ユーロスターの中でたっぷりと寝てしまった。
美しく整えた髪にまさか寝ぐせなどついてはいないだろうか。
後頭部を手のひらで撫でつける。あとで鏡を確認すべきかもしれない。
少し睡眠を取ったおかげで軽くなった体をうんと伸ばす。
今日、この日のために頑張った自分を褒め称えたかった。
ロンドンの街に一歩踏み出せばそこはオリンピックムード一色だった。
「張り切ってるねー。」
「当たり前だろ。」
独り言のつもりでつぶやいた言葉に思わぬ返事が返ってきてフランスはおやっと振り返った。
「久しぶりだね。イギリス。」
会いたかった、ハニ〜と腕を広げれば間髪入れずウゼェと一歩逃げられた。
うんうん。本当に久しぶりだと言うのに相変わらずつれないね。
けれどそれでこそイギリス。
二人で並んで駅を突っ切る。
ちらりと横目で見ればその頬は少しこけて目の下に隈が出来ていた。
痛ましい。
「イギリス。」
名前を呼べば「なんだ?」とこちらを向いたイギリスの眦に指を滑らす。
ちゅっと音を立てて頬に口づけすれば今度はイギリスも避けずに受け入れてくれた。
「ひどい顔色。来れなくてごめんね。」
7月という季節は俺たち国にとって大きなイベントが目白押しだ。
1日にカナダの誕生日。
4日にアメリカの誕生日。
14日に俺の誕生日。
国にとって誕生日というのは大きなイベントなのだ。それこそ国を上げてのイベントが開催される。
そしてこの月のイベントはイギリスにとって鬼門中の鬼門でもある。
いい加減思い切ればいいのに。この懐古主義者はいつまでたっても独立してしまった弟には弱いのだ。
そして俺は結局そんな腐れ縁、もとい恋人にとことん弱いのだった。
だから毎年のように傍にいた。元気になってくれるまで。とことん甘やかして抱きしめて。美味しい料理をたくさん作ってやった。
眠れない夜は眠れるまで抱きしめて過ごした。
けれどそれは去年までの話。
「別に、俺はお前がいなくたって。」
平気だと、そう言いたいのならなぜそこだけボソボソと聞こえないぐらいの音声になるのか。
素直じゃない恋人というのは本当にかわいい。
俺の恋人かわいいよ。神様ありがとう!
「ん。でもごめんね。会いたかった。仕事なんて放りだして会いに来たかったよ。」
けれどそうはしなかったのは。
「別に、いらない。俺が来るなって言ったんだし。」
「うん。だから俺ちゃんと我慢したでしょ。」
褒めて褒めて、と存外に言えばイギリスがジト目でこっちを見た。
要約すればうっとうしい。
うん。冷たいところも素敵なんだから。
きっとイギリスは『誕生日当日に一緒に居たい』なんてかわいい恋人のおねだりにどれだけ俺が狂喜乱舞したか思いもよらないのだろう。
駅を出れば今日もロンドンは雨だった。
「雨だ。」
「うるせぇな。」
「いや、何も言ってないし。」
「言っただろ。」
「言ってない。」
「ったく、その口閉じてろよ。一生な。」
「え?一生!?ひどくない?」
二人で軽口を叩きあいながら駅を出る。
「っておい、何してんだてめぇ。」
「何って。傘差してるだけだけど。」
鞄から取り出した折り畳みの傘をばさっと広げる。
シンプルな黒一色の折り畳みだけれど有名なブランドから出てる結構値の張るものだ。
「最近買ったんだよね。良いでしょう?」
「ふざけんなよ。紳士が傘なんてさせるか。」
「いや差そうよ。」
「はぁ!?だからフランス人はこれだから。軟弱者め。」
「ひどすぎる!俺今日誕生日なのに!」
そう言って泣きまねをしようともそれがこの腐れ縁に通じるわけがない。
「だから髪ボサボサになるんだよ。」
「なっ!」
「雨水さらされて髪がさらさらになるわけないでしょー。」
だからね。
これはサラサラの髪への第一歩なんだからそう言いくるめてどさくさに紛れて肩を抱く。
こっちだって腐っっても腐っても腐れ縁だ。
イギリス言いくるめるのなんてお手の物なんだからね。
二人そろって一つの傘の下で一歩を踏み出す。
うん。幸せかも。
「いつ帰んだ?」
「うーん。明後日までなら大丈夫かな。」
「そっか。」
「うん。」
「べ、別に嬉しいとか思ってないからな。」
「うんうん。いきなり誕生日当日を一緒に過ごしたいなんて連絡くれて、この日のために仕事漬けなって頑張ったお兄さんの努力は今報われているからね。」
「だ、だから別に、」
「はいはい。」
そう言って肩に回していた腕を降ろす。そのまま無造作に降ろされていたイギリスの指に触れる。
そっと絡み合った指先がじんわりと熱を持った。
「雨やまないねー。オリンピックも雨だったらどうするー?」
「う、うるせー!晴れるに決まってんだろ!?」
「いや、正直微妙だとおも、」
「う・る・せ・え!しばくぞ!」
「しばいてる、もうしばいてるから!それで紳士とか良く言うよ!」
軽口叩いて、時には手を出して。それでも指をからめあったままで男二人で相合傘。
うーん。ちょっとシュールな光景かもしれない。
でもいいの。だってお兄さん幸せだから。
「今日は好きなものなんでも作ってあげる。」
「おう、キリキリ働け。腹減った。」
「うんうん。良い兆候。この三日でお兄さんが元の体重に戻して見せるからね。」
「それは余計なお世話だ。」
「ついでに夜のお世話もしてあげるからね。」
「死ね。」
「ひどい!だから今日お兄さんの誕生日なんだよ。わかってる!?」
デレが足りないよ、デレが!
「あ゛ぁ!?」
途端、ぐいっと胸倉をつかまれる。
「わぁってるよ。愛してるぜハニー。誕生日おめでとう。」
触れ合わさった唇はきっと傘に隠れて周囲には見えない。
ちゅっとかわいいリップ音をわざと立てて告げられたおめでとうに俺は思いっきり頬を緩めた。
やっぱり俺の恋人は世界一。
※普段は国として誕生日当日は仕事三昧のフランスが恋人のおねだりに張り切って誕生日当日を休みにしてもらうために必死で仕事しました。
おかげでアメリカの誕生日とか気が気でなくて仕方なかった。イギリス大好きな兄ちゃんでした。
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