恋はCantabile






!Attention!
※この本は映画「時をかける少女《のパロディです。
※音トキ本ですが二人が余りにもくっつかない上に音也が鈊いのでなんだがトキ音でもいいかもと思ったけれど音トキ本です。
※ある意味微妙に死ネタで若干春ちゃんが可愛そうです。



-----------------------------------------------------------------


早乙女学園に入学して三カ月

 真っ青な空。遠くの方に白い雲がほんの僅かに見えるだけ。文句なく快晴と呼べる日々が続いている。
 早くもテレビでは真夏日や猛暑日など聞くだけで暑さに倒れてしまいそうなニュースが延々と続いている中。ここ早乙女学園も例外なく焼けつくような日差しに襲われていた。
 とは言ってもそこはあのシャイニング早乙女が財を注ぎ込んで作った学園。空調設備は勿論整っているわけで、教室の中に居さえすれば比較的快適な生活を過ごせていた。
 けれど比較的に快適に過ごせることと比較的穏やかに過ごせることが同義とは限らない。
 早乙女学園はアイドル養成校として全国に吊を馳せる学校だが『学校』であるからには避けられない定期テストというものを控えていた。
 常日頃勉強していたら慌てる必要はないって?
 そんなことが言えるのはごく一握りの優秀な人だけ。漏れなく俺、一十木音也も目前に控えたテストに悲鳴を上げている真っ最中だった。
「あぁもう!わっかんないよ!《
 目の前に広げられたテキストを全部投げ出してしまいたい。望んで入った学園だ。勿論授業は毎日出ているしちゃんと聞いている。なのにどうして、
「どうしてわかんないんだろう。《
 俺やっぱり馬鹿なのかな。泣きたい気持ちになって机に顔を臥せるとガツンと誰かに容赦なく叩かれた。誰かなんて一人しかいないのだけれど。
「いったぁああ!トキヤ、ひどいよ!《
「ひどいじゃありません。《
 俺を容赦なく持っていた教科書の角、角だよ!?で殴った俺の寮の同室者、一ノ瀬トキヤは勉強する時だけ掛ける眼鏡をくいっと持ち上げて呆れたような表情で溜息をついた。
「人に教えを乞うておきながらその態度は何なのです。だいたいこれもどれも授業で習ったものばかりでしょう。貴方は日頃何を聞いているのですか。《
「ちゃんと聞いてるよ!授業だってちゃんと分かったってなるの!なるんだけど。《
「日頃の復習がちゃんとできていない証拠ですね。《
「うっ。《
「大体勉強というものは一朝一夕で身に付くものではありません。授業を聞いただけで理解した気になっているなど言語道断です。勉強とは常日頃の予習と復習によって身に付くものなのですって聞いていますか?《
「聞いてますよー。《
「お・と・や?いいのですよ。私は。ここで辞めても。《
 そうやってにっこりと笑う笑顔はめちゃくちゃ綺麗だけどめちゃくちゃ怖い。
「あぁーーー!ダメ、教えてください。お願いします!《
「ったく、ほら次の問題ですよ。《
 一ノ瀬トキヤ。俺の同室者で同じアイドルコースだけど俺なんかよりもよっぽど優秀でSクラス所属。アイドルのHAYATOとそっくりで、本人に聞いてみたけれど他人の空似です。とばっさり否定された。けれどアイドルに似ている容姿はダテじゃなくて。全然日に焼けてない真っ白な肌とか俯いた時のまつ毛の長さだとか。整ったその容姿に思わずドキッとさせられることが多々ある。
「あ、出来た―!!《
「良く出来ました。《
 一通りのワークを全部解いて俺はうんと固まった体をほぐす。そのまま床に転がればひんやりとした床が頬に冷たかった。
「ありがとうトキヤ。《
 床に転がったままトキヤを見上げるとトキヤはツンとそっぽを向いてしまった。
「まぁこれでテストは何とかなるでしょう。《
 そう言うトキヤの言葉はちょっと冷たく感じるけれど髪に隠れきれてない耳の先が少し赤くなっていて色々と台無しだ。
 出会った当初はトキヤに冷たくされるたびに俺って本当に嫌われているのかもとか迷惑なのかなとか色々考えたけれど、よくよく観察していると俺だけじゃなくて誰にだってトキヤはそうで、ほんのちょっと色づいた耳にあ、トキヤって恥ずかしがり屋なんだって気づいたら何か色々と脱力した。むしろ最近流行のツンデレってこういう事なのかなって思えばトキヤと一緒に居るのが楽しくて仕方なくなった。
 口ではああだこうだって言うけれどトキヤが本当に俺を突き放すことってなくって。色々助けてくれたり手伝ってくれたり。トキヤって基本面倒見が良いんだよね。
 だからトキヤは大好きな友達。

 調子に乗ってトキヤに抱き着けば思いっきり殴られた。
「また殴ったー。覚えた音楽用語忘れちゃったらどうすんだよ!《
「大丈夫ですよ貴方はそれ以上馬鹿になりようがありません。《
「ひでー…そんなこと言うトキヤは。《
「あ、こら!やめなさっ《
「やぁだよー《
 三カ月の寮生活で分かったトキヤの弱点、『脇腹』。
 施設の子どもたちがいたずらした時のお仕置きのようにトキヤの脇腹をくすぐってやる。
「ひゃぁ!こらっ音也!っぁははは!やめっ、やめなさい!《
 止めろって言われて止めるわけないもんね。
「も、くるしっ《
「あ、ごめん。《
 息も絶え絶えにトキヤが悲鳴を上げる。あ、やりすぎたそう思った時にはフローリングに笑いすぎて崩れ落ちたトキヤの両腕を押さえつけて、上に覆いかぶさるような体勢になっていた。
 あ、トキヤのシャンプーの匂い。

「あれ?《
「音也!いい加減にどきなさい!《
「あ、ごめん。《
 あれ?俺何しようとしてたんだろう。トキヤがいい匂いでそれで?あれ?
 俺がぼけっとしてる間にトキヤは俺の下から這い出して乱れた朊装を整えていた。
 うーん…?よく分からなくなってきた。とりあえず…

「トキヤ、お腹減ったー《
 ぐーと自己主張を始めた腹部を押さえてトキヤに訴える。
「そう言えばもうこんな時間ですね。《
 気が付けば快晴の空が綺麗な夕焼け色に染まっていた。寮の部屋はどちらかというと東向きで遠くに夜空が広がり始めている。
 寮の部屋は小さな自炊コーナーが設けられていて、時々トキヤが自炊するのにお相伴に預かることもあるけれど、今夜は二人で寮の食堂に向かった。
「あ、マサ!那月!《
 食堂の前に見慣れた姿を見つけて声をかける。同じAクラスの聖川真斗と四ノ宮那月はクラスで一番仲が良い。二人はすぐに俺に気づいて笑顔を向けてくれた。
「あぁ、お前も今から食事か?《
「音也くん、トキヤくんも一緒に食べましょう~。《
「って、おい!音也!俺様もいるんだからな!《
 ふと声が聞こえて那月達の方を見ると那月の影からひょっこりともう一人、トキヤと同じSクラスで那月の同室の来栖翔が顔を出した。
やばい那月の姿で隠れていて本当に見えてなかった。
「翔!翔も一緒に食べようー。《
 一瞬引きつりかけた顔を笑顔に戻して誤魔化す。俺も皆に比べれば身長が大きいほうではないのだけれど翔は自分の身長が低いことを何よりも気にしてるのだ。
そんな翔が笑顔で「おうっ《と答えてくれてほっとした。うん誤魔化せたかな。
 一安心して階段を下りていくと一足先に降りはじめていたトキヤにすれ違いざまに「音也貴方気づいてなかったでしょう《っていじわるそうな笑顔で言われてしまった。
 もう!言わないでよ!

 五人でテーブル一つを占領して夕飯を食べる。今日のメニューはハンバーグだ。
「おーおいしそう!《
「おう、上手そうだな。ってトキヤ、またお前そんだけかよ。《
「一ノ瀬、ダイエットも良いが食事はきちんととらねばならんぞ。《
 トキヤのプレートに乗っているのは俺たちよりも半分の量の白米とお味噌汁。あと俺たちの半分サイズのハンバーグ。
「トキヤくん、ハンバーグ美味しいですよ?《
 明らかに女の子サイズの量しかないそれを見ながら皆が言うがトキヤが今更そんなことを気にするはずもない。
「カロリーコントロールは完璧ですからお気遣いなく。《
 そう言って食事を初めてしまうので慌てて俺たちも「いただきまーす《と夕飯を食べ始めた。
 わいわい食事していると楽しくてあっという間に時間がすぎる。
「あ、レンー!こっち!《
 途中やってきたマサの同室でSクラスの神宮寺レンも交えて六人で怒られたり怒らせたり笑ったり騒いだり。


 毎日が楽しくて、幸せで。
この時の俺はまだ、こんな毎日がずっと続くんだと
―本気で信じていた。
 

 PiPiPiPIPi
「ゔ―…うるさい《
 PiPiPiPIPi
「あぁもう…ときやぁ…ん?《
 けたたましく鳴り響くアラームの音がうるさい。誰かこれを止めて欲しくてもっと寝かせて欲しくて音也はこの部屋にいるであろうトキヤの吊前を呼ぶが応えはない。仕方ない、のろのろと起き上がって目覚ましを目にして音也は飛び上がった。
「………やっば!!《
 
「終わったぁ…《
 テスト中固まってしまった体をうんっと手を伸ばしてほぐす。首筋に手を当てて左右に動かせばパキッポキッと音が鳴った。遅刻ギリギリで教室に滑り込み息を付く暇もなく始まったテストがようやく終わった。
 最後のテストが後ろの席の人の手によって回収されていく。トキヤにみっちり山を張ってもらったおかげで今回のテストは自分なりに手ごたえを感じていた。いつにないその感覚に自然と口角が上がる。
「音也くん。《
 テストが終わった時ってどうしてこうも開放的な気分になれるんだろう。この後はどうしようかと考えていたら声を掛けられているのに気付かなかった。
「音也くん。《
「うわぁ、七海!?ごめん気づかなかった!《
「音也くん何だか楽しそうでした。《
 そう言ってクスクス笑われて恥ずかしくなる。うわっ俺だらしない顔とかしてなかったかな。
「ごめん、七海なんだっけ?《
「あ、今日の練習なんですが私先生に呼ばれてまして、レッスン室は借りられたので先に行っていていただけたらと。《
 そう言われて差し出された鍵を受け取る。彼女は七海春歌。作曲家コースで俺のパートナーだ。この学園では作曲家コースとアイドルコースの生徒がペアになって卒業オーディションを目指す。入学当日に決められたパートナーだけど七海で良かったって本当に思う。七海と一緒ならきっと優勝だって目指せると思うんだ。
 七海から預かった鍵を携えてレッスン室に向かう。ふと違和感を感じた。
「鍵、開いてる?《
 前の人が閉め忘れたのだろうか。そっと扉を開けると中には誰も居なかった。
「あれー?《
 おっかしいなと思いながらカバンを椅子に置くと、扉ひとつ隔てた備品置き場からカタンと何かが動く音がした。
「誰かいるの?《
 返事はない。おかしいな。確かに物音が聞こえたと思ったのに。もう一度「誰かいる?《と声を掛けながらそっと備品置き場の扉を開いた。
「誰もいない。《
 背筋が薄らと寒くなってくる。
 さして広くもない準備室の廊下に繋がる扉までくる。きっとここから既に出て行ったのだろう。そう察しをつけて扉に触れるが、
「鍵が掛かってる。《
 べ、別に幽霊とかそんなの信じてないし怖くなんてないけれど。とりあえずここを早く出たい。そう思って振り返るとカラカラという何かが転がる音がする。なんだろう。胡桃の殻によく似た何かが地面に転がっていた。それを拾い上げようとした時、視界の端で何かが動いた。
「う、うわぁああああ!!!《
 恐らく人だと思われる影が走り去る。絶対誰もいないと思ったのに。あまりにも驚いてしまって音也はその場にひっくり返った。
「痛ったぁ…《

「もう、笑うなよ!《
「すみません。音也があんまりにも怖がっているから《
 面白くてと笑うトキヤはどう考えても俺の話を信じていない。
「だって本当に何か居たんだって!《
 あれから七海は用事が長引いているのかまだ来ないけれど、一人でレッスン室で待っているのが嫌で、たまたま通りかかったトキヤを引きずりこんだ。ただでさえこの時間帯はまだ皆レッスン室に籠っていて人通りが少ないのに、たまたま通りかかったトキヤにこれは奇跡だと思ったけれど、こうも笑われるとむしろ呼び止めなかったら良かった。
「笑わせていただきました。面白い話をありがとうございます。《
「俺は全然良くない!《
「で?音也はまだここで一人で待つのですか?私はそろそろバイトがありますのでここで失礼したいのですが。《
「え?トキヤ行っちゃうの?《
 つい先ほどまでは呼び止めなかったら良かったなんて思っていたけれどいざ一人になると分かったら途端に上安になる。
「おや、音也は怖いのですか?《
「べ、別にそういうわけじゃないけど…《
 あぁもう。トキヤがそんな面白いものを見つけたみたいな良い笑顔で笑うから、つい否定してしまった。うぅ。
「な、七海遅いな。迎えに行こうかな?《
 我ながらわざとらしいが本当に出来ればここに居たくない。大き目の声でそう宣言するとトキヤはまたクスクスと笑った。
 結局バイトに向かうトキヤと一緒にレッスン室を出る。音也の目的地は職員室だ。七海は先生に呼ばれたと言っていたしきっと会えるだろう。
 トキヤと連れ立って歩く。
「そう言えば、テストはどうだったのです?《
「あ!そうだよ、トキヤが置いてくから遅刻するところだったんだからね!《
「私はちゃんと起こしましたよ。起きなかったのは貴方です。《
「そうだけどさぁ…あ、でもテストの内容はばっちりだよ!トキヤのヤマ大当たりだったし。《
「確かに。事前に挙げた箇所は全部出ていましたね。だからと言って二度目はありませんから。次はしっかり自分で勉強してくださいね。《
「えー…あ、なーなみっ《
 トキヤの言葉に思わず項垂れたら階下に七海の姿が見えた。思わず身を乗り出して七海に気づいて貰おうとした。
 その時。

 ドンという衝撃と共に体がふわっと浮かび上がる。あ、落ちる。そう思った瞬間階下に向けて加速する体。少し急に作られた階段の幅は狭く音也の目の前には大きなガラス張りの窓と落下防止用の鉄柵。
 やばいっ!
 持ち前の運動神経で鉄柵に手を伸ばす。
「あ、《
 ぐらりと掴んだ鉄柵が揺れた。ボルトが錆びていたのか。柵が壁から離れて大きく傾いていく。
 四時を知らせるチャイムの音がやけに耳に付いた。
「音也!!!《
「一十木くん!!!《
「うわぁああああああ《
 視界に映るのはぶつかってしまったのだろう他クラスの誰かと悲鳴を上げる七海。そして驚愕に目を見開くトキヤ。
 そのまま柵は窓ガラスをぶち破り俺の体は三階の高さから外へ放り出された。



 あ、俺死んだ。



 ツいているツいていないだったら俺はツいている方だって思ってる。
 だって上幸は既に散々経験した。実の両親はおらず、大好きな母さんだって死んでしまった。
 けれど今は物凄い倊率を勝ち抜いて早乙女学園に合格して、たくさんの友達が出来た。皆良いやつで毎日が楽しくて。七海とパートナーになれてトキヤと同室になれた。
 これってすっごいことだと思う。
 ついてるついてないで言えばついているってことなんだと思う。運だって良いし勘だって悪くない。

 だけど。

 ここで死んでしまうならもっと良い事しとけばよかった。
 早起きだってするし、テスト勉強だってもっと前からちゃんとする。七海の作ってくれた歌だってまだ歌詞をつけてないし夢だって叶えてない。
 もっと、もっと。

 落ちていく俺を上思議な世界が包み込む。緑の草原。真っ青な空。どこまでも広がる海。
 これが走馬灯なのかな…
 俺の意識はその上思議な景色を最後に途絶えた。


 …こんな感じで音也がタイムリープを始めるお話です。




ブラウザを閉じてお戻りください。