離れになって、でもあの日、2年前、俺たちは再開することができた。再開して、一緒にすごして、当時の思いからは少しずつ変化していったが、言いたいことは同じなんだ。』
「ルルーシュ?」
ビデオカメラに向かって話しているはずの彼に言ってもしょうがないが一度も目線が会わない。
「ふふっ。かわいぃなぁ。」
どうして捨てたりできるだろうか。まだ、こんなにも愛おしい。たとえそれが片思いでも俺はとても幸せだ。
ナナリー。俺はぜんぜん優しくなんかないけど、片思い、できたよ。
『スザク、好きだ。』
え?今なんて?
『好きだ。愛してる。大好きだ。ずっとずっとお前のことが好きだった。友達として、そして恋として、憎しみももちろん忘れられないけど、でも好きだった。好きだったんだ。』
『お前に憎まれているのは知っている。死んだ人間にこんなこと言われたって迷惑だってわかってる。でも、どうしても伝えたかった。』
『スザク、愛してる。生まれてきてくれてありがとう。お前が生まれてきたこの日を俺は神に感謝するよ。』
どうしよう。ルルーシュがすごく素敵な笑顔で笑ってるのに、なのに、前が、まえがかすんで、みっみえないよっ
涙があふれて、前が見えない。
「るっるるーしゅっ!」
腕を目に押し付ける。服の袖が涙を吸っているのを感じる。
「迷惑だなんて、迷惑だなんて!!」
どうしたらいい?どうしたら届けられる?この想い、この心を!!同じだった。ルルーシュと俺は同じ気持ちだったんだってことを!この喜びを!どうやって伝えたらいい!!??
「っふ、っく、るっ、る、るー、しゅっ」
どぅしたら!!!
『でもな、』
『でも、魔女がうるさいんだ。俺はこんなの迷惑になるだけだって言ったんだけど、絶対そんなことない、ピザを10枚かけてもいい!って言い張るから、だから…』
「え?」
『スザク。』
その声に条件反射のスピードで顔を上げる。そこには記憶と寸分の狂いもない 美しい笑顔
『俺は待ってる。Cの世界で、ずっと待ってる。お前に会えるのを。だから、そのとき、聞かせて欲しい。このビデオレターの返信。』
それは、なんて、なんて素晴らしいプレゼント
さいかいのやくそく
喜びが胸に染み渡る。ゼロになっていらいろうそくのようだった心の明かりが一気に太陽にまでレベルアップしたみたいだ。
「ぅん。うん!うん!!ぜったい、絶対!」
『だから最後の言葉はさようならじゃない。また、また会おう。』
そういったとたん画面が暗転した。
でもそこにあるのは絶望ではなく"希望"
「やくそくだ、絶対に約束だ。またあおう。それまでにきっと、きっと平和な、みんなが幸せに暮らせる世界を作って見せるよっ!」
もう何も映していない画面に面影を探すように手で触れた。
そこにあるのが機会の感触でも、ぬくもりでも、そんなこと関係なかった。
だって俺は今、最強に嬉しいプレゼントを受け取ったんだ!未来の希望を手に入れたんだ!
心が軽くなったら同時に身体も軽くなったようだ。それで気づく。今までの自分がどれほどに沈み込んでいたか、精彩を欠いていたのか。
その軽さのままシャーワーを浴び、明日の確認をし、ベッドに沈み込んだ。
今まで夢を見るのが嫌で眠るのが嫌いだったのが嘘のように。
「明日、ナナリーにありがとうって言わなきゃ。せっかく誕生日のこと気にかけてくれた、のに、あと、セシルさんとろい、どさんにもあ、りがと、うって、つた、え、な、きゃ………」
…
そのまま吸い込まれるようにスザクは眠りの世界に落ちていった。そしてそれを確かめたかのように、真夜中の侵入者が一人。
「ふっ。ゼロの私室といえどたいした警備ではないな。」
普段の彼なら人の気配があっただけで飛び起きようものだが、今はずっと悪夢を見て不足していた睡眠を一気に補うかのように深い眠りに落ちている。
「ビデオを見たのか。寝顔は存外にいいではないか。子どものようだな。だから、あたっていただろう?迷惑なんかであるものか。」
そうつぶやき、侵入者はテーブルの上にキーホルダーを置いた。
「プレゼント、だ。スザク、私が集めたチーズ君のコレクションを一つお前にやろう。光栄に思えよ?」
そうしてすぐにその背を翻しまた夜の闇の中へ溶けていった。
残ったのは黄緑色の残像と、もう一つのプレゼント。
Good Night! よい夢を!
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