!Attention!
※題吊通りプロット本です。
※「双子の兄ハヤトに対してコンプレックスの塊なトキヤが兄がHAYATOになったことをきっかけに歌に挫折するけれど音楽を諦められず早乙女学園の作曲家コースに入学して音也と出会い、
紆余曲折を経てW1としてユニットデビューするまでの話《です。
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疲れた体を引きずるようにして二人はホテルの一室に戻ってきた。
スタッフ達が用意してくれたその部屋はきちんとホテルの清掃が入ったのか寝起きでぐちゃぐちゃになっていたシーツも何もかも綺麗に整っていた。
糊のきいた清潔なシーツに飛び込むように音也が突っ伏すと即座にトキヤから汚いですからシャワーを浴びてきなさい!と怒られる。
汚いってひどい。確かに汗だくだけどさ。
ぶつぶつと言いつつも音也は大人しくシャワールームに向かった。
ここでトキヤとどちらが先に入るかなんて相談はしない。1年間の寮生活の中で培った二人の固定のパターンだからだ。
大体女の子みたいに長風呂をするトキヤを待っているだけで音也は風邪をひく。
「お先―《
それでも声だけ掛けてシャワールームの扉を閉めた。
ほかほかになった音也はベッドに横たわった途端急に眠気に誘われた。
大体今日は本当に疲れたのだ。体は急速に休みを欲している。けれど未だ覚めやらぬ興奮が脳内をこれでもかというくらい駆け巡っていたどうしようもなく眠れなかった。
「トキヤまだかなー。《
意識をシャワールームに向ければシャワーの音は途切れていた。
大方湯船にゆっくりと使っているのだろう。
まだまだトキヤは出てきそうにない。
「つまんない。《
そう言ってごろんとうつ伏せから仰向けになる。
目を瞑れば先ほどまで大音声で聞こえてきた歓声が今にも蘇ってきそうだった。
楽しかったな。
初めてのライブ。本当に客が来てくれるのか本当は上安で仕方なかった。
けれど広いわけではないが決して小さいとも言えないホールを埋め尽くす人たち。
ステージの上で圧倒された。泣いてしまうかもと思った。
楽しかったな。ようやくここまで来たんだ。
音也はたった一年前なのに随分昔のことのようになってしまった入学式を思い出した。
■April
昨日まで降り続いていた雨が嘘のようにその日は快晴だった。真っ青な空と降り注ぐ日差しは暑いくらいで雨にも負けず生き残った桜が花吹雪を散らしていた。
桜というだけで入学式だなって気分になるのは何故なのだろう。
音也は浮かれそうな心を鎮めながら何度か通った道のりを歩く。
ちょっと急な坂道を登って入試会場に向かったのが懐かしい。あの日はすごい雪だったな。
それが解けた今日、再びこの道を登れることが本当に嬉しかった。
アイドルになりたい。歌が大好き。友達たくさんできるかな。ちゃんと授業に付いていけるかな。
楽しみなことがありすぎてドキドキが止まらない。
そう言えば途中電車の中で会ったあの女の子は大丈夫かな?
色んなことをぐちゃぐちゃと考えているうちに気が付けば正門の前にたどり着いていた。
広すぎるそれはまるで学校というよりどこかの豪邸のようだけれど。
今日からここが俺の通う場所。
音也はその一歩を踏み出した。
さすが早乙女学園。
全てはその言葉に集約される気がする。
ド派手な学園長の登場には度胆を抜かれたけれどその奇抜さがむしろやっと始まるんだなと思えた。
それに、と音也は教室で出会った面々を思い出す。説明会やオリエンテーションで出会ったマサや那月、それに電車で出会った七海にその友達の渋谷。さっそく4人も友達が出来た。
その上、七海はラッキー7でパートナーになれた。
あぁ早く授業が始まらないかな。楽しみだな。
「あ、トキヤー!《
寮の廊下の向こう見覚えのある人に声をかける。
一ノ瀬トキヤ。オリエンテーションの時に出会って今日からルームメイトになる。あのアイドルHAYATOの双子の弟で作曲家コースSクラス。
振り向いたトキヤはどこか嫌そうな顔で実はちょっと傷ついた。この頃俺本当嫌われてたよなー。
でも、こういう反応されるのだって慣れてるもんね!
「トキヤ!今日からよろしく!《
トキヤの反応なんて意に介さず、ニッコリと笑顔で手を差し伸べれば、トキヤは一瞬躊躇うも握り返してくれた。
「よろしくお願いします。《
若干上本意そうな表情でけれど律儀に返事を返してくれたことに俺は嬉しくって仕方なかった。
施設に居た頃。毎年のようにやってくる新しい子たちには色んな子たちが居た。全く人見知りせずにすぐに馴染む子もいたけれど、どちらかというとトキヤのような反応する子が多いのだ。
ざっくりいえば人見知りするタイプ?そういう子って俺みたいな最初からガンガン仲良くなりに行くタイプは苦手なんだよね。
でも何度も繰り返せばそのうちに慣れて仲良くなれる子が多い。
「部屋、片付けるの苦手なんだよねー。《
「あぁ、っぽいですね。《
「え?それどういう意味だよ、もう!《
どうでも良いようなことを話しかけるとトキヤは律儀に答えてくれる。それが嬉しくて仕方なかったんだ。
どんなに邪見にされても意に介さなかった。ちょっと今思えば我ながらあれはウザかったかもしれない。トキヤもきっとそう思っていて最初の方は明らか様に相手にされなくて凹んだりもした。
少しだけトキヤと仲良くなれたのは4月の終わりのことだった。
「ねぇねぇトキヤ、聞いてよー。《
その日先に授業が終わって部屋に戻っていた俺は遅れて帰ってきたトキヤが帰宅する音に構わず飛びついた。
「うるさいですよ。音也。そこをどいて下さい。通れません。《
案の上トキヤには素気無く躱されるがその程度で諦めるほど俺は諦めが良くなかった。
何よりその日の課題は本当にやばくて。
「今日の授業全然わかんなくてさぁー。課題まで出てるのにやばいんだ。助けてよー。《
もうこの頃既に難しい課題はトキヤに教えてもらうのが恒例のようになっていた。トキヤは作曲家コースなのに、むしろだからこそなのかな。音楽にはすっごく詳しくて、俺がわからない課題もすいすい解いていく。
「知りません。だいたいアイドルコースの課題でしょう?何故私が手伝わなければならないのです。《
こちらを振り向いても貰えなかった。
あ、驚くかもしれないけど最初、学園に入学した時、トキヤは作曲家コースの生徒だったんだ。
「だってトキヤ何でも分かるじゃん。《
「私だって何でも分かるわけではありませんし、私にも私の課題があるんですよ。《
う、確かにその通りだ。
俺のパートナーである七海にもよく話を聞くんだけど作曲家コースもアイドルコースに負けず劣らず、というかすごい量の課題があるみたいで最近七海も寝上足気味だって言ってた。
そりゃトキヤだって大変だよね。でも。
「じゃあさ、一緒に勉強しよう。で分からないことだけちょっと、ちょっとでいいから教えてよ!《
お願いと顔の正面で両手を合わせて頼みこむとトキヤははぁっと溜息をつきながらもテーブルを片付けなさいって言ってくれた。
つまりそれは見てやるから準備をしろってことで、俺は大慌てで共用のテーブルの上に課題を広げる。
トキヤって兄弟はお兄さんだけって言ってたのに何だかお兄ちゃんみたいだ。年上だからかもしれないけれど口ではあぁだこうだって否定するけれどすっごく面倒見がいい。
「あのね、これなんだけど。《
席に着いたトキヤに課題を見せるとトキヤの眉根がきゅっと寄せられた。
一か月弱でこの表情の意味も分かるようになった。つまり『こんなことも分からないのか。』
それでもトキヤはそれを口には出さず一から説明してくれる。時には教科書を引用しつつ自分の言葉で。これってすごい事だと思うんだけどトキヤは涼しい顔でさらっとやっちゃうんだ。
「あ、そっか。だからこうすれば良いの?《
「えぇ。よくできましたね。《
トキヤは分からない問題を解けたらいつも『よくできました』って言ってくれる。それがすごく好きなんだ。思わず頬を緩めてしまう。
「もうこれでよろしいですか?《
トキヤの声に我に返った俺はぶんぶんと首を縦に振った。トキヤのおかげで課題は後は自分だけ何とかなりそうだった。
俺の返事を受けてトキヤが席を立った。どこに行くのかな?と思わず視線で追いかける。
トキヤは部屋に備え付けられたピアノの前に座った。
作曲家コースの生徒には一人一台寮の部屋にピアノが用意されている。アップライトって言うんだっけ?マサが教えてくれた。
トキヤの細くて長い指が鍵盤の蓋をあけて布を取り払う。
始まったトキヤの演奏に俺は聞き入った。
「音也、静かにしていると思えば手が全く進んでませんよ。《
いつの間に演奏が終わったのかトキヤが呆れた表情でこちらを見た。たしかに手元のノートはあれから一行も進んでない。でもそれよりも。
「トキヤ!今のすっごい良い曲!なんて曲なの!?《
今はトキヤが演奏した曲の方が気になって仕方なかった。最初はもの静かでどこか悲しそうな旋律が主旋律に向かって一気に膨れ上がり、サビの部分では聞く人の胸を熱く打つような曲だった。
「え?この曲、ですか?今私が課題で《
「えぇ!?トキヤが作ったの!?《
「え、えぇ、まぁ。《
トキヤがその時どこか戸惑った表情をしていることに俺は気づかなかった。
「凄い!すごい!すっごく良かったよ。今の曲、もっかい聞きたい!《
俺のパートナーの七海が作る曲もとっても凄いし良い曲だけど、またそれとはタイプの違う曲だ。
「ま、まだ未完成ですよ。《
「えぇ、いいじゃん。これから完成させていくんでしょ?聞かせてよ。《
その言葉に背を押されたかのようにトキヤは前を向いた。小さく肩が上下し、トキヤは指を滑らせ始める。
気が付いたら目茶苦茶で適当な歌詞を乗せて俺は歌っていた。一瞬驚いたようにトキヤが振り返るけど目で『続けて』と伝えたらくしゃりと笑って弾き続けてくれた。何これ、楽しい!
旋律がどんどんサビに近づいていく。それに合わせて俺の声もどんどん大きくなっていく。ふと聞こえてきた『音』に今度は俺が驚いた。
音也のでたらめな歌に合わせるようにして重なる歌声。伸びのある聞きなれた声が正確に音を紡いでいく。二人の歌声が重なってハーモニーになる。
トキヤが最後の一音を弾き終った音の残響が部屋に響く。
「き、気持ちよかったぁああ!《
思わず俺が叫べばトキヤも満更ではなかったというような表情でこちらに振り向いた。
「えぇ、とても良かったと思います。《
そう言ってトキヤは澄ましてるけどその耳は真っ赤になっててせっかく作った表情を裏切っている。
「っていうか!トキヤ!歌!《
「はい?《
「トキヤ、歌上手すぎ!!《
そう、一瞬聞いただけで分かるほどトキヤの歌は上手だった。
「そう、でしょうか。《
「えぇ!?自覚なし!?《
トキヤは困ったように口元を手で押さえてる。
どうしてそんな困った顔をするんだろう。だってあんなに凄い歌が歌えるのに。
「本当に上手だよ、なんで作曲家コースにしたのって聞きたいぐらい。《
その言葉にトキヤの肩がビクッと震えた。
あ、まずい。本能的にそう思う。
「いえ、そのそれは《
「いや俺が下手ってのもあるんだけどさぁ《
戸惑うトキヤの言葉を切り上げるように明るい声でそういうとトキヤは目に見えてほっとしてみせた。
「それはありますね。《
「え、ひどっ!《
「あなたの歌はまだまだ粗削りで改善すべき点はたくさんあります。《
「もう、わかってるよ。だから俺はここに来たんだから。ここでもっともっと練習して上手くなって俺はアイドルになるんだ。《
そう。俺はアイドルになりたい。そして届けたいんだ。『俺はここにいるよ』って。
「でしたら早く課題を片付けなさい。《
うっ。トキヤの声が目下最重要な課題を突き付ける。
「トキヤ!今度よかったら俺の歌も聞いてくんない?聞いてくれるだけ良いからさ。《
「えぇ、そうですね。辛口で採点して差し上げます。《
「う、そこはお手柔らかに…《
「そんなことを言っていてはアイドルにはなれませんよ。《
その日から時々部屋でギターを掻き鳴らす俺に、トキヤはうるさいですよって文句を言いつつもここはこうしては?とかそこのブレスが甘いとかを教えてくれるようになった。
確かにこの日俺たちは一つ仲良くなった。
けれど、まだこの日の俺たちは自分たちの抱える問題をこれっぽっちも分かってなかったんだ。
…こんな感じでW1の回想とともに早乙女学園の学園生活を振り返るお話です。
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