眠る君にとびきりの加護を



「うわ、ちょ、怖っ!」
 穏やかな日差しの降り注ぐ中イギリスの焦ったような声が響く。

「あらあら。大変ですね。」
「あちゃー…あいつ動物に好かれるからなー…」

 その姿を日本とフランスが周りの観光客に混じりながら眺めていた。

 今俺たちがどこにいるのか、といえば…

「悪いなー菊。迷惑かけて。」
「いいえ?迷惑なんて、あれは、そう、不可抗力だと思いますよ。」

 日本の古い都、そう言えばほとんどの人がキョウトを思い浮かべるだろう、しかしその更に昔日本の心臓があった場所がここ、ナラの都、らしい。
 今日は日本の案内でナラの歴史物の展示会に来ていた。

 そもそもの始まりは1週間前、ここ日本での世界会議でのことだ。皆で会議後にどこか食事にでも行くか、と駅をぶらぶらしていた時、ふとイギリスが立ち止まった。俺はそれにつられてお?と立ち止まる。

「どうしたんだ?アーサー。」
「あ?あぁ。あれ、気になって。」
「あれ?」
 そうしてイギリスが指差したのが一枚の大判の宣伝ポスターだった。漢字は読めないが大きく三文字で書かれた文字。多分この展示会の名前だろう。それと中央に大きく古びた美術品の写真があった。
「古美術品の展示会か何かか?」
「さぁ、でも、見てみたいな。」

 この一言がことのはじまりだった。
 立ち止まった俺たちを迎えに来た日本に詳細を聞き、それが約1300年も昔の美術品や宝物の展示だということを知った。イギリスは古いものとかが大好きだ。案の定イギリスは日本の話に食いついてあれよあれよという間にいつの間にか俺も一緒に日本に小旅行に行くことに決まっていたのだ。

 そして当日。
 朝から日本と空港で待ち合わせをして3人でナラにやってきた。駅から出てみた最初の感想は「なんかちっさい」だった。

 …いやこれは失礼か。でもキョウトとかを知ってると尚更ちっさく見えるんだよなー

 一方イギリスはというと、少し歩いただけで広がる芝生、放し飼いにされてるシカや古い建物にはしゃぎっぱなしだ。その横を学生だろうか?制服を着た団体がどことなくつまらなさ気に歩いてるのを見るとお前はどこのガキだ!と言いたくなる。

「日本、あいつらはみんな飼われてるのか?」
「いいえ。シカは神の御使いとも申します。飼われているのではなく彼らはここで自由に生きているんですよ。」
「へぇ、友達になれるかな?」
「それは、アーサーさん次第ですね。きっと心から仲良くなりたいと思えば仲良くなれるのではないでしょうか?」

 どこの電波会話だ?

 ひとまず俺たち三人は目的の展示会に訪れた。古い宝物と日本の説明などにひとしきり耳を傾け視線を奪われながら博物館を一周し、近くにある有名な観光名所をいくつか案内してもらう。
 その中でいくつか目に留まる光景があった。

「ねぇ、菊さっきからお兄さん気になってたんだけど…あれってエサ?」
 フランスが声をかけると日本もそちらに目線をやる。そこでは丸いサブレのようなものを持った女の子がシカに群がられてキャアキャア騒いでいる。
「あ、はい。あそこでエサを買ってあげることができるんですよ。よろしければ、試されます?」
 日本が曖昧に笑うのに違和感を持ちつつも、「いや、お兄さんは、」と丁重に断ろうとしたがそれに反応したのが約1名。って丸分かりだよな…

「エサ、やれるのか?」
 ちょっと、坊ちゃん目が輝いてますよ?
 ったく、本当にこいつ動物とか好きだよな…
「あ、はい。アーサーさん試されます?」
 日本があまりにイギリスが期待してますという目で見てくるので苦笑して財布からお金を出してくれた。
「あ、お金は俺が!」
「いいえ、せっかくいらして下さったのですからこれぐらいは。」
 そう言ってイギリスにお金を預けた。
 イギリスは日本の心遣いに瞳をうるうる、この場合キラキラか。させて「ありがとう!」といい売店に向かう。
 あぁあぁ喜んじゃって。フランスが小さいころから変わらないイギリスの笑顔に苦笑して自分からも御礼を言おうと日本に向き直ると、
 あれ?
 いつの間にか日本が少し離れたところに下がっていた。
 なんで?
 フランスが首をかしげて日本の元に行く。
「菊、なんでそんなに離れてる、」
 理由なんて聞かなくてもすぐ分かった。そもそも聞くことさえ出来なかった。なぜなら直後にイギリスの悲鳴が響き渡ったからだ。
「うわぁああああ!!」
「え!?な、何!?何事!?」
 フランスが驚いて振り向くとそこには、
 イギリスが大量のシカに群がられていた。
 さっきの女のコなんて半端じゃない数のシカが次々と寄ってくる。
「いて、なんで?うわっ、ちょ、怖っ!」
 擦り寄る?そんな可愛いものじゃない。まさに体当たりの勢いで寄ってくるシカの群れににイギリスは一瞬で飲み込まれた。目当てはエサかはたまたイギリス本人か。
「アーサーさーん!エサ!エサ持った手、頭の上に上げとかないとすぐに食べられちゃいますよー!」
 日本がイギリスに向けて手でメガホンを作って叫ぶ。その様子は慌てたものではなくどこか面白がっていた。
「菊さん、もしかしてこうなること予想済みだったりする?」
 恐る恐る聞いてみると日本はにっこりと微笑んだ。
「いやです、フランシスさん。そんな確信犯、みたいな。ただなんとなくこうなるかなーとは思いましたが。」
 思ったんですね。
「この時期のシカは発情期で気性も荒いですしもともとアーサーさんは動物に好かれる性質だと伺っていましたから、まぁ、もしかしたらこうなるかと。」
「発情期…」
 それってイギリスに発情してるってこと?…ダメだ、考えるのやめよう…
「まぁ一度奈良に来たならばこれは洗礼のようなものですから。」
 そうしている間にもイギリスは次々と群がってくるシカに本気でおびえ始めていた。
「あぁー、菊さん。あれどうすれば助けられる?」
「そうですね。」
 菊はそこで一拍ためてイギリスに向けて叫んだ。
「アーサーさーん!早くエサをやりきってしまわないと次々と来てしまいますよー!」
「き、菊!そう言ったって!」
「一枚ずつ、一枚ずつやってください!無くなったら手を振ってもう持ってないことをアピールしてこちらへ来てください!!」
 一枚ずつ、一枚ずつ、イギリスがほぼ半無きになりながらもその指令をこなす。あっという間にエサは無くなりイギリスはもう無い!と手を振るがなかなか群れがイギリスから離れない。
 イギリスがぐるっと首をめぐらしてこちらを向くと、目が合ったフランスを必死で見てくる。
 あー、お兄さんご指名ですか?
「アーサーさんが呼んでいらっしゃいますね。」
「だねぇ、助けろと、」
「そのようですね。」
 のほほんと動く気のない日本を尻目にフランスが覚悟を決めて群れの中に突っ込む。
 うわ、痛い、痛い!こわっ!
 ようやくイギリスの元にたどり着き、ぎゅっとイギリスを抱きしめる。するとイギリスが必死にぎゅーっとしがみついてくるものだからそのままイギリスを腕の中に抱え込むようにして少しずつ群れから離れた。そのまま日本を引っ張って歩き出す。
 しばらくシカは着いてきていたが興味を失ったのか、はたまた次のターゲットを見つけたのか徐々に散らばっていった。
 フランスはそれを確かめて未だにしがみついたままのイギリスの頭を撫でてやる。
「坊ちゃん、もう行ったよ?」
「本当か?」
「うん。もう大丈夫だから。」
 その言葉にようやくイギリスが顔を上げるとイギリスはぼろぼろと涙を零していた。
 それがあまりにもかわいくていつかの誰かを思い出させてフランスは吹きだす。
「ぶっ、坊ちゃんたら、そんなに怖かった?」
「て、てめ!笑うんじゃねぇよ!あれを体験してないからそんな風に言えるんだ!本気で怖かったんだからなぁ!!」
 笑われたことに顔を真っ赤にさせてイギリスが言い返してくる。
「大丈夫でしたか?アーサーさん。」
 日本もあまりのイギリスの泣きっぷりに苦笑して声をかけてくる。するとイギリスはますます顔を赤くして俺から飛び離れた。乱暴にごしごしと目元をこする。
「わ、わりぃ。大丈夫だ!」
 あぁあ、そんなふうにこすったら目元が腫れちゃうのにってか、今日本がいるの忘れてたでしょう?
 そうは思ってもフランスは何も言わずぐっと我慢する。ここでそれを指摘すれば火に油をそそぐようなものだ。烈火に怒りだしたイギリスにぼこぼこにされるのは目に見えてる。
 イギリスの照れ隠しはとにかく痛い。

 まぁ後から思い返せばこれも旅の良き思い出だ。
 その後落ち着いたイギリスを連れて日本に当初の予定通りいろんな所に連れてってもらった。そのころにはイギリスの機嫌も治っていたがシカが近づいてくるとさっとさけるようになった。
 いざとなれば俺を盾にすればいいとでも思ってるのかぴとっと近づいて離れない。

 その夜二人は近くにある日本の別宅で一晩の世話になっていた。
 風呂も借りて各自が充てられたゲストルームで就寝の準備をしていた時、
「なぁ…」
 障子の向こうから声がかかる。
「まだ起きてるか?」
 そう言って部屋に入ってきたのは案の定イギリスだった。いや日本が夜這いに来てくれるなんてカケラも思ってないですよ!
 イギリスはというとなぜか枕を腕に抱えている。

「一緒に寝ても言いか?」
 抱えた枕に顔を半ば隠してイギリスが問う。いやいや、真っ赤になった耳、隠れてないぜ?
「ダメって言ったらお前どうすんのよ。」
 断るつもりなんてないのに聞いてみる。するとイギリスはぱっと顔を上げて泣きそうに顔をゆがめた。
「帰る。」
 そう言って本当に部屋に戻ろうとするからフランスは慌ててイギリスの腕を引いた。イギリスは簡単に後方に倒れフランスの腕の中に納まる。
「ごめんね。嘘だよ。おいで。」
 そのままイギリスを自分ごと掛け布団でくるんでやるとイギリスはほっとしたような顔でしがみついて擦り寄ってきた。
 その様子に昔の記憶が蘇る。小さい時のイギリスも兄達に追いかけられて傷つけられた夜はフランスの元にやってきた。まぁそんな機会はめったになかったが、結構通ってたとはいえ昔はそこまで頻繁に通える場所じゃなかった。
 それでもそうやってしがみついてくる夜は決まって夜中に何かに追いかけられたりする夢を見てイギリスがうなされるため、できればフランスはイギリスがくっついてきたら一緒に寝てやるようにしていた。

「怖い夢見たら起こしていいよ。」
 イギリスを抱きしめる腕に力をこめてつぶやく。
「う、うるさい、怖くなんかないんだからな!」
「はいはい。」
「ふ、フランスが怖いだろうから一緒に寝てやるんだからな!」
「はいはいはい。」
「ちゃ、ちゃんと聞いてんのかよ!」
「ちゃんと聞いてるよ。」
「フランスのばか。」
「なんでおにいさんがバカなのよ。」
「ばぁか!ばか!」
「…あのなぁ、あぁもういい、ほら、もう寝ちゃえ。」
「…ん。」
「おやすみイギリス。良い夢を」
「おやすみフランス。」

 たとえ怖い夢を見ても大丈夫。だってあなたが助けてくれる。
 




何が書きたかったのか 笑 仏英in奈良でした。
奈良にいらっしゃる水嶋桜様の誕生日プレゼントのつもりだったのですが 汗
なにかが違う気がする…
とりあえず鹿は怖いよ。鹿怖い…

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