歪みの国のアリス
シンと静まり返った廊下にカツン、カツンと規則正しい靴音が鳴り響く。そのリズムと共にひらひらと闇色のマントが揺れる。
男がたどり着いた先にあるのは注視していなければ気づかないだろう壁と同化した小さな装置。男は迷いの無い動作でそれを操作する。すると、今まで壁にしか見えなかった壁が音もなく動き出し、暗い入り口がぽっかりと開いた。滑り込むように入り口をくぐればその動作に呼応するかのように入り口は閉じ、「Pi」という小さな音と共にロックがかかる。既に施錠されたそれに更に内側からいくつかの鍵を掛けたところで、男はようやく肩の力を抜いた。
16畳ほどのリビング兼寝室。奥にはシャワールーム、キッチンなどの水回りも用意されている。悪逆皇帝を討ち世界を救った英雄が暮らすにしては質素な部屋。しかし、これは綿密な計算のもと作られた世界で最も安全な部屋なのだ。全ては英雄・ゼロが悪逆皇帝のただ一人の騎士・ナイトオブゼロ、枢木スザクであることを覆い隠すための部屋。スザクにとって唯一気を抜くことができる部屋なのだ。
「ただいま」
やっとたどり着いた気の抜ける場所。スザクは疲れた身体をほぐすように腕を回しながら唯一の家具らしい家具、ベッドに腰掛けた。正面には大きな鏡。スザクがこの部屋が完成した時に頼んだ唯一のものだ。
大人一人を映してもまだ余る大きな鏡はたった一人の男を映している。
「ただいま、ルルーシュ。」
そう、ゼロを。
「今日は扇さんから連絡があったよ。もうすぐ世界が生まれ変わった日だからね。」
―…
「言ったっけ?今年は日本に行くことになったんだ。日本も扇さんが総理に就任して大分落ち着いてきたからね。本当の意味で歴史的な現場はやっぱり日本だから。」
―…
「そうだ!今日ね、珍しい人から連絡があったんだ!誰かわかる?あのね、ミレイ会長から連絡があったんだよ!日本に来たときはアッシュフォードに寄って欲しいって、ナナリーに連絡が来たんだ。」
―…
「まぁ、ナナリーは皇帝なんだし護衛とかいろいろなこと考えるとあんまりいろいろ外出するのは良くないのかもしれないけど、僕も付いていくし、何よりナナリーがすごく喜んでてさ、毎日一生懸命頑張ってるし息抜きにと思って。」
―…
「花火をするんだって。今年の夏にもアッシュフォードに行っただろう。あの時もミレイ会長は花火を用意してくれたんだけどナナリーのスケジュールの関係でどうしても昼間しか開いてなくて、結局昼間に花火を上げたんだよね。だから今回は夜に、ちょっと寒いかも知んないけど冬の花火ってのもいいだろう?」
―…
「そう、僕もまた行くんだよね。本当は僕みたいなのがナナリーと一緒にうろちょろするのはどうかと思うんだけど今回はリヴァルが趣向を凝らしてくれるみたい。まぁミレイ会長が裏で糸引いてるみたいだけど」
―…
「君前に行政特区日本の時たくさんのゼロで目くらまししてくれただろう?あれを参考に今度ゼロ祭りをするんだって。それならナナリーも僕もばれないだろうって。」
―…
「馬鹿なんて言っちゃダメだよ。あ、他にも今日はいろいろ連絡があったんだよ?ジェレミア卿とアーニャからたくさんオレンジが届いたんだ。食べきれないくらい。」
―…
「そういや君はなんでジェレミア卿にオレンジなんて言ったんだい?いまだに謎なんだよね。」
―…
「とりあえずオレンジを消費しないといけなからって咲世子さんがオレンジのマドレーヌを作ってくれたんだよ。でもね、今日のメインは丸いショートケーキ。イチゴの乗ったやつ。ちゃんと覚えてる?今日は君の誕生日なんだよ?」
―…
「本当はナナリー陛下と一緒にお茶なんてダメなんだろうけど、今日だけは特別だから。表立って祝うことはできないからナナリーと二人で祝ったんだ。君の誕生日を。君が生まれてきてくれたことを。遅くなってごめんね。誕生日おめでとう。」
―…
「不思議だね。結局君には一度しか直接言えなかった。あの時だって、僕は、なのに今すごく、穏やかなんだ。こんな穏やかな気持ちになれるなんて思わなかった。君が傍に居てくれるからかな。」
誰も居ない部屋にスザクの声がポツンと響く。その部屋にいるのはゼロの仮面を被ったスザク、ただ一人。スザクが首を傾げれば鏡に映るゼロもまた首をかしげた。
「君に会いたいな…」
たった今傍に居るといった口が会いたいと願う。
「君に会いたいな。小さいときも、ブラックリベリオンの後も、ずっとずっとそう思ってた。思ってたけど言えなかった。小さいときは君に会いたくって。でも、会いたいって言葉に出してしまったら現実に負けてしまうと思ったから。」
だから言えなかった。
声に出さずにそう呟く。声に出しても誰にも聴こえないのに。
「ブラックリベリオンの後は、会いたいなんて死んでも口に出さないって思ってたからね。」
「会いたいな。ね、ルルーシュ。ずっと傍に居てね。」
仮面の奥でスザクの顔がにっこりと微笑むと鏡の中のゼロもうっすらと笑った気がした。
私が書くと本当にスザクさんが歪んでる。
目に見えないルルーシュさんと毎日お話するのが日課なスザクさん
ルルーシュさんが死んだことも居ないことも理解しているのにどこかで理解していないいのが大分痛いですね。
そうしたのは私だけど。
きっとなぎさちゃんが救済してくれると思うんだ。
そんな丸投げですいませんorz