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溺れた魚の涙

「おまえが、生まれてきてくれて、よかった」

彼は唐突に、そう言った。それはスザクの誕生日が終わる、数分前のことだった。

今日は朝からスザクの誕生日を聞きつけた生徒会のメンバーによるお祝い(という名のイベント)で学校中を巻き込んで騒ぎ、その後はルルーシュお手製の山盛りのフライドチキン、ハンバーグ、そして大きなデコレーションケーキをみんなでたらふく食べた。ナナリーは始終嬉しそうにはしゃぎ、そのとなりでルルーシュも幸せそうに笑っていた。自分の誕生日をこんな大々的に祝ってもらえるとはまったく予想していなかったスザクは始めこそ恐縮していたが、そんなスザクにルルーシュは「みんな、騒ぐ口実が欲しいだけだから」なんて言うものだから、スザクもその場を思い切り楽しむことにした。

そうやって目まぐるしく一日が終わり、ルルーシュの「今日は、泊まっていけよ」という言葉に素直に甘えて二人で眠りにつく直前だった。彼が、唐突にそう、ぽつりと呟いたのだ。

「え?」

それはあまりにかすかだったのでスザクは始め聞き間違えたのかと思い、思わず聞き返してしまった。ルルーシュは始めからスザクに聞かせるつもりはなかったのか、そんなスザクを見て苦笑を漏らしたが、思い直し、スザクに向かって言った。

「お前に出逢えてよかった。神なんて信じたこともないが、スザクが生まれてきてくれたことは、どこかにいるかもしれない神に感謝してもいいと思・・・」

気がつけば、ルルーシュが言い終わる前にスザクが彼を抱き込んでいた。嬉しかった。スザクが何をしてきたか知りはしないルルーシュだか、こんな汚れた自分を感謝してくれる存在が叫びたくなる程嬉しかった。本当はスザクの方こそ感謝したかったのだ。ルルーシュがこうやってそばにいてくれることを。このまま同じ言葉を彼にも言いたかったが、涙につまって声が出そうになかったから、答えの代わりにスザクはルルーシュにそっと口づけた。そして、5ヶ月後の彼の誕生日には同じ言葉を彼に返そうと心に誓ったのだった。

それは、叶わなかったけれど。










炭を溶かし込んだかのような曇天の空から真っ白な氷の結晶が舞い落ちる。

「・・・雪か。」

スザクは窓から空を見上げて呟いた。どうりで寒いはずだ、と一人ごちながらいつも寝起きの悪い自分の最後の主君となった男を起こすために重厚な木の扉に手をかける。これだけ寒いと彼を起こすだけでもいつもの倍時間がかかるだろうとため息を吐きつつ部屋に踏み込む。が、

「ルルーシュ!?」

予想に反し、ベッドはもぬけの殻だった。





朝が弱い彼を起こしにいくことは、二人が同じ道を歩むことを決めてからずっとスザクが続けていた日課だった。別に二人で約束したわけでもなかったのだが、なんとなしにずっと続けていたそれはいつのまにか二人の日常になっていた。だからこそ彼がこんな寒い日に一人で起きるなんてスザクは考えてもみなかったのだ。動揺しながら部屋を見回すと、庭園へと続くガラス戸が半開きになっており、すぐさま彼を捜しに部屋を飛び出した。一人でどこかに行くなどたとえセキュリティーの頑強な政庁内であったとしても、彼の身の上を考えるとあってはならないことだ。万が一ゼロレクイエムを迎える前に彼が死んだりなどしたら、今までの犠牲も、何もかもが無駄になってしまう。それが分からない彼ではないはずなのに。

政庁の中の庭園はかなり広大だ。しらみつぶしで捜しでもしたらかなり時間がかかってしまう。だが幸いにもスザクには彼の居そうな場所に心当たりがあった。

「ルルーシュ!」

案の定、彼はそこにいた。大きな裸の木の下、薄手の白いローブを羽織っただけの彼は、ひたすら降り続ける雪と相まってひどく現実味を欠いていた。スザクの呼びかけに気づいてこちらに顔を向けた彼の瞳があまりに澄んでいて、何も映してはいないように思え、たまらずスザクは駆け寄ってそのまま彼を抱きしめた。

「やっと、咲いたんだ。」

しかし、そんなスザクなどおかまいなしに、ルルーシュはそう言って上を指した。その指の先を見ると、なるほど、裸の木の枝の先に白い花が咲いている。しかし、その花はまるで・・・

「桜!?」

そう、それは桜だった。春に咲くはずの桜が冬に花開き、降り注ぐ雪と相まってひどく幻想的な光景だった。狂い咲きだろうか。

「これは冬桜といって冬に咲く桜だ。本当ならもう少し早く開花するんだが、なかなか咲かなくて、気になってたんだ。」

律儀にも彼はスザクの疑問を読み取って答えてくれる。

「・・・それで最近よくここに来てたんだね。」

そう。ここ最近スザクが少し目を離した隙にルルーシュは頻繁に執務室から消えていた。始めの方はそれこそ度肝を抜かしてルルーシュを探しまわったが、何度か捜しているうちに彼がここに毎回来ていることが分かり、最近スザクはまっすぐこの場所に来るようになっていた。

「あぁ、見れてよかった。」

そうやって笑う彼を見て、スザクは胸が締め付けられる思いがした。ゼロレクイエムまであとほんとうにわずかだ。ルルーシュは、それまでにその目でこの桜が見たかったのだろう。そんな小さな願いですら危ぶまれるこの状況が、スザクは恨めしかった。

「・・・身体、冷えてる。」

しかしそんなルルーシュにかける言葉などスザクには分からず、結局はぶっきらぼうに彼にそう告げて、華奢な肩に自分のマントを羽織らせた。そして部屋に戻るように促す。ルルーシュはそんなスザクに苦笑したが、そのまま従った。

本当は、今日、スザクは彼に言いたい言葉があったのだ。1年前に言うと決めた言葉達。しかしその後あまりにもいろんなことがあり、二人も変わってしまい、失われてしまった言葉だった。のど元まで出かかって、結局は何も言えない自分にスザクはひそかにため息をついた。




部屋の中に夕日が差し込み、彼の横顔を赤く照らした。ルルーシュの一日は忙しい。世界中から寄せられる報告書に目を通し、これからの世界の動くべき方向の計画を立てていく。それはとてつもなく自虐的な行為なのではないのだろうか、と時折スザクは思う。彼は、自分のもういない未来を想い、想像して計画を練っていく。これから彼の意志を継ぐ、スザクのために。

ふと彼の方を見やると、ルルーシュは目をつむって頬杖をついていた。それはまるで一年前の平和な日々に見た、学校での彼の居眠り姿にそっくりだった。何も知らなかった幸せだった日々が鮮やかに蘇る。もう戻れないことは分かりきっているのに、まだ戻れるのだと、間に合うのだと錯覚しそうになる。もう、あと数日でこの存在がこの世界のどこからも消えてしまうことが信じられなかった。

「ルルーシュ」

たまらず彼の名前を呼んでしまう。するとまぶたに隠れて見えなかった極彩色の紫紺が現れて、こちらを見た。その色のなかに優しい光を見つけてしまい、スザクは何も考えられなくなって彼の腕を掴むとそのまま庭園に走った。

「おい!スザク!?」

後ろからルルーシュの驚いた、咎めるような声が聞こえたが意に返さずそのまま彼を連れて庭園の中を駆けた。

出来ることならば、全てを捨てて、このまま彼をどこか遠いところへ連れ去りたかった。もう犠牲も、覚悟もなにもかもどうでも良い気さえした。彼と再び笑いあえる明日のためなら、何を捨てたって惜しくはない。でも、そう思う反面、スザクは絶対にそうはしない自分がいることも分かっていた。何よりそうやって全てを投げ出す自分をスザク自身が許せわしないからだ。それはルルーシュも同じだろう。

そう思いをめぐらしながらがむしゃらに走ったスザクだったが、気がつくと目の前に朝目にしたあの冬桜があることに気がついた。ここのところ毎日のようにここへルルーシュを捜しに通っていたから、身体が覚えてしまったのだろうか。

その木の前でスザクが唐突に立ち止まると、後ろからドサッという音がした。振り向くと、ルルーシュが尻餅をついて、肩で息をしている。体力のないルルーシュががむしゃらに走り回るスザクに引っ張り回されたのだ。当然の結果とも言えるだろう。

「こ、の・・・体力・・・ばか・・が・・・」

切れ切れの息の間に、懐かしい悪態を聞いて思わず笑ってしまう。見上げると、今朝はポツポツと花開いていただけの桜が、満開になっていた。今日一日で、一気に花開いたらしい。もしかしたら、と思う。もしかしたらこの桜も彼がこの日を迎えるのを待っていたのかもしれない。

今なら言えると、そう思った。

未だに息の整わないルルーシュを無理矢理引っ張り上げて、自分より一回り細い身体を抱き込んだ。

「スザク・・・?」

スザクの唐突な行動の意味を問うようにルルーシュが呼びかけてくる。しかしそれには答えずにスザクは話し始めた。

「君と出逢って、死ぬ程絶望して、殺したいくらい憎んだ。今も、これからも、きっと君を許すことなんて出来ないと思う。」

そう言って、腕の中の身体を抱く力を込める。腕の中のルルーシュは何も言わない。そんなことは知っている、とでも言うように。

「君のことが憎くて憎くて憎くて、・・・殺したくてたまらなかった!・・・・でも、同じくらい、本当は、ころしたくなんかなかった。」

腕の中の身体がぴくりと動いた。スザクは反論を封ずるようにさらに力をこめた。

「君は、僕に初めて家族の愛情を教えてくれて、人に優しくすることを教えてくれた。君のおかげで、僕は、ほんとうの意味で、初めて、人を好きになれた。君と出逢わなかったら、きっと、僕は何者にもなれなかった。

・ ・・ルルーシュ。おれは、こんなにも、ルルーシュと出逢えて、ルルーシュが生まれてきてくれて・・・・・感謝している。」

言いながら、スザクはこれがひどい欺瞞だと思った。あと数日で、スザクは彼の心臓に剣を突き立てて、かれを、ルルーシュを、殺すのだ。それでも、この日だけは、彼がこの世に生を受けたこの日だけは、全てを忘れて、彼を創った何かに感謝したかった。自分は、まだ、こんなにも、彼を愛しているのだと、思い知り、涙があふれた。その顔を見られたくなくて、さらに彼を抱き込んだ。

だから、スザクは知る由もなかったのだ。強く強く腕の中に抱き込んだ彼が、スザクの腕の中でぽろりと、一粒涙を流したことを。
 

 

言い訳という名のあとがき
・・・すみませn(スライディング土下座)スザクさんがもんもん考えすぎてちょう唐突に行動するおばかさんになってしまわれました・・・。
そしてルルーシュの誕生日を全然祝えてない!!!orz
今回の企画、はるかせんぱいとルル誕帰りにスザクってリアルにルルーシュの誕生日祝ったことある!?という疑問から時系列と年月日を自分たちなりに整理してみて、ゼロレク前の空白の期間にルルーシュが誕生日を迎えていた可能性がある!という結論を出したことから始まりました。
まぁ制作側があえて季節感をなくしたというようなことをおっしゃっていた記憶もあったので(ちょっとソースは思い出せないのですが><;)信憑性はわかりません。
でも、個人的にそうだったら良いな、と思っています。
はるかせんぱいには素敵な企画ページを作っていただき、私の拙い文章をそこに載せていただきほんとうに感謝、感謝です!かなりの遅刻ではありますが、ルルーシュの誕生日祝えてとても嬉しいです!
ルルーシュ、誕生日おめでとう!!

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