お気に入りの茶葉。お気に入りのティーセット。昨夜出来たばかりのテーブルクロスをバスケットに積めてイギリスは屋敷を出た。玄関から一歩を踏み出した所で朝露に濡れたバラに太陽の光が反射してイギリスは思わず手をかざす。ふと、自分が大変な忘れ物をしたことに気付き慌てて玄関を駆け戻った。
再び玄関に戻ったイギリスが手にしていたのは真っ白なバラだ。朝一番に摘み取ってブーケに仕立てたそれはまるでウェディングブーケのようで、それを忘れては一緒に手伝ってくれた妖精たちに申し訳がたたない。
匂いたつ朝摘みのバラにイギリスは満足気に微笑んだ。自国にしては珍しい晴れ間もイギリスが思わず微笑みたくなる原因かもしれない。イギリスはこの日のためにピカピカに磨いた愛車に荷物を積み込んで意気揚々と我が家を出た。
暫く車を走らせると長閑な街並みはすぐに都会のそれになる。そのまま道を縫うように走っていけばすぐに目的地に着いた。イギリスは路肩に車を寄せてお気に入りの懐中時計を取り出すと針が指しているのは待ち合わせの一時間も前だった。自覚はしていたが自分のあまりのうかれっぷりが少し恥ずかしくなる。
でも1ヶ月ぶりだった。1ヶ月も会えなかった。あと一時間で会える。まだ一時間もまたなきゃいけない…胸がぐるぐるする。まるで中学生の初デートみたいだ。
イギリスは運転席の窓を開けて空を見上げた。よし。雲はない。
その時助手席側からコツコツと窓を叩く音がしてイギリスは驚いて振り向いた。振り向くときに慌てていたせいで窓枠にゴツンと頭をぶつけたのはしょうがないことだと思う。だって本当に驚いたんだ。
「フランス!」
余りにも早い待ち人の登場にイギリスは目を見開いた。慌てて助手席のロックを解除するとフランスはMerciと言って隣に座った。手には大きなバスケットを抱えている。今にもそこから甘い匂いがしてきそうだ。イギリスの視線に気づいたのかフランスはふわりと笑ってちょんとバスケットを持ち上げた。
「いっぱい作ってきたんだ。」
そう言って笑うフランスの鼻の頭が寒そうに少し赤くなっているのに気づく。3月も半ばとはいえヨーロッパはまだまだ寒い。でも駅から出ただけではこんなに赤くはならないはずだ。
「いつから?」
ここにいたんだろうか?フランスとの待ち合わせまで、聞いていたユーロスターの到着時間までまだ大分ある。不思議に思って聞いたイギリスの問いにフランスは照れくさそうに頬をかいた。
「なんか、待ちきれなくて…」
早起きしちゃって、待ち遠しくて一本早いユーロスターに乗っちゃった。
そう言って笑うフランスの笑顔が眩しくて、イギリスの胸が高鳴った。何時だってイギリスはフランスの言葉に表情にドキドキさせられっぱなしだ。
「でも良かった。イギリスが早く来てくれて。」
照れたようにはにかんで笑うフランスが愛しくて、ドキドキが止まらなくてイギリスは思わずフランスの頬にちゅっと口づけを送った。
「え、なぁに?」
突然のイギリスの行動にフランスは真っ赤に染まった頬をぱっと押さえた。
「俺も、俺もはやく会いたかったんだ」
そう呟くイギリスもフランスに負けず劣らず耳まで真っ赤に染まっている。それをごまかすようにイギリスは止めていたエンジンを起動させた。
イギリスが向かったのはイギリスの自宅があるロンドン郊外よりもさらに田舎町だ。そこにはイギリスの別邸がある。都会の喧騒から遠く離れたのどかな村はこのような穏やかな天候の日には絶好のピクニック日和になる。
「んー。」
車を出てフランスはぐっと体を伸ばす。都会とは違い緑の多く残るこの土地はかつて出会ったあの森によく似ている。車を止めたところから少し歩くとキラキラと太陽を反射する湖が見えた。
「いつ来てもここはきれいだね。イギリス」
フランスが湖のほとりまで足を進めて振り返ると車を止めて遅れてやってきたイギリスが自慢げに「だろう?」と答えた。二人は湖のすぐほとりにある屋敷に足を向けた。イギリスが休暇を過ごすための別荘として購入したこの屋敷はリビングの大きな窓から庭に出られるようになっており、庭は湖を一望できる間取りとなっている。庭には小さなテーブルとチェアが備え付けておりちょっとしたお茶会が開けるようになっている。
二人はまずリビングで持ってきた荷物を置いた。締め切っていたカーテンを開き窓を開け放つとすがすがしい空気がふわりとカーテンを揺らし部屋に入り込む。
二人は黙々と準備を始めた。二人で庭の真ん中にテーブルを移動させる。フランスが朝露をぬぐっている間にイギリスがバスケットからテーブルクロスを持ち出す。すっかり乾いたテーブルにふんわりとクロスをかけると舞台は出来上がりだ。イギリスはダイニングに戻りポットにお茶を沸かす。その間にフランスは持参した手作りの菓子を盛り付けてテーブルに広げる。フランスがこんなものかなと少しはなれたところから満足げにテーブルを眺めていると何してるんだかという顔をしてイギリスがいれたてのティーポッドを運んできた。
「いいかんじじゃない?」
「まぁ。こんなもんだろう。」
二人が賑やかなに準備をしているのに気づいたのだろう。いつの間にか二人の周りにはふわふわと妖精たちが集まり始めていた。
最後に仕上げに白いブーケを花瓶に飾ればティーパーティーの完成だ。
二人は揃って席に着く。なぜこんな風に遠出をしてまでお茶会をしているのか。なぜなら今日はホワイトデーだった。日本に聞いた時はえ?白い日って?と疑問に思ったが、つまり今日はセイントバレンタインデーから丁度一ヶ月。今日はバレンタインデーにもらったものをお返しする日、らしい。3倍返しが基本なんですよといわれた時は、日本人ってせこいなと思ったのは内緒だ。
イギリスがポッドからカップに液体を注ぐと途端にかぐわしい紅茶の香りが漂う。フランスはその匂いを胸いっぱい吸い込むとうっとりと息を吐いた。フランスの横では妖精さんも体いっぱいに紅茶の良い香りを吸い込んでうっとりと辺りを漂っている。
バレンタインデーにフランスはイギリスに飛び切りのチョコレートケーキを、イギリスはフランスに特別に育てた美しい花束をプレゼントした。今日はそのお返しの日だ。
とはいってもフランスはまたたくさんのお菓子を用意したしイギリスはブーケとそしてとびきりの紅茶を用意した。いつもどおりだ。いつもの3倍のお菓子を用意するよと言ったフランスにイギリスは俺はこれで3倍返しになるのか?なんて聞いたけど、十分3倍返しになると思う。だってこんなにキレイな場所でお茶会ができるのだ。
時刻はもうすぐ3時になろうとしていた。まだお茶会は始まったばかりだ。
「フランス…」
「なぁに?」
「これ、おいしい。」
「この紅茶もすごくおいしい、それにいい香り。」
「…それ俺がブレンドしたんだ。」
「本当?今日のために?」
「悪いか?」
「嬉しい!」
「フランス…」
「なぁに?」
「…好きだよ。」
「俺も好きだよ。」
「本当に好きだよ。」
「俺も本当に本当に大好きだよ。」
「フランス…」
「イギリス」
どちらかともなく触れ合った唇に妖精たちがきゃぁと悲鳴をあげた。
時刻はまだ3時になったばっかりだ。恋人たちの甘い一夜はまだまだ始まったばっかりだ。
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