はじめてのおつかい



「じゃあいい?これがお買い物リスト。これが地図。そしてこれが、」
「財布だろ?もう、君は何回それ繰り返すきだい!?」
「アメリカはちょっと黙ってて!いい?ちゃんと道に迷ったら誰かに聞くんだよ?あ、でも知らない人にはついてっちゃだめだからね?それとね、えーっと」
常ならぬ暖冬の影響かすでに雪は春へと変わり桜もほころびはじめたカナダの首都郊外にある静かな街の一角。周りを木々に囲まれたどこかかわいらしさを醸し出す一戸建ての玄関では、しかしその可愛らしさには不似合いな緊張感漂う現場となっていた。
「もう!大丈夫だよ、カナダ!イングランドの面倒をちゃんと見ること、信号は守ること。でしょ?」
玄関口でムキになって言い返しているのは年齢にして6歳ぐらいの少年だった。春の日差しを纏いブロンドの髪を輝かせて立つ少年は深い海のような藍の瞳を細めて拗ねたように口を尖らせる。名をフランスという。その横にはまた3、4歳ぐらいの少年がフランスの手を握り困ったように立っている。フランスよりもくすんだ金髪は重力に従うことなくあちこち跳ねていて、同じ色の何よりも特徴的な太目の眉の下では新緑の若葉のような翠の瞳が困ったように言い合う二人を見ている。名をイギリスと言った。二人はそれぞれお互いの瞳の色を交換したパーカーを着ており、同じ生成りの綿の短パンをはいた姿はどこから見ても仲の良い兄弟で見るものの目を和ませる。
そんな二人を見てカナダは困ったように微笑んだ。自分で洋服を選んでなんだが色違いのおそろいの服を着たまるで対のようで、かわいい。可愛すぎる。自分のセンスを絶賛したいぐらい可愛すぎるのだ。この二人だけでお使いに行かせるなんて!変なおじさんにさらわれでもしたらど、ど、どどうしよう!すでにおでかけの準備は万端にしておいて玄関口でうんうんと唸っているカナダにアメリカはアイスを咥えたスプーンはそのままにまったく、と呆れたようなため息をついた。犯罪の少ない町、老後にすごしたい国ナンバーワンという自国の売りはどうしたと言ってやりたい。
「まったく、君はどうするんだい?行かせるのかい?行かせないのかい?」
「え?あ、も、もちろん行かせるよ!これは練習だもんね!うん。でもでもでも、絶対に変な人には付いて行っちゃダメだからね!」
あまりにも必死な様子は普段の温厚な姿とはまるで別人のようで、
「ダレ?」
「カナダだよ!」
今まで黙って横にいた白クマの突然の質問にアメリカは深く同意を示した。

話は長くなるのでざっくりと説明すると、いつもどおりフランスとイギリスが世界会議で喧嘩してめずらしくイギリスが喧嘩に魔法のステッキを持ち出して、予想通り昔は可愛かったのセリフと共に振り上げられたステッキは抵抗したフランスの腕に当たり気がついたらイギリスとフランスがちっさくなってそこにいた。当然世界会議は中止その後は本当になぜかカナダの家で預かることとなった。
どっちにしろしばらくオリンピックでほとんどの国がカナダに集まるんだからついでに預かっといてくれればいい。カナダなら昔は二人に育てられてたのだしいろいろ安心だ。逆になったと思えばいい。ついでに国としての自覚とかそもそも知能レベルまで子ども返りしてるから面倒よろしくというのが世界会議での決定だ。
たまにやっと認識してもらったとおもえば面倒ごとばっかり。という文句がカナダに言えるわけもなく本日は自立への第一歩、フランスとイギリスのはじてのおつかいが決行されることとなった。
「行ってきます!」
「いってきまぁす!」
元気よく二人に手を振ってフランスとイギリスはカナダの手を飛び出した。

「なぁどこいくの?」
「おつかいだよ。」
フランスの手を握り締めてイギリスは聞いた。
「おつかいってなに?」
「お買い物に行くんだよ。」
「カナダもアメリカもいないのに。」
するとイギリスが不安そうにフランスを見上げた。イギリスにとってはお買い物、ひいてはおでかけはカナダかアメリカと行くものだと思っている。フランスと二人でお買い物なんて初めてなのだ。不安そうなイギリスの瞳にフランスはむぅっとなった。
不安ってことは俺は頼りないってこと?それって腹が立つんですけど。
「今日は俺とイングランドだけでお買い物に行くの!」
「ふたり…」
「そう。それともイングランドは怖いのかな〜?」
フランスがニヨニヨとイギリスの顔を覗き込むとイギリスはその特徴的な眉をむむむと眉間に寄せてキッとフランスをにらんだ。
「怖くなんかない!おれおつかいいけるもん!」
「ほほう。本当に〜?」
「ほんとうだ!フランスがいなくたっておつかいいけるぞ!」
「んー。でも今日は俺も一緒にいくからね!」
フランスはそう言ってぎゅっとイギリスの手を握り締めた。本当はちょっとムカってした。俺がいなくてもいいなんて冗談でも言って欲しくない。イングランドのばか!
それでも俺はイギリスの言葉が全然本気じゃないって知ってる。それに俺はおにいちゃんだからイギリスのことをむやみやたらに怒っちゃダメなんだって日本さんが言ってたもんね!
その時フランスの服の裾がツンツンと引っ張られた。
「なぁフランス?で、なにをかいにいくんだ?」
その言葉も最もだ。フランスは先ほど玄関で渡されたポシェットのファスナーを開けた。中には紙幣とコインが数枚、そしてお気に入りのクマさんのメモ帳に『お買い物リスト』が入っていた。フランスは器用に片手をイギリスと繋いだままメモを取り出して開く。
「えっとね。まずは、“りんご”!りんご?」
「りんご…なぁフランス、りんごってどこで買うんだ?」
「…やおやさん?」
「…りんごは野菜じゃないよ?」
「…す、スーパーにいけばあるさ!」
二人はいつもカナダに連れて行ってもらっているスーパーに向かった。
今日は冬の凍てついた日差しも和らぎ、春の日差しが降り注いでいる。あたたかい、むしろ暑いと言ってもよい気温だった。カナダの家は市街地から少し離れたところにある。件のスーパーは市街地の町外れにあり、市街地の中央に行かなくていいだけましだが、だからと言って近いわけでもない。
二人はスーパーにたどり着く頃には汗をうっすらとかいていた。
「フランス!あったよ!スーパー!」
やっとたどり着いた目的地に思わずイギリスが駆け出す。
「あ、ダメだよ!イングランド!」
あっとフランスがイギリスを止める前にイギリスが縁石に足を引っ掛けた。
「っ!!!」
「あーあ…」
見事にころりと転んだイギリスにフランスはあちゃーと額に手を当てた。
「あーあ。イングランド、大丈夫?」
フランスが駆け寄って倒れこんだイギリスを立たせてやる。服についた砂埃をはたいてやりながら怪我をしていないか注意深く見るがどこも怪我はしていないようだ。
「ケガはないね。」
そう言ってイギリスを見るがイギリスはうつむいてしまってうんともすんとも言わない。おそるおそるフランシスがイギリスの顔を覗き込むとその新緑の瞳はすでに決壊寸前に滲んでいた。
「痛い?大丈夫だよ、ケガはしてない。だから泣かないで?」
「…ないてない。」
「ほんとう?」
「なかない!」
「えらいね。男の子だもんね!」
「おとこのこなんだからな!」
ぐっと手のひらを握り締めて耐えるイギリスにフランスはえらいえらいと頭を撫でた。
「えらいえらい。大丈夫だよ。いたいのいたいの飛んでけー!!ね?」
「ふ、っいたくない!いたくないからな!」
やっと歩き出したイングランドの手をぎゅっと握ってやる。しばらくぐずぐずと目元をこすっていたイギリスも落ち着いてきた。
「イングランド、ほら!スーパーについたよ!」
二人がスーパーに入るときちんと効いた冷房がひんやりと二人の汗を冷やした。
「きもちーね。」
イギリスの顔にも徐々に笑顔が戻る。
二人はスーパーに足を踏み入れてまずりんごを探した。
「りんご、りんご、りんご…」
「りんご、りんご、りんご…」
「りんご、どこ?」
イギリスがふらふらと彷徨いかけるのを手をぎゅっと握って押しとどめた。
「イングランド、こっちだよ。」
二人で店をまっすぐ奥に進むとかごいっぱいのりんごを見つけた。
「りんご、あった!」
「本当だ。えっと、りんごが2つ。イングランド!2つだって!」
その言葉にイギリスがりんごを1つ、2つと持とうとして2つめを落としてしまった。イギリスの小さな体ではまるまる大きいりんごを一度に2つは持てなかったのだ。フランスが落としたりんごをひろってやる。
「…カゴがいるね。」
大きなカゴの取っ手を二人で一つずつ持つ。

のは難しくて二人でずるずると引きずる。
「かごにりんごを2つ。」
「よし!じゃあ次!」
「つぎはなに?」
一つ仕事を終えることができてイギリスの瞳が輝く。
「つぎはねぇ…ホットケーキミックス?」
フランスはお買い物リストを読みながら首をかしげた。ホットケーキミックスって、重くない?カナダ!どうすればいいの!?
「ホッチョケーキミックシュ?」
「あぁ、違うよホットケーキミックス。」
「ホッチョ?」
「いや、いいけどね。ほら行こう!粉は、あっちだよ。」
二人でカゴをずるずると引きずりながら店を進む。目指す粉末コーナーには山のように袋が積まれていた。そう、イギリスほどの身長もある袋が。
「フランス、これかうの?」
「…どーだろーね。」
無理に決まってる。フランスが視線をめぐらすとフランスの身長よりもうちょっと上の段に一回り小さい粉の袋を見つけた。
「あれ、ちっさい。」
「あれなら、持って帰れるかな?」
「でも、」
「届く?」
無理じゃない?
「よっい、しょっ、と、イギリス、と、届く?」
「もう、ちょっ、と!」
フランスは苦しそうに棚に掴まった。その肩には危なげな様子でイギリスが背伸びをしている。先ほどから手には触れているのだがどうしても掴むことができない。
「イギ、リス、はやくっ!」
「んっ!ふぁ、もうちょっとぉ!」
イギリスがぐっと背をのばした。
「あっ!」
するとイギリスがバランスを崩し一瞬自分の体が上下左右どちらを向いているのかわからなくなる。宙に放り出される感覚にイギリスがひきつったような声を上げた。
危ない!ぶつかる!
フランスが地面に叩きつけられるのを覚悟すると共にイギリスを抱きとめようと手を伸ばした。
「おっと。」
その伸ばした手ごと何か柔らかいものに包まれる感触にフランスは目を瞬いた。
「大丈夫?」
フランスがおそるおそる顔を上げるとそこにはこの店のエプロンをつけた男の人が自分を抱えるようにして立っていた。
「だ、だいじょうぶ。」
驚いた放心状態のままなんとかそう答える。あ!イングランド!フランスが慌ててイギリスを探すとイギリスもその人の腕の中で大きな瞳を見開いて目を白黒させていた。
「危ないよ。こんなところで肩車なんかしちゃ。届かないものがあったらこのエプロン着てる人に頼んだら取ってあげるから。どれが欲しかったの?」
その言葉にフランスはのろのろと指を上げた。
「あれ、」
「あのホットケーキミックス?」
「他のは持てないから…」
「あぁ、だね。はい、どうぞ。」
「あり、」
「ありがとう!」
フランスが言うよりも先にイギリスが答える。それに店員は満足そうに笑ってイギリスの頭を一撫でして去っていった。
「イギリス、大丈夫?」
「大丈夫!どこも痛くない!」
イギリスの元気な様子にひとまずほっとしてフランシスはホットケーキミックスをかごにいれた。かごがずしんと重くなる。
「フランス!つぎ、つぎは?」
「えっと、あとはバターこれでおしまい。」
「はやくいこう!」
イギリスが軽やかに駆けていく。
「ま、ちょっと待って!イングランド!」
その声があまりにも必死なのでイギリスが振り返るとフランスが重そうなかごをずるずると引きずっていた。
「ごめん。」
イギリスはフランスのもとに戻って一緒にカゴをひきずる。バターは簡単に見つけることができた。

買い物を終えたかごを持ってレジに並ぶ。
レジに…
「持ち上がんない、っよ!」
「んっしょ!」
二人が持ち上げようと必死でがんばっていると店員さんがカゴをあげてくれた。
「いらっしゃいませ。僕たちおつかい?」
「そう!おつかいなの!」
「うん。お願いします。」
「3点で32ドルになります。わかるかしら?」
どこかからかうような声で言われてフランスはむぅっとなる。お金の数え方もちゃんと教えてもらった。
「はい。これでおつり下さい。」
「おつりください!」
イギリスがフランスの真似をして手をだす。店員さんはまたくすくすと笑ってイギリスの手にお金を握らせた。そのまま袋に荷物を全部詰めてフランスに手渡してくれる。
「はい。ありがとうございました。おつかいご苦労様。」
「ありがとう。」
「ありがとう!」
フランスはずんと重い袋をうんしょっと持ち上げる。
「フランス、おわり?」
「うん、終わりだよ。帰ろっか。」
フランスがそう言うとイギリスはパタパタと寄ってきて袋のもち手を片方持った。よいしょっと二人で持ち上げる。

実はカナダの家から市街地へはなだらかな下り坂になっていた。当然、帰り道は上り道である。しばらくはがんばって歩いていた二人もしばらくすると買い物袋をずるずるとひきずるようになった。
「まだ?」
「まだだよ。あともうっちょっと。」
「もうっちょっとってどれくらい?」
「ほらこの坂道を上ってちょっと降りたところだよ。あともう少し。」
「どこがもうすこしなんだ!フランスのうそつき!」
「嘘じゃないって。」
「うそつき!」
こんな押し問答がずっと続いている。
「ほら袋またずってきたって、イングランド!」
フランスは引きずられる袋を見て真っ青になった。フランスの大声にイギリスもびっくりして振り返ると、坂道をころころと、りんごが二つ転がっている。よく見れば袋は引きずられたせいか大穴が開いていた。
「僕たちのりんご!」
フランスはぱっと追いかけだした。イギリスも坂道を駆け出す。しかしりんごは坂道をころころころとどんどん勢いを増して転がり落ちている。
「待って!りんご待って!」
「りんごまてぇ!」
ふたりはせっかく上った坂道をどんどん駆け下りていく。これまた上らなきゃいけないの?そう考えると全身の力が抜け落ちそうだった。
「りんご、待ってぇ!」
「フランシスまってぇ!」
その時ぱしっと転がり落ちていたりんごを両手でキャッチする人がいた。その人は転がり落ちてきたりんごを両手に不思議そうに首をかしげている。
「りんご!!」
フランシスは思わず叫ぶとりんごを掴んでくれた人と目が合った。
「日本!」
りんごを掴んだその人は涼しげな目元を細めて駆けてくる少年を見つめた。
「こんにちは。フランスさん。そんなに走ってどうしたんですか?」
そうしてる間にもイギリスがフランスに追いついた。
「日本!それ僕のりんご!」
「これですか?」
「そうなんです。袋から零れ落ちちゃって、…あれ?袋!」
気がついたら二人とも袋を道端に放り出してしまっていた。その様子を見て日本はくすくすと笑う。
「おつかいだったんですか?」
「そう。でもりんごが転がっちゃって…」
三人で坂道を上りながらフランスとイギリスはたった今体験した冒険を語って聞かせた。途中で放置していた袋も拾って3人でカナダの家に向かう。

三人がカナダの家に着くと家の前ではカナダとアメリカがそわそわしながら扉の前を行ったりきたりとうろうろしていた。
「カナダ!」
「アメリカ!」
 二人はその姿を見つけて駆け寄る。荷物はすっかり日本が持ってしまっていた。
 二人はそれぞれ一つずつりんごを抱えたまま二人に駆け寄る。
「フランスさん!イギリスさん!」
「二人とも!遅いんだぞ!あれ?日本!来てたのかい?」
「日本さん、あ!荷物!ごめんなさい。」
「いいえ。お気になさらず。それより二人とも今日は大冒険だったみたいですよ。」
「本当?その話後で聞かせてね。」
「ヒーローになれたかい?」
「あのね!あのね!」

 二人が口々に話し出すのに相槌を打ちつつカナダは買い物袋を開けた。
「お話は後でね。先におやつにしよう。」
「おやつ!?」
「おやつ!!」
 二人ともたっくさん冒険をしてお腹がぺこぺこだった。
「今日は買ってきてくれたホットケーキを焼いてメープルシロップをたっぷりかけようね。」
「うわぁ!」
「りんごはまた明日。直伝のアップルパイを焼いてあげる!」
「アップルパイ!?」
「そう、また明日ね。今日はホットケーキ。手伝ってくれる?」
「「手伝うー!」」
 足元にまとわりつく子供たちにカナダが問うと二人は元気良く声を上げた。社会復帰のためのおつかい訓練はこれにて終了です!




「ついでにイギリスの味覚も再教育するといいんだぞ。」
「メープルだらけでフランスさんの味が再教育されたら目も当てられないのでは?」




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