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道化師のジレンマ

 部屋に戻り、スザクは崩れ落ちるようにソファに身を沈めた。
「疲れた…」
 たとえどれだけ自分が体力馬鹿だと言われていても疲れるときには疲れる。言葉は誰に届くでもなく空気に溶けた。誰もいない部屋。皇帝によって与えられた私邸の一室にスザクはいた。本当は帰ってきたというべきなのだろうが、たまの任務の合間に眠る為だけに来る部屋を『家』だとは到底思えなかった。
 『帰る』場所なんて、僕には…

 今日もまた一つ国を落としてきた。焼け落ちた民家、子どもの泣き声。その姿をさらに赤く染めるような夕焼けが記憶に焼きついて離れない。それはまるであの日のような…

「ダメだ」
 脳裏をよぎった何かを振り払うようにスザクは眉間に力をこめた。そのまま軽く頭を振って集まりかけていた思考を散らす。
―何も感じるな。考えるな。
 そうやって散らした思考の先でスザクは机上に置かれた箱の存在を思い出した。ソファに沈めた身体を起こし、そっとその箱を開く。
 中に入っているのは真っ赤なイチゴときらきらしたシロップで飾られたシンプルなイチゴタルトだった。


 任務の後、いつもならばすぐに私邸に戻り引きこもるスザクなのだが、今日はなんだか無性に甘いものが食べたくなって、アーニャにお勧めのケーキ屋さんに連れて行ってもらったのだ。
「めずらしい。」
 ケーキ屋さんを知らないかな?そうたずねた僕にアーニャはそう言った。まぁ「記録」といつもの言葉とともに携帯のシャッター音も聞こえてきたんだけど。
「そう、かな?」
 確かに任務以外ではめったに外出しようとしないから、時々ジノに「不健康だぞ!」って連れ出されるけど、とスザクは自分の日常生活を振り返りながら戸惑う。
「自覚の無い引きこもりはたちが悪い。」
「そうかな?結構外に出てるよ?」
「任務とはべつ。」
 アーニャはそんなスザクをばっさり言葉で切りつつもペンドラゴンでも人気と名高いケーキ屋さんに連れて行ってくれた。なるほどそこは確かに人気店なのだろう。店内は若い女の子で溢れかえっていてスザクはアーニャについてきてもらって良かった、と心底思った。ラウンズの制服を着たままだったからだろう。店内の混雑にアーニャを待たせることになるなと思っていたスザクだったが、好奇の目と共に人込みがスーッと道を開いた。アーニャは慣れているのか、むしろ興味もないのかその中をスタスタと進んでいく。
 たどり着いたショーケースでは細かな彩りに飾られたケーキが並べられていて、スザクは思わずうわぁ!と声を上げた。その横でアーニャが無言ながらもシャッター音の回数を増している。
 店を後に二人は車に乗り込んだ。その膝にはお互い白いケーキ箱がちょこんと乗っている。
「意外だったな。」
「何が?」
 アーニャは携帯をいじり続けている。先ほどのケーキの写真をブログに上げるのだろう。
「ジノに頼むと俺の家のパティシエに作らせればいいよ!とかとんでもないことになりそうだったからアーニャにお願いしたんだけど、あんな街中のお店に連れて行ってもらえるとは思わなかった。」
「不満?」
 その言葉にスザクはぷるぷると首を振った。
「いいや!あんまり貴族が集まる場所とか苦手だから、嬉しかった。でも、たとえばナイト・オブ・トゥエルブとかああいう街中のお店とか人込みとか嫌いそうだし。」
「偏見。おいしいものはおいしい。」
「だね。」
「でも、目当てのものなかった?」
「え?」
「がっかりしてた。」
 ケーキ選ぶとき、と言われるとスザクはあぁと苦笑した。
「ショートケーキをね、探してたんだ。」
「ショートケーキ?」
「知らない?白い生クリームにイチゴが乗ってる。」
 スザクがこう、と手で形を作りつつ伝えるとアーニャは一瞬考えたが「知らない」と答えた。
 その言葉にスザクはがっかりと肩を落とす。スザクはなんだか今日は無性にショートケーキが食べたい気分だった。それでも買ってきたイチゴのタルトにスザクは楽しみだなぁと頬を緩ませた。

 二人が戻ってくると待ち構えたように一人の侍女が寄ってきた。その見覚えのある顔にスザクの表情も自然と厳しいものになる。
 彼女はナナリー付きの侍女だ。
「ナナリーに何か!?」
 寄ってきた彼女にむしろスザクのほうが問い詰めるように近寄ると、侍女は「いいえ」と答えた。
「ナイト・オブ・セブン 枢木スザク卿、並びにナイト・オブ・シックス アーニャ・アールストレイム卿。ナナリー皇女殿下よりお茶のご招待に参りました。」

「いらっしゃいませ。スザクさん、アーニャさん。お仕事お疲れ様です。」
 侍女に案内されるままについてきたサンルームでナナリーがにっこりと笑った。
「お招きありがとう、ナナリー。」
「ありがとう。」
 そう言うスザクの横をすりぬけて、アーニャがナナリーの傍による。この二人は仲良しだ。そう思えるのはここに来て感じた数少ない良いことだと思う。
「今日はケーキを用意したんです。食べたくなってしまってお願いて作ってもらったんです。」
「一緒。スザクも食べたいって。」
 アーニャがそう言うとナナリーは「まぁ!一緒ですね。」と嬉しそうに答えた。ここに来るまでにケーキの箱をアーニャの家のメイドにお願いしてきてよかった、と思う。
「あ…」
 そうして出てきたのは白い生クリームに赤いイチゴが乗った…
「ショートケーキ?」
 アーニャが不思議そうに問う。
「ご存知なのですか?特別にお願いして作ってもらったんです。」
 これは日本で生まれたケーキなので…というナナリーの言葉にスザクは「へ?」と間の抜けた声をあげた。
「そうなの?」
 それは先ほどのケーキ屋でも見つからないはずである。
「はい。日本のお菓子メーカーが作ったと、お兄様に聞いたことがあります。」
「…そっか。」

『お兄様』
ナナリーの言葉にスザクは彼女の見えないはずの視線から目をそらした。

「でもスザクさんも覚えていてくださったのですね。」
 でも、続けられたその言葉に視線を戻す。
「今日はお兄様のお誕生日ですもの!だからケーキを作っていただいたんです。どこにいらっしゃるのかまだわかりませんが、お兄様のお誕生日のお祝いをしようと思ったんです。スザクさんなら一緒にお祝いしていただけると思って。」
「そう、だね。…お祝いを、しよう。」

 上手く笑えただろうか。
 知っていた。今日が彼の誕生日だということ。昨日も報告に上がっていたが今頃彼はアッシュフォード学園の生徒会の皆にその誕生日を祝われているはずだ。『弟』と一緒に。

 彼の存在は間違いだった。祝うつもりなんてない。

「ろうそく、つけようか?」
「はい!電気も消しましょう!」
「記録」

 10歳の誕生日。お手伝いさんが買って来た誕生日ケーキを土倉に持ち込んで三人で食べた。施しは受けないと自活をしていた兄妹にとっては久しぶりの、スザクにとっては友達と食べる初めてのケーキは甘くて美味しいショートケーキだった。

「「「Happy Birthday to you, Happy Birthday to you〜 Happy Birthday dear…」」」

 去年の僕の誕生日。子どもの頃以来の誕生日ケーキ。生徒会の皆と、ナナリーと一緒にケーキを食べた。誕生日を祝ってもらうなんてことがすごく久しぶりで、祝ってくれる人がいる。生まれてきて良かったって思ってくれる人がいるというのはすごく、すごく嬉しくて、照れくさくて、苦しくて。涙の理由をケーキが美味しすぎるからとごまかし笑った。ルルーシュ手作りのイチゴの乗ったショートケーキ。

 『お兄様』の話を嬉しそうに話すナナリーに笑って相槌を打つ僕。

 彼の所在を知りながら、その状況を自ら作り上げておきながら、平気で心配だねと嘯く。

 それはなんて『矛盾』


 ぐしゃ!
 衝動のままにタルトの入った箱を壁にたたきつけた。壁に飛び散ったのであろうイチゴがひとかけら張り付いている。しかし、スザクは投げつけたそれには目もくれずそのまま寝室のベッドに倒れこんだ。瞼を覆い隠すように腕でさえぎると目に映るのは二度と見れない桃色の髪。最後まで優しかった僕の主。そして闇色の…

「君は敵だ。ユフィを殺した。君は存在そのものが罪だ。」

 あの日、誓ったことがある。いつも彼と出会うのは夏ばかりで一度も祝えたことがないから、絶対に次は、君の誕生日を祝うんだって。僕に祝ってくれた以上に彼に言うんだと、『生まれてきてくれてありがとう。君と出会えてよかった。』と。

『いつかその矛盾は君を殺すよ〜?』
かつての上司の言葉が耳をよぎる。殺すなら今殺してくれと思った。

 一人きりの私邸。君はいない。

 君が憎い。

それでもイチゴにこだわったのは君が好きだったからだと、頭のどこかで理解している自分に腹が立った。

「ルルーシュ…」
 そのまま思考を手放すようにスザクは夢へと旅立った。

 

一期のスザクは自分できちんと思考をすることを忌避しようとしているように見えました。
規則、ユフィの考え、そういったものと自分のものさしを同化させてしまっている。
その結果「なぜ」「どうして」と考える能力が欠落している印象を持ちました。
だから彼の「なぜ」は薄っぺらく、彼の描く理想には中身が感じられないのだと思います。
それはその先に行き着くものが決して幸せなものではないことを知っているからなのかもしれません。
彼がなぜ、どうしてと考えたその先にあったものが彼の父親を死なせた。
スザクはその時自分の考えるという行為に恐怖を持ったとしても仕方がないのではなかと私は考えました。
考えることを止めること。それは意思を封じ込める行為。
押し込められて歪んだ意志の行方は巡り巡ってゼロレクイエムへとたどり着くのです。
これはそんなスザクのルルーシュの対する想いのゆがみの一端。そんな話。

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