снеготаяние



 視界を埋め尽くす白。
 1m先の視界さえ奪われる猛吹雪。油断すれば一瞬で命を奪われる氷の大地。
けれど、吹雪の合間、暗い雪雲の間から差し込む一条の光。
 つもりに積もった白の世界が光に照らされて白銀に輝きだす。
 その一瞬。
 その瞬間だけは確かに美しくて…

 白銀に輝く雪原があまりにも美しく、眩しいので、思わず逸らした視界の先に

―キミがいた


 目が覚めると肌が凍るように冷えている。慣れたものだ。居をロシアに移してから今日まで、ほぼ毎晩繰り返される悪夢の証。引き摺られるように連れ込まれる寝台で散々好き放題をされて、まるで体温を奪い取るかのように俺を羽交い絞めにしたまま寝やがる。せっかくの大きなベッドが台無しだ。
 プロイセンは目の前にある胸板を押しのけた。視線を上げると今だ眠りの淵にいるロシアがすやすやと眠っている。すっきりした顔しやがって、あぁあぁあれだけ毎晩ヤってたらすっきりするだろうよ。おかげで俺はクタクタだけどな。
「んぅー…」
 もぞりとうめき声を出しながらロシアが身動きする。無意識なのかこいつはいつもぬくもりを求めてさまよう。ただでさえ奪い取られた体温のこれ以上何を奪おうというのか。
(やめてくれ…)
 それでも絡みつく腕を無理やりにも振りほどけないのは、

―ヴェストのためだ

(うそつき)

「おわっ!」
 じっとプロイセンが見ている先でばちりと音を立てるような唐突さでロシアの目が開く。ふ、普通もっと寝起きの予備動作ってかそんなもんねぇのかよ!怖っ、チョー怖っ!
「お、起きたのかよ。」
 俺を羽交い絞めにしていた腕が一本離れてロシアは眠い目を擦る。その動作は普通に寝起きの人間そのもので、こいつに少しは人間っぽい動作が含まれていて俺はなんだかちょっと安心した。って何安心してるんだ。
ロシアはまだ眠いのか寝ぼけた様子で俺を拘束していた腕は緩んでいる。俺はその気を逃さずすかさず立ち上がった。
 夢は終わりだ。これ以上ここにはいたくない。
「ど、どこに行くの?」
(やめろよ、そんな声を出すな)
 床に落ちたシャツを羽織ながら部屋を出ようとするプロイセンにロシアが問いかけた。
「風呂。」
 俺はそれに答えて部屋を出た。

 暖かい水滴が頬を打つ。この極寒の地においてこれは恵みの雨だ。
(くそっ)
 昨日散々無茶をされた後孔から粘液が伝う。どれだけプロイセンが喚こうがロシアはゴムをつけるという学習能力を持たない。プロイセンは慣れた手つきで手を後ろに回した。
体内に残ったものを掻き出す為に緩んだそれに指を突っ込み折り曲げる。
「んっ。ぅっ…」
 そこに別の体温を受け入れていたのはほんの数時間前のこと。そこで快感を拾うことに慣れた自分の体は己の指でさえ快感を訴える。
ふと鏡に映った自分の姿にプロイセンは目を背けた。色素の抜け落ちた白の髪、ヴェストとおそろいの青の瞳は完全に色をなくし、今は血色を透かしてみせるのみだ。頬は湯と快感に火照らされてうっすらと赤みがさしている。
その浅ましい姿にめまいがした。
「俺様がこれごときで負けてたまるかっ!」
 恨み、怒り。負の心を握り締めたこぶしを鏡に叩き込む。鏡は簡単に砕け散った。

 今もあいつは部屋にいるのだろうか。割ってしまったガラスはそのままに入浴を終えいくらかさっぱりした体を暖かい服で包みプロイセンは廊下を歩く。鏡は後でリトアニアにでも謝っておけば何とかなるだろう。
 まだ朝も早いこの時間は屋敷もシンと静まり返っている。一人でいたい気分ではなかったがロシアの寝室に戻る気なんて更々なかった。もちろん自分の部屋に帰る気分でもないためただ廊下をひたひたと音を立てて歩く。ふとプロイセンは眩しさに目を眇めた。
 廊下にポツンと存在する小さな窓。嵌め殺しのその窓は雪原を切り取るようにそこに存在する。大地の果てが見えぬことを地平線と呼ぶならば雪原の果てが見えぬことをなんと呼べばよいのだろうか。昨晩降り続いた雪は止み、そこにあったのは。
「すげぇ…」
 廊下は丁度東向きに面していた。ロシアの本邸はど田舎にぽつんと建っている豪邸でその周りに建築物はおろか本当に何もないところに存在する。そして今、果ての見えぬ雪原のその向こうに光があった。久方ぶりの太陽が氷の大地を白銀に染め上げる。小さな結晶が太陽光を乱反射していっせいに輝きだした。
 その景色はあまりにも美しくて彼はふらりと一歩を踏み出した。

***

 彼が帰ってこない。当然だ。いつだって彼は自分からこの部屋には来てくれない。僕が引き摺ってこない限りは、絶対に。
 それを悲しいとは思わない。むしろ当然だ。だって僕は彼に嫌われることしかしてないのだから。だって、分からない。どうやったら誰かに好いてもらえる自分になれるのかな。
 一人ぼっちは寂しい。この凍てつくような大地では尚のこと。一人ぼっちは冷たい。寒い。悲しい。
 だから手放せなかった。ぬくもりを求めてすがりつくよう毎晩彼を組み敷いた。彼を抱くたびに僕は彼に嫌われていく。分かっていてもプロイセン君のナカはあったかくてどうしても止められなかった。
 そうして彼は変わってしまった。

 ロシアは気だるい体をうんと伸ばし体を起こす。窓の外の世界は降り続いた吹雪が止み、穏やかな朝を迎えようとしている。少しずつ昇っていく太陽が降り続いた大地を白銀色に染めていく。その様子をロシアは眩しそうに見守っていた。
 綺麗だと思う。この景色だけは少しだけ自分を好きになれた。願うなら、
「プロイセンくんと見たかったな。」
 ポツリと願いを溢す。けれどこの部屋にはもう自分しか居ない。さっきまで温もっていた自分の体から急速に体温が奪われていく。
「寒いなぁ。」
 そう溢した時視界の端で何かが動いた。窓の外、庭の端を見覚えのある姿がふらふらと出歩いている。ロシアはさぁっと自分から血の気が引いていくのが分かった。
「プロイセンくん!」

 ロシアは部屋を飛び出した。すれ違う廊下でラトビアが怯えたように震えてリトアニアが目を白黒させているのも気づいたが構わなかった。とりあえずベラルーシとだけはすれ違わないことを願いながらそのままロシアは外の世界に飛び出した。
 つもり積もった雪景色に一つの足跡がくっきりと残っている。ロシアは必死にそれを追いかけた。
「プロイセンくん!」
 必死に声を出す。雪に足が沈み込んでなかなか走りにくかったがロシアはこけそうになる体を必死でバランスを取って前に進んだ。
 雪が止んだとはいえ凍りつくような寒さだ。暖かそうなセーターを着ているのは見たけれどそれだけで外に出るのなんて論外だ。
 早く、早く連れ戻さなきゃ、早く。
 飛び出した外の世界は、雪が太陽の光を受け目に痛いぐらいキラキラとしていた。いつもは好んで見るその景色も今はただ視界を遮って煩わしい。余りの眩しさに視界を横に逸らせば…
「プロイセン、く、ん?」

 雪の中に埋もれるように横たわる人がいた。雪と同系色の髪が太陽の光を受けてキラキラと輝く。その肌は病的なまでに白く唇は真っ青だ。
 足元が崩れた。怖くて怖くてたまらない。目を開けて。名前を呼んで。
―死なないで。
「プロイセンくん!!」

「なんだよ。」

「…え?」
「ケセセ、お前なんて顔してんだ?俺様が死んだとでも思ったか?」
 プロイセンくんはいたずらが成功した子どものような顔で笑っている。―何なのかな、これは。
「君、馬鹿なの?」
 心配したのに。
「プロイセン君、君は昔からいつもいつも。もう少し考えて行動すべきじゃない?そんなセーター一枚で外に出て。挙句雪に転がって。普通死ぬでしょ?死にたいの?」
 プロイセンの着ている赤いセーターの胸倉を掴む。
「そんな想像力もないわけ?雪の中寝るとか死にたいの?ねぇ死にたいの?」
「ちょ、待て!」
 腕にギリギリと力がこもる。
「そんなに死にたいなら僕が殺してあげようか?」
「いやいや、悪かった、悪かったって!綺麗だったからつい出てきちまっただけだって!だから殺すな!」
「え?」
 その言葉に腕が緩んだ。
「いや、雪が朝日に照らされて綺麗だったからもっと近くで見たいなって思っただって!」
「じゃあ何で寝てたの?」
「いや、俺も太陽の光浴びたいと思ってよ!」
 ケセセと楽しそうに笑うプロイセンくんを見たのは随分と久しぶりな気がしてなんだか毒気が抜けてしまった。
 はぁと脱力して座り込む僕にプロイセンくんは面白そうなものでも見つけた顔で笑った。まぁ多分事実面白いと思ってるんだろうけど。
「心配したのか?」
 意外そうな顔で言うものだからむっとなった。
「したよ。」
 やけっぱちで応えるとふぅんと興味なさそうな声を返された。本当にむかつく。
「綺麗だな。」
 腹が立って仕方なかったのにあんまりにプロイセンくんが穏やかに言うからこっちまで毒気を奪われてしまった。
「そう?」
「あぁ。まぁ俺様の次の次の次の次の次の次の次くらいには綺麗だな。」
「君、やっぱり喧嘩売ってる?」
「売ってねぇよ!」
 僕の好きな景色を君も気に入ってくれてこんなに嬉しいことはないのに、素直になれないのは喧嘩を売ってくるプロイセンくんのせいだと思うことにした。

***

 なんで俺ロシアとこんな会話してるんだ?
 二人して雪の上に座り込んでべちゃべちゃになりながら。何してるんだろう。
 でも、

 ここに来て幾月か経つのに初めて見たその景色の美しさに魅せられたようにふらふらと外に出てきてしまった。特に外出を禁じられた覚えはないが積極的にこの寒空の下を出て行こうとも思ったことはなかったので久しぶりの外だ。
 俺は一つの音も存在しない朝の静寂の中で、雪の上に寝転がりながら蒼い空を見上げていた。太陽の光がやんわりとぬくもりを運ぶけれどそれ以上の強さで雪が体温を奪っていく。感覚のなくなる指先にまるで自分が消えていってしまうようで。このままこうしていたら消えてなくなってしまうんじゃないかと思った。別に消えたいわけじゃない。ヴェストだってまだまだ心配だしもっと楽しいことをしたい。消えたくない。なのに消えるかもしれないとそう考える俺は不思議なくらい静かだった。
 そんな時ざくざくと何かが近づいてくる気配がした。目を閉じて感覚を研ぎ澄ませばどうやらそれはロシアの気配で、正直面倒くせーなと思った。こんな所見られたら何言われるかたまったものじゃない。それでも、俺を見つけて息を呑む。怯えるような、迷子の子が母親を求めるような声で名前を呼ぶから…

 今日もまた俺はこいつに許してしまうのだろう。

(畜生!そんな声で呼ぶんじゃねーよ!)

снеготаяние(スニガターヤニイ)





この後露様は冷え切ったプロイセン抱えてシャワーに突っ込んで暖めてあげるとか言いながら無体を働くといいと思う。
 そんな露様に毎度毎度ほだされる自分に馬鹿野郎!ってプロイセンは叫んだらいいと思う。(心の奥で)
愛する友人のために初挑戦してみました。露普です。
縁とは不思議なもので大学で出会った3人は見事にCPが別れ、更に某最近休止された最大手様の三大CPそのままに悪友CPであることに気づいて爆笑したのがつい最近のことに思えます。
とりあえず露普は難しかったです。フランスでも思うのですが、本家に置いてぶっ飛んだことをするキャラを自分の作品の中でどう表現すればよいのか戸惑います。
結局は俺好みに走ってしまうのですが笑
タイトルのснеготаяниеはロシア語で雪解けという意味です。(多分)

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